元婚約者の姿を見て、そうだったわ、と手に持っていた拡声器を突き返す。
「あとは頑張んなさい」
「おまえ、やはり私を助けに……っ」
「はぁ? たしかに助けには来たけど、あんたみたいなバカ王子、こっちから願い下げよ! それじゃあ」
何か勘違いしているらしいバカ王子を無視して、「行きましょ、マルク」と声をかける。
「ま、待ってくれ! 私一人ではこの場を収められないっ、力を、力を貸してくれっ!」
「はぁぁ? あんた、自分が婚約破棄して汚名を着せた相手に、よくそんなこと言えるわね」
「汚名? あの号外かっ? アレはっ、私ではないっ!」
「……、そんなの、どうでもいいのよ、真実なんて」
婚約破棄をしてから、号外が出るまでが早すぎた。
きっと、何かしらの力が働いていたのだと思う。
操り持ちの魔人がいたのだから、トレーネが関係していることは明白だ。
でも、もうどうでもいいのよ、そんなこと。
「あの号外によって、私も継承権を剥奪されたっ!」
「そう、ご愁傷さま」
「――っ、たしかに、私のことはどうでもいい。ただ、すまなかった。あの日はやけに気持ちが昂っていたことは覚えている。すまなかった……」
欲を増幅させる、だっけ。
どっちにしても、私と婚約破棄をしたいと、そう思っていたからああなったこと。
結果は、変わらなかったわ。
両膝をついてうなだれているバカ王子に背を向けて歩き出そうとすると、
「お嬢、いいんですか? 置き去りにして」
ヒソヒソと、マルクが囁く。
「いいわよ、別に」
「またまた、お嬢がお人好しだって、知ってますよ。もちろん、エルク様も」
お人好し?
バカ言わないで。私はお人好しなんかじゃない。
わりと打算的に考える利己的な人間よ。
そう、利己的な――
ぎゅっと拳を握って、振り返る。
「門をっ、壊したわっ!」
「は……、は?」
「それをチャラにしなさい。他には何もいらないわ」
ふんっと鼻を鳴らすと、バカ王子は泣きそうに目元を緩めてうなずいた。
「指揮を取って。魔物は負の感情から現れるそうよ。兵の士気を上げて」
早口に言いながら、また湧いて出た魔物を薙ぎ払う。
「それと、あんたにも不死身の結界を張るわ」
「不死身?」
「いいから死ぬ気で戦って、死ね」
【応用スキル、身体結界を使用しました】
「外の指揮はあんたできるわよね? 今いる前衛は不死身だけどそれ以外は死ぬから、それだけ頭に入れて。それから兵を何人かココに呼んで守りを固めて。魔物は中から湧いてる。私とマルクは中に行くわ」
「わ、わかった」
「それじゃ」
マルクを連れて出ようとすると、入り口から誰かが飛び出してきた。思わず剣を構えて、そしてすぐに下ろす。
「アメリアっ!」
「エルク、アルジュはどうしたの?」
飛び込んできたのはエルクだった。
傷ひとつ付いていないけれど、なぜかアルジュがいない。
「魔人の気配を感じたらしく、追っていった。私はアメリアが心配で探しに来た」
心配しなくていいのにとは思うけれどちょうどいい。
【応用スキル、身体結界を使用しました】
「エルク、結界張ったわ」
「うむ、助かる」
「エルク様ーーーっ! ご無事で!」
魔物を切り刻んでいたマルクが剣に謎の液体を滴らせながら走ってきた。
うわ、改めて見ると酷い惨状。私も自分の剣を見て、思いっきり振って汁を飛ばす。
まあ、あの悪魔の軍勢に比べれば大したことはないわ。
人は死線を乗り越えると強くなる、というのは本当みたいね。
「マルク! 怪我はないか?」
「お嬢の結界のおかげで、無傷です!」
「そうか、うむ、安心した」
笑顔でうなずいたエルクが、ふと後ろ――城壁に立って指揮を取っていたバカ王子を見た。
バカ王子もチラチラとこちらを見ていたものだから、目が合う。
「アメリア、まさか、あいつがクリードか?」
「えっ! 違う違う、アレは元こんや、く……しゃ……」
しまった、と思った時には遅かった。
エルクの周りからいくつかの魔物が出現した。
ひーーっ、言うんじゃなかった!
「エルク、エルク違うから!」
「昔の男と会っていたのか」
「いや、そうだけど違うっ」
「主は、私の婚約者だろう」
会話をしながらも手は冷静に魔物を剣で斬り裂いてるからこそ、恐ろしさが際立つ。
そしてそう思った瞬間、さらに魔物が増えた。
エルクがそれを見て、ムッと顔をしかめる。
何この負のループ!!
「一番最初に来たのがココか?」
「いや、えっと、その……」
エルクがまたムッとした顔をした。魔物が増えた。
ああもう、これなら会わないほうがよかった!
「アメリア」
「なにっ?」
「キスしてもよいか?」
「はぃぃ? ここでっ!?」
「あの者の前だとできぬと言うのか」
状況を考えて! と言いたいけれど、どう考えても増える魔物を抑えたほうがいい。
こんなことなら、ここに来る前にキスの一つや二つ、好きなだけさせておけばよかった。
ぐっとエルクの襟元をつかんで引き寄せる。
エルクの首の位置が下がったところで、少し背伸びをして無理矢理唇を重ねた。
と、同時に、魔物の出現が止まった。
嫉妬を覚えた男というのはめんどくさい生き物だ。
私は心の中でそう罵った。
「満足したっ?」
「うむ」
エルクがコクリとうなずく。
「ならとりあえず敵を倒して」
「わかった」
エルクはそう言って、屋外にいた魔物を剣で殲滅した。百はいたはずだ。それが、瞬きをする間に消えた。
……はい?
ちょっと待って?
いつの間にそんな強くなってたの!?
「アメリア、敵はいなくなった」
「そ、そうみたい、ね……」
褒めてほしそうにしているのがわかって、とりあえずよしよしと背中を叩いた。
なんだか、犬みたいだ。見た目はわりと猫っぽいけれど。
ふと、バカ王子に視線を向けると、ポカンと口を開けてこちらを見ていた。
まあ、ちょうどいいわ。
「汚名のこととか、もうどうでもいいのよ。私は、新しい人生を始めるって、決めたから!」
エルクの左腕に自分の腕を絡めて、べーっと舌を出す。
エルクが嬉しそうに笑った。
安心したなら何よりだわ。魔物をまた出されちゃたまらない。
「アメリア、魔物の出現場所は、おそらく下だ」
「場所わかるの?」
「うむ、なんとなくだが、私は感知を持っている」
「そういえばそうだったわね」
きっと、クリード王子だろう。
クリード王子と会って、エルク、大丈夫かしら。
ちょっとだけ悩んで、釘を刺す。
「エルク」
「うん?」
「たぶん、言ってなかったわよね?」
エルクが不思議そうに首をかしげた。
再び襟元をつかんで、ぐっと引っ張る。身を屈めたエルクにもう一度口づけた。
「好きよ、エルク」
エルクが紫の瞳を見開いて、次に幸せそうに笑みをこぼす。
これを言ってなかったからか。
婚約していいとは言ったけれど、たしかに好きとは言ってなかった。だからあんなに情緒不安定だったのね。なるほど。
「アメリア!」
「あとは全部片付いてからね。そういう約束でしょう」
エルクが首を縦に振って、剣を握り直した。
とりあえず、クリード王子の元へ。