この世には、死ぬより辛いこと、というのが存在する。
もういっそ死んでしまえたら楽になるのに、とそう思うような、生き地獄だ。
そして今まさに、私はその生き地獄にいた。
切り立った崖に面した、草の茂るその場所は、恐ろしい生き物たちの住処だった。
地面を這い、崖を進み、あらゆる所からを顔を出す。シャーッと威嚇する声が聞こえる。
目を開けたくない。開けたら死ぬ。そう、私はもうここで死ぬのよ……。
「アメリアっ、アメリアしっかりしろ!」
「ぅ、う、もうやだ。どうしてこんなところに」
「おおっ、エルク様! こいつら倒すとレベルが簡単に上がりますよ!」
この場は、地獄だった。
「はぁ……王子、その女預かる」
「……」
「なに、何もしないよ」
「うむ……」
アルジュが、私の両脇に手を入れた。
私は離れまいとしてエルクの首にしがみつく。
「うぐっ、アメリアっ、くびがっ」
「ちょっとあんた、手離してくれる?」
「いや!」
首を振ってしがみつく。
アルジュの元に行ったら、その場に落とされるのが目に見えてるわ。そして私は悪魔に囲まれるっ!
今の安全地帯はここだけっ……!!!
私はこの場を死守すると誓う。
「あんた、いい加減にしないとその辺にぶん投げるよ」
やっぱりこの男は悪魔だと確信して、ハッとする。
ぶん投げる?
私はそっと、空を見上げた。
あのときの芋虫と違って、ここの悪魔たちは空を飛ばない。噛みついたり攻撃はしてくるみたいだけど、空は、飛ばない。
あのとき。
空にいる芋虫を結界に閉じ込めたとき、結界は地面に落ちなかった。ということは、きっと……!
「エルク!」
「うん?」
「私をっ、空に投げて!」
「……アメリア、気を確かに持つのだ。案ずるな、私が守る」
「い、い、か、らっ、投げて!」
ガブガブと今度は首に噛みつく。
「……っ、わ、わかったから、噛むな」
エルクの耳が真っ赤に染まっていた。
エルクは右手に持っていた剣を鞘に収めると、前に来いと私の体を支える。
「私の手の上に乗れるか?」
「大丈夫」
一国の王子を踏みつけにするのは気が引けたけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。
悪魔が迫っている。世にも恐ろしい、悪魔が。
なんとか靴を脱いで、しがみついたまま前に移動する。まるでバレーボールでもするように両手を重ねているエルク手の上に足をつける。
両手はエルクの肩の上に乗せた。
「主は軽いな」
「エルクはやっぱり男の子ね」
私が乗ってもビクともしないのだから、妖精みたいな顔をしていてもしっかりと男の子だ。
「反動をつけて飛ぶのだ」
「チアリーダーみたいなのね、任せて!」
「……ちあ? まあ、よい。いくぞ」
グッとエルクが少しだけ手を下げ、そのまま大砲の玉を打ち出すような勢いで私を空に投げた。
反動のままに、私も高く飛ぶ。
高く……って、高すぎないっ!?
予想のはるか上空にいた。
レベル補正というものなのかしら。身体能力が向上しているのかもしれない。
ちょうどいい高さまで落ちたところで、結界を張る。
四角い部屋のような空間を意識した。
【スキル、結界を使用しました】
ピタッと止まって、空中なのに足がつくことに感動する。
できた、できたっ。私だけの天国!
下を見て手を振ろうとすると、エルクが顔を真っ赤にしたまま口元を覆っていた。
なんだろうと思っていると目が合って、エルクがパッと視線をそらす。
首をかしげていると、今度はアルジュと目が合って、アルジュはゆっくりと口を開けた。
「パンツ」
慌ててスカートを抑える。
まあ、見られたものは仕方がないわ。今回は自業自得だもの。下の地獄にいることに比べれば、なんてことない。
それに、ここまで来てしまえばもう何も怖くない。
フッと笑って、私はスキルを使う。
【スキル、結界を使用しました】
さあ、恐ろしい恐ろしい悪魔たち。
私の力になるのよ。
【スキル、調香を使用しました】
バタバタと、例のアレが大量に倒れていくのを見て、笑いがこみ上げる。
【メタルスネークを討伐しました】
【レベルが68になりました】
結構上がるのね。
さすが、なかなかに強い魔物だったみたいね。
でも、今の私に勝てるものなんていないのよっ!
私は薄く笑って、再びスキルを使用した。
【称号、悪魔の化身を獲得しました】
「アルジュ、私はアメリアのパンツを見てしまった……嫁にもらったら許されるだろうか」
「……もうパンツ脱がすぐらいの勢いのがいいんじゃない。アレ見なよ。あのじゃじゃ馬っぷり」
「……。死屍累々だな……」