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「勇者に選ばれた」
「…………はい?」

 大真面目な顔をして、勇者がどうのと変な妄言を口にしたのは、何を隠そう私の幼なじみだ。

 アルジール・フランデ。
 クセのない黒い髪に、切れ長のグレーの瞳。死んだ魚みたいな目だなと私は思うけれど、村の女の子たちに言わせるとクールなのだとか。冷たい眼差しが人を遠ざける雰囲気がある。それもまたクールなのだとか。
 まあ、確かに、顔はまあまあ良い。まあまあ。まあまあ。
 とはいえ、私は人のことをとやかく言えるような顔をしていない。

「だから、勇者に選ばれた」

 面倒くさそうに、アルジールは同じ言葉を口にした。

 私たちの住む村は、寂れているわけではないけれど大きくはない。村人全員合わせて、五十人いるかいないか。これといった名産品もなく、観光に来る人もいない閉鎖的な村だ。
 そんな場所にずっといたから、変な妄想でもしたくなってしまったのかもしれない。

 私は仙人のような悟った顔で微笑み、ポンと、自称勇者、アルジールの肩を叩いた。

「うんうん、最近暑かったもんね。それより勇者様、洗濯終わった? 洗剤足りなくてさ、少し貸してくれない?」
「おい、信じてないだろ。本当だって」
「わかったわかった」
「……朝起きたらコレがあったんだよ」

 嫌そうに顔をしかめながら、自称勇者、アルジールは手に持っていたやけに立派そうな剣を前に突き出した。

「何それ? ジルそんな剣持ってた?」
「だから、朝起きたらあったって言っただろ」
「そうなんだ。誰かからのプレゼントかな? けっこう良さそうだね。売ったらいくらになるかな?」

 値踏みするようにジロジロと無遠慮に剣を眺めた。剣の持ち手のところに、キラキラと光る宝石のようなものが付けられている。

 もしかしなくても、これは本物の宝石だろうか。そうしたら、この剣を売ったら一生食べるものに困らないかもしれない。

 私はパッと顔を上げてアルジールを見た。

「ねえねえ!」
「……売らないぞ」
「えっ、まだ言ってない。よくわかったね」
「目玉が金になってたからな」

 目玉が金になるはずがないだろう。やっぱり、自称勇者を名乗るだけあって、やや妄想癖があるようだ。

「売ったりなんてしたら、呪われそうだ……」

 アルジールはやけに疲れたようにため息をついた。

「まっさかあ。ただの剣でしょう。呪いなんてそんな……」
「ただの剣ではないゾ、ムスメ」

 ピシリ、と空気が固まったような気がした。
 視線を走らせ、辺りを見回してみる。今ここには、私とアルジールしかいない。

「……なんか、変なおっさんの声が」
「オッサンとは、無礼なムスメだ」

 私は、錆びついたブリキになった思いで、アルジールの手の中にある剣を見た。

「我が名は、聖剣バルハイト」

 変なおっさんの声が聞こえるたびに、ピカピカと宝石が点滅している。
 ……疲れてるのかな。
 私は自分の目をこすった。ふぅ、と一息ついて、アルジールを見る。

「それで、洗剤なんだけど」
「……今見なかったことにしたろ」
「洗剤」
「言っとくけど、幻覚とかじゃねえぞ。俺も朝起きたとき変なジジイの声がするからビビった」

 アルジールはげっそりと肩を落として、手に握っていた剣を鞘から引き抜き、少し乱暴に地面に突き立てた。

「どわっ、何をする! 乱暴に扱うな」
「うっせーな、剣だろ、剣」
「この綺麗な体に傷がついたらどうしてくれるんじゃい!」
「気持ち悪い言い方すんな」

 な、なんだ、これは。
 頭がおかしくなったのかな。
 アルジールが剣と会話をしているように見える。いや、そんなわけない。なにか仕掛けがあるのだろう。


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