螺旋階段を駆け下りて、エルクの先導に付き従って城の中を進む。真ん中に私、殿がマルクだ。
向かってくる魔物は全て薙ぎ払った。
そして、王族たちの寝室がある一角にやって来る。
魔物の数が尋常ではないくらいで、間違いなくココが魔物の出現場所であると確信する。
それにしても、どうしてクリード王子はこんなことに?
ゲームでは、アメリアが死んだとなったから気が触れていたけど。私は、生きているし。そもそも、なぜ私?
クリード王子に好かれる理由が、考えても考えてもひとつも見当たらない。
とりあえず、目当てのクリード王子の寝室を開け放つ。
部屋がびっしりと魔物で埋まっていた。
人が足を踏み入れる隙間もない。黒い狼のような魔物が、ゆらりとした炎のような毛を逆立てて、吠えている。
何よこれ、禍々しい雰囲気というか、なんか、ヤバすぎっ!
エルクが魔物を切り裂くけど、次から次に湧くから先に進めない。
「なによこれっ!」
叫んだ瞬間。奥で何かがぴくりと動いた。ゆらりと立ち上がったその人は、目が虚ろで焦点があっていなかったけれど、間違いなく、クリード王子だった。
「アメリア……?」
ゾッとする声だった。なんかもう、死んでいるみたいな。
エルクが厳しい顔をして私を片腕に引き寄せる。
「アメリア、アレはもう手遅れだ」
「手遅れって?」
「闇に堕ちてる」
「エルク様ぁ、アレは、まさか」
マルクも苦い顔をした。
「お嬢、魔物の話をしたでしょう」
「え? ああ、負の感情から産まれるってやつ?」
「俺らの住む地も、昔はそこまで魔物はいなかったらしいです。ですが、魔物を生み出す根源が生まれ、今のような大地になったと言われています」
「うむ、その時、大地に人はほとんど居なくなったそうだ。だが、その危機的状況で、人はスキルを発見した」
「つ、つまり?」
「アレを見てください。あいつは、魔物に襲われていません」
ハッとしてクリード王子を見た。
たしかに、こんなに魔物がいるのに、クリード王子は無傷だ。無限に湧き出る魔物の中心にいる。
あれじゃあ、まるで。
「魔王みたいね」
魔物を統べる、王。
「なんと、魔王を知っていたのか」
「え?」
「北の魔とは魔王のことだ」
「えええっ、聞いてませんけどっ!?」
「知っていたのではないのか」
それは、悪と言ったら魔王、みたいな典型的な前世の知識で……っ!
て説明する訳にもいかないから、もどかいしいっ!
そういえば、私がやたらレベルを上げてきたとき、たしかにエルクは竜がどうとか、魔がどうとか言っていた。
この世界、魔王もいるってことっ!?
じゃあ、まさか。
この大地も、死の大地になりそうってこと!? 魔物の巣窟の!?
「どうしたらいいのっ?」
「アレを倒すしかない」
「そうですね。まだ生まれたばかりでしょう。今ならまだ倒せるかもしれません」
「魔王ってそんなに強いの!?」
「魔物の親だ、弱いわけがない」
嘘でしょーーっ!?
というか、クリード王子どうしちゃったのよっ!?
「アメ、リア……」
「……なんか私のこと呼んでるけど」
「無視でよい」
「話通じない?」
「無理だろう」
クリード王子、確かに関わりなかったけれど、ふわふわしてて可愛かったのよね。
ちっちゃい頃なんて、アメリア様、アメリア様ってぴょんぴょん跳ねて……。
えぇーい、考えても仕方がないっ!
剣を握ってそのまま地面を蹴った。
次々湧く魔物を捨て身で切り裂きながら進む。
「クリード王子!」
「アメリア……」
「クリード王子、何をして……」
「ボクの、アメリア……」
その顔を見て、悟った。
あ、これ、ダメなやつだ。と。
目がもう人間ではなかった。
血走って、窪んだような目をしていた。
ふわふわして可愛かったあの王子の姿は、どこにもない。
もしも。もしもクリード王子がこうなってしまった原因が、ほんのわずかにでも私にあるのなら。
私の手で終わらせよう。
せめてもの餞として。
近くにいる魔物を一気に剣で切り裂き、そのままの体を捻ってクリード王子の心臓に剣を突き立てた。
けど、クリード王子の手が私の首に伸びてきて、死んでない!? とぎょっとした所で、スパッとクリード王子だった物の首が飛んだ。
ひぇ!?
