暗い。真っ暗だ。何も見えない。
なんの感覚もない。
どうしてこうなったのだろう。
何がいけなかった?
私は、死んだの?
「アメリア! アメリアっ、しっかりしろ!」
誰かの声が聞こえた。泣きそうな声だ。
「王子、あんまり動かしたらダメだっ、治癒を!」
「エルク様っ、落ち着いてくださいっ、お嬢を助けられるのはあなたしかいませんっ」
「……また、また。おまえは生き残るのか、アルジュ」
「トネール……っ」
「だいたい、その女は結界持ちだろ。どうして、どうして他のやつを庇うんだよっ。あいつだってそうだっ。あいつだって、アルジュっ、おまえのことさえ庇わなければっ、アメルは死ななかった!!」
アメル? もしかして、それが、アルジュの称号の――。
「俺だって、どうして自分が生きているのかわからない。俺が死ねばよかったと、何度も思った」
違うよ。そうじゃない。そうじゃないじゃん。
誰だって、大切な人には生きていてほしいって、そう願ってしまうものだよ。
だから無意識に庇ちゃうんだから、もう理屈じゃないんだよ。
そう言いたいのに、声が出なかった。
「アメリア、アメリアっ」
でも。確かに、自分の身を犠牲にして誰かを助けるって、残酷なのかもしれない。
私だって、死んでまで助けて欲しいとは思わないかも。大切な人が目の前で死ぬって、絶対しんどい。しかもそれが、自分のせいだったら。
守れたはずのものが守れなくて。
苦しむのを見ているだけだとしたら。
そんな悲しいことってない。
だからきっと、そのアメルのしたことは許されることではないし、でも、それでもいいからアルジュに生きて欲しかったってことだと思うし、そこに正解なんてないんだろうね。
人ってさ、結局、自分勝手なんだよ。
みんな。
『どうか、泣かないで、アルジュ』
【スキル、調香を使用しました】
「甘い匂い……? っ、アメリア! スキルを使うなっ!」
エルクの叫ぶ声が聞こえる。スキルを使っている感覚はない。というより、体が動かないのだから。
「う、あ……この匂い……っ、アメルっ……うぁぁぁぁぁ!」
「待て! トネール! ごめん王子、俺……」
「っ、アルジュ!」
何も見えない。何が起きたの。途端に静まりかえる。嫌な静寂。なんの音もしない。
みんな生きてる?
ポタリと、何かが頬に落ちたのがわかった。
これ、もしかして――。
「エルク様っ」
泣いてる?
マルクの動揺する声が聞こえた。
ゆったりとした温かさ。温泉に使っているみたいな。そんな温かさが体を満たしていくけれど、でも――ねむい――。
「酷い有様だな、エルク」
「父上っ!」
「どれ、その娘がおまえの選んだ結界持ちか」
「父上っ、アメリアが、アメリアがっ」
「情けない面だな、エルク、どれ。ふむ、娘のレベルがそれなりに高くて助かったな」
声が聞こえたと思った次の瞬間、一気に体が軽くなる。真っ暗だった視界に、明るさが戻った。
「う……まぶしっ」
「! アメリア、アメリアっ!」
薄く目を開いた瞬間、ものすごい勢いで抱き寄せられた。
硬い胸板に顔が埋まる。苦しいっ!
「エルク、ちょっと、離しっ……」
「主は大バカだッ! 私が喜ぶと思ったかっ!? 勘違いも甚だしいッ!」
怒号が響いた。
驚いた。エルクがこんなに声を荒らげるのをはじめて見た。少し身を引いて、エルクの顔をのぞき込む。
泣いていた。
紫の瞳から、静かに涙を溢れさせて。私を睨んでいた。
「ごめん、泣かないでよ」
「……っ、」
エルクは子犬のようにぷるぷると首を振った。
そしてぎゅうっと抱きしめてくる。甘えんぼうだなぁ。しかたがない。
その背中をトントンと優しく叩いて宥めていると、ふと、エルクの後ろにエルクに似た顔立ちの美青年がいることに気づいた。
うわぁ、眩しいくらいのイケメン。髪の色が違うけれど、金髪に紫の瞳もなかなか。エルクが大きくなったらあんな感じになりそう。
「はじめまして。結界持ちのお嬢さん」
「はじめまして。アメリアです。もしかして、エルクの……」
「父親だ」
うわ、やっぱり。似てるっ。顔立ちそっくりすぎるっ。
「失礼いたしました国王陛下」
しっかり挨拶したいのに、エルクがしがみついてて離れない。
「なに、災難だったね」
「はは……」
これを災難という言葉で片づけていいのかわからない。
「傷は癒えたが、流れた血は戻らない」
「……血?」
自分の体を見て、ギョッとする。
ちょっと待って!? 何このおびただしい血溜まりっ。まさか私!? うわ、まさか私本当に死にかけてたのっ!?
「ちょ、ちょっとエルク、汚れちゃう」
「そんなもの、どうでもよいっ」
「よくないけど……いや、まあ、いいね、はは」
睨まれた。イケメンが睨むと怖い。
ふと、部屋の惨状を見て顔が引きつった。部屋、ズタズタだ。焼け焦げていたり、切り裂かれていたり、壁は破壊されているし。血がいろんなところにこびりついてるし。マルクもなんか怪我してるし。
あ、でもこの部屋の外は綺麗だ。おばば様が守った? 衛兵が来なかったのもそれが理由かな。そんな無理して、体は大丈夫なのだろうか……。
って、あれ、そういえば、アルジュがいない。
「エルク、アルジュは?」
エルクはビクリと体を強ばらせた。
「……アルジュは、あの者を追って行った」
「……」
「父上」
エルクが私から身を離し、金髪イケメン陛下を見る。陛下は面白そうにエルクを見ていた。
「国を空ける許可をいただきたい」
「いいだろう」
え、いいの!?
なんてあっさりと許可を出すのだろうと陛下を見た。
「学ぶことはいつでもできる。だが、友を助けることは今しかできない。行ってこい、エルク」
う、わ。めちゃくちゃイケメン。何そのカッコいいセリフ。私も言ってみたいんですけど。
友を助けることは今しかできない、ふっ。
と思っていると、目の前がぐらりと揺れた。視界が急速にブラックアウトしていく。この感じ、覚えがある。
貧血、だ――。
「アメリア? アメリア!」
う、待って、揺らさないで……気持ち悪い……。