たった一夜の悪夢。
きっとその存在を知らない人も多いだろう。
でも、それでいいんだと思う。
もう貴族のアメリアはどこにもいない。
「んんんっ、やっと肩の荷がおりた気分」
アールス王国王宮。
私専用に与えられた部屋の中で、ソファにーに腰掛けながらぐっと伸びをする。
未来は変えられた。
私は生きている。
これからは、ゲームに囚われることはない。
故郷に戻ることはもうないけれど、でも新しい人生を始めることができた。
「イリュージョン」
ポンッと表示されたステータスを確認する。
レベル、99。
あの戦いで魔物を倒しまくったり、スキルを乱用したおかげか、知らない間にレベルが上がっていた。
だけど。
あと1。
あと1が、足りない。
「アメリア、いるか?」
部屋がノックされて、「どうぞー」と声をかける。
中に入ってきたエルクが、少しソワソワしながら部屋の真ん中にあるソファーに腰かけた。
「どうしたの?」
「う、うむ、その、け、結婚の日程だがっ」
そんなことを口にしたエルクにポカンと口を開ける。
「え、結婚とか、無理だよ」
エルクは驚愕の表情を浮かべて立ち上がった。
「私と結婚すると、そう申したではないかっ! 誓約書、誓約書もあるぞっ!」
ワタワタとポケットから紙を取り出そうとするエルクを両手で押し留める。
「そうじゃなくて!」
「ならば、何か問題が?」
「まだ、レベルが足りない」
「なんと。主は今いくつだ?」
「99。え、エルクは違うの?」
「私は105になった」
目を瞬いて、仰け反る。
「なんでっ!? どういうことっ!?」
同じレベルだったはずなのにどこで差がついたというのか。
エルクは少し困ったように笑う。
「そうか、私も、てっきり主も100になったかと思っていた」
「だから結婚の日取りね。でも足りないからまだ無理」
「うぅむ、そうか……」
考え込むエルクを、まあまあ、と手でなだめる。
「私、少し旅に出ようと思うの」
「なんとっ」
「考えてみれば、私この大陸のこと知らなすぎるもの。いくら王妃がスキルで決まると言っても、それはダメだと思うのよね」
「主は真面目なのだな」
「竜とか魔とか、街もなんだかいろいろすごそうだし、レベルもそれなりにあるから、わりと安定して旅できると思う」
「う、うむ。そうだな」
エルクがうなずく。
でもソワソワしている。考えていることが筒抜けね。
小さく笑って、片手を差し出す。
「許可が出たら、エルクも行く?」
エルクは固まって、パアッと顔を輝かせた。
一度ビンタしてるからなぁ。一緒に行きたいって言いにくかったんだろう。
「よ、よいのかっ?」
「旅をするのも社会勉強だと思うのよね」
「う、うむっ、そうだなっ」
「そういうことなら、俺も行くよ」
どこからともなく、アルジュの声。
「俺もついて行きますぞ、お嬢!」
今度はマルクの声が。
「盗み聞き!?」
「やだなぁ。王子がソワソワしてるから、またビンタでもされるんじゃないかって心配してただけだよ」
「そんないっつもビンタしないわよ」
「俺はエルク様の側近ですので」
何かと理由を付けるアルジュとマルクを見て、肩をすくめる。
まあ、そんなことになるだろうと思ってたけれど。
二人とも、エルク信者だもの。
「まあいいわ。まずはそうね、竜見学!」
日々、何かを選びとって人生を過ごす。
選んだ瞬間は、それがどんな未来に続くのかわからないけれど。
死ぬその時まで自分の心に素直に生きれたなら、不幸とか幸せとか、どうでもいいのかもしれない。
「アメリア、プロポーズではなくなってしまったが、受け取ってくれるか? 癒しの力が込められた石のついた指輪だ。未来への、約束だ」
顔を真っ赤にしながらそんなことを口にしたエルクに笑いながらうなずいた。
fin.