アルジュを追うことにした私たちは、エルクたちの国を出て、直感持ちの人に教えられた場所へと移動石で向かう。
エルクが地図を手にし、移動石を握って飛ぶ場所を思い浮かべた瞬間、景色が変わった。一面が木で囲われている森の中へと。
本当にすごい石ね。瞬間移動石。ますますあの石が欲しくなった。
アルジュがいるというこの場所。
マリアデーベルという薬の街、の、西に位置する森。アンジェラ。
なんだかアルジュに似てる名前ね、なんて思った。
もしかしたら、アルジュもそう思ってこの森に足を踏み入れたのかも。
そんなこと、本人に聞いてみないとわからないけれども。
この森には、なんの種だかわからない木が、身を寄せ合う様にして窮屈そうに生えていた。
死の大地にしかない木かもしれない。葉を観察してみても私の記憶にはなかった。
たくさんの木が狭い間隔で生えているからか、この森は日が差すことがなく、少し薄暗い。
なんというか、そう。巨大な鍋に、カエルだとかトカゲだとか入れて怪しい薬を作っている、魔女が出そうな雰囲気。
そんな怪しげな森だから、てっきり魔物が大量にいるかと構えていたけれど……。
足を踏み入れておよそ数時間。
今のところ、魔物に会う気配がない。
「魔物がいないのって、マリアデーベルの薬のおかげ?」
「うむ、おそらく」
「へぇ、本当にすごいのね」
魔物を寄せ付けない薬というのは、けっこうな広範囲にまで効果があるらしい。
まるで害虫駆除の薬ね。とんでもない物が世の中には存在するらしい。
でもそんな変な薬が撒かれているとは思えないほど、森の空気だけは澄んでいた。
見たことのない草も生えている。変なキノコも。
うわ、毒々しい紫……どう見ても毒キノコね。やっぱり魔女がいそう。
それにしても魔物がいないとは想定外だったわ。
ここで実践を交えながらマルクに剣を教えてもらおうと思っていたのに。
しかたがない。
ふぅ、と息を吐いて、移動をする前にマルクに選んでもらって購入した、少し細身の剣を抜く。
しっかりと握って、思いっきり振りかぶる。ブンっと風の斬れる音がした。
そしてその音を聞いたのかエルクが振り返ってギョッとした顔をする。
「なにをしている……」
「え? 時間もったいないから素振り」
「……。ココでか?」
「だって魔物いないんだもの。予想外よ」
「…………」
思いついた戦闘法を試そうと思っていたのに、これでは実験どころではない。
ブンッともう一振りして、そうだと思いつく。
「ねぇエルク、私と戦わない?」
「な、なにを言う」
「いいじゃない。それとも、自信ない?」
挑発する様に剣を構えながら口角を釣り上げる。
だけどもエルクは冷静に首を振った。
「そうではない。好きな女に傷をつける男がどこにいる」
「ああ、それなら大丈夫よ。傷がつかずに戦えるから」
クスリと笑って、もう一度剣を振る。
すると、私たちの会話を聞いていたらしいマルクが私を見た。
「ならばお嬢、俺が相手しましょうか?」
「えっ、ほんと!?」
「マルク! アメリアに傷をつけるな!」
「だから大丈夫よ」
「……。ならばまず証明してみせよ」
信用ないわね。
まあ、試してみたかったからいいけれどね。
私の思いついた最強の戦闘法。
深呼吸をして、イメージを整える。
自分の体に、ぴったりと張り付く様な、結界を――。
【応用スキル、身体結界を使用しました】
ゆっくり目を開けて自分の体を見る。
「できたわ」
「……何か変わったのか?」
あ、そうか。結界は私にしか見えないのね。
なら見せるのが早いと、剣を持って、自分の腕に刃を当てる。
エルクが大慌てて駆け寄って来た。
……心配性すぎない?
刃は当然結界に弾かれ、私の体に傷がつくことはなかった。
エルクとマルクがその一連の流れを見て目を丸くする。
「なにが起きたのだ……」
「結界を張っているのよ。私の体の上に、ぴったりと張り付く様にしてね」
「なんと」
「他にも、こんなこととか」
エルクを覆う結界をイメージする。そして、首の横にだけ剣が通る穴を開ける。
【スキル、結界を使用しました】
「エルク動いてみて?」
当然、エルクは数歩進んで結界にぶつかる。
ドンドンと結界を叩いているエルクに近づいて、剣を、一箇所だけ空いている穴に突き立てた。
エルクの顔のすぐ真横。エルクが引きつった顔で目だけで横の剣を見た。
そんな顔しなくても、ちゃんと当たらないようにしてるわよ。
「どう? 逃げれない様にして、さっくり。私は攻撃を弾く。最強じゃない?」
近づいて囁くと、エルクは顔を青くしたままうなずいた。
剣を抜いて、結界を解く。
【スキル結界を解除しました】
「というわけで、マルク! 戦おう?」
その場に固まっていたマルクが、壊れたブリキの様に一回、うなずいた。