そして同時に、後ろから強く引っ張られる。
「アメリア!」
「エルクっ?」
まさか、これはエルクが?
と思っていると、クリード王子の背後に、人がいた。だらりと下ろした右手に剣を持っている。
憂いたようにうつむき、その場に落ちたクリード王子の首を見ていた。
黒い髪に、尖った長い耳。そして、金の瞳。
「トネール?」
アルジュの、双子の弟だった。
「魔王は、首を落とさないと死なない」
「え、え、……え?」
意味がわからず、エルクの腕にしがみついたまま混乱していると、トネールがそっと膝をついた。
そして、飛んだクリード王子の首を拾い、ふわふわの髪をそっと整える。
「ゴメンね、クリード。僕がおまえを煽ったから……」
何が起きたのか、誰か説明して?
呆然とその光景を見る。
なぜアルジュの弟が? クリード王子の仲間じゃないの!? ええっ?
「あの、なにが……、え?」
目を白黒させていると。
トネールの隣に人が現れる。黒髪に、赤い瞳。
アルジュだった。
アルジュがせっつくようにトネールの背中を押すと、トネールがポツポツと話し出す。
「クリードはおまえが好きだったのさ。だけど、おまえは第一王子の婚約者になった。クリードもそれで納得していたはずだった。第一王子が、他の女にうつつを抜かさなければ」
「……」
「だから僕が力を貸した。人間を焚き付け、煽った。全てが完璧に揃ったとき、おまえは……そこの王子の物になっていた」
トネールがエルクを見た。
ええ。そんなエルクが悪いみたいに言われても。そんなこと知らないし、むしろ私、追い出されたけど?
「ちなみに、クリード王子とはどのようなご関係で?」
「…………友だち」
「えっ」
まさか、友だちだったとは。
てっきり、クリード王子が魔人に操られてるのかと思ってた。なんか、すみません。
心の中でそっと謝罪した。
「僕もクリードも、ひとりぼっちだった。一人の女に恋をしていた。でもその女は、兄のものだった」
「……」
「第一王子が他の女にうつつを抜かしたとき、僕はクリードと自分を重ねた。兄から奪って結ばれる未来を」
それはまあ、なんというか、なんとも言いづらい……。
アルジュ隣にいるし。
そもそも、もっと他にやりようはなかったのでしょうか。
汚名をばらまかれて、それで笑顔で婚約者になれるとでも?
でも汚名が消えたということは、対になる無実の証拠も持っていたとか?
ありえる。貴族のやりそうな感じだもの。
罪をでっち上げ、無実の証拠を持って恩を売る。
なんというか、不器用すぎるのね、みんな。
「何もかもが上手くいくと思っていた物が崩れて、クリードの心は耐えられなかった。クリードはひとりぼっちで、弱かったから」
「……」
「でも、クリードがおまえを手にかける前に止めれて、よかった。好きな女を手にかけるのは――僕だけで十分だ」
……やっぱり。
アルジュとは痴情のもつれなのね。
人殺しのアルジュ、なんて呼んでたけれど、本当は全部自分に投げかけていた言葉なのかもしれないと、なんとなく思った。
トネールがクリード王子の首を持ったまま立ち上がる。
「どこ行くの?」
「クリードを一人で行かせるわけにはいかない」
私はチラリとアルジュを見た。
アルジュは何も言わなかった。止めることもしなかった。
「いろいろ巻き込んで悪かった。おまえのこと、似てないって言ったけど、やっぱり似てるよ、おまえ。アメルに」
そんなことを言って、クリード王子の首を持ったトネールは夜の闇に溶けて消えていった。
「アルジュよかったの?」
「話はきっちりしたからね。俺は俺の人生を歩むよ」
「……そっか。そうだね」
みんな自分の人生を選んで生きている。
それがいいか悪いかなんて、きっとずっと後にならないとわからない。
クリード王子も、わからなかったのだろう。
がむしゃらに選んで生きた結果はこうなってしまったけれど、きっと生きている間は一生懸命だった。
人は、愚かな王子と笑うかもしれない。
だけど、きっと、笑っていい人生なんてひとつもない。
失敗しても、間違えても。
その時間をひたすらに生きたことは、絶対に消えない。
「あ。でも、好きになってくれてありがとうって、言いそびれちゃった」
そう言って笑うと、アルジュはわずかに目を見開いて、そして悲しそうに目を細めた。
「きっと、届いてるよ。アンタの気持ちは」