私が、意地でもついていくという強い意志を示すと、アルジュは私の目を見て、巨大なため息を吐いた。
「あんた、自分が狙われてる自覚ある?」
「なら、余計のうのうと暮らしてるわけにはいかないわ。事の始末はきっちり見届けないと」
アルジュが嫌そうに眉を寄せる。
「ひとつ聞くけど」
「なに?」
「あんた、あのクリードって男になにしたの」
「はぁ?」
変な声が出た。んんっと咳払いして、姿勢を正す。
「あの王子、やけにあんたに執着してるみたいだけど」
そんなの、私が聞きたいくらい。
私の婚約者はバカ王子だし、クリード王子と関わりなんてほとんどない。
まあ、年齢はわりと近いし、何度か話したりとかはしたことあるけれど。
「身に覚えがないわ」
「ふーん、あんた、悪女だね」
ギクリと体がこわばった。
悪女!? 私がっ?
乙女ゲームで死ぬ女はだいたい悪女と言われてたけど、まさか本当にっ!?
「無意識に男を惑わす女を、悪女って呼ぶらしいよ」
なんだ、そういう意味か、心臓に悪い。
吹き出た冷や汗をぬぐいながら、緊張で速くなった心臓をなだめる。
「惑わしてはいないけど――」
「ふむ、アメリアは、間違いなく悪女だな」
どこからともなくそんな声が私の言葉を遮った。私は入り口に視線を向ける。
肌の上を滑る汗を乱暴にぬぐいながら、エルクが剣を片手に立っていた。
手に持っていた剣を鞘に納めならがら、エルクが歩いて来る。
「アメリア、起きたのだな。よかった」
「……、ご心配をおかけしたようで」
ツッと視線をそらしながらぶっきらぼうにそう答える。
「して、そのクリードとは?」
「……」
聞いてたのね。
「求婚してきた、王子のライバル、ってとこ?」
「アルジュ!」
「……ほう、そのような者がいたとは。私は聞いておらぬ」
そっとエルクをうかがい見る。
う、わ。機嫌悪! 額に怒りのマークが見える。
そのくせアルジュは面白そうに笑っているし、こんの薄情者ーーーー!
「い、いや、私だって知らなかったし! 何考えてるのかわからないし! お、落ち着いて?」
目が、目が! エルクの目がっ、残忍な光を放っているっ。
「その者のところへ行くのか」
「え!? いや、行くけどなにか違――」
「行くのだな」
「いや、だから」
「許さぬ」
「だから、話を聞けっ! このバカ王子!」
バシーンッと、痛々しい音が響いた。
はっ、しまった。なんてこと。つい手が出てしまった。
エルクはビンタされた頬を押さえてしゅんと肩を落とす。
あ、治ったみたい。結果オーライ、よね?
無理矢理納得して、とりあえず引っ叩いたことを謝罪する。
「……よい、私も気が動転していた。すまぬ」
「いいけど、何か変だよ。大丈夫?」
「頭の中に、主が血まみれで倒れる姿が焼き付いて離れないのだ」
エルクが頭を押さえながらそう口にした。
辛そうに額に指を添えて眉間にシワを寄せる姿をじっと見つめる。
もしかしたら、私は思い違いをしていたのかもしれない。
私の中に、ひとつの仮説が生まれた。
まさか、まさか。
ゲームの中でバカ王子とクリード王子を殺したのって、エルク……?
エルクがちょっと変になったのって、私が死にかけてからだ。
もしかして、ゲームのアメリアはあの魔人の襲来で本当に死んでしまっていて、そしてその復讐のために、エルクが王子たちを殺した、と。
うわ、否定できないっ。
あんな純粋なエルクに人を殺させるわけにはいかない。
元に戻すためにも、私は強くて死なないということを証明しなくては。
私は、意地でも生きなければいけない。
そして、やっぱり、全てに決着をつけなければ。
もう一度、あの地に行こう。
全ての始まりの、あの国に。