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 結果的に言うと、連れて行ってもらえることになった。
 神官には「騙された!」と叫ばれたけれど。でも約束は約束だと。真面目だ。爪の垢を煎じてアルジールに飲ませたいくらいだ。

「神殿の雑用が欲しいと思っていたんです。これも運命の巡り合わせなのかもしれません」

 そう言って本物の慈悲の笑顔を浮かべる神官様を私は拝んだ。

 お母さんたちに大雑把に説明した。「何考えてるのこの子は!」と怒鳴られたけれど、最後には許してくれた。我ながらいい親だと思う。

 そうして、私は初めての王都へとやって来ていた。アルジールはすぐにどこかへ行ってしまった。たくさんの兵士に囲まれていたからお城に行ったのかもしれない。

 私はというと、神官様の荷物を両手に持ち、悠々と手ぶらで前を歩く神官様御一行を追いかけていた。

「ミリア! 遅れていますよ」
「はぁい」

 神官様の荷物がやたら重いせいだけどね。
 何を入れているのかと思ったら、小さな祭壇を持っていた。それを背負っているんだ。今の私は神を背負っているのといっしょ。

 それにしても王都ってすごいところだなぁ。なんか街の人たちみんな光ってない? 発光する人種を集めたのが王都なのかな。

「ミリア!」
「はぁ〜い、今行きます!」

 よそ見をすることも許されない。神官様は美人だけれど、意外と厳しいお人だ。美人だからいいけどね。

 私は列をなして歩いている神官様の横に並んだ。人々がみんな立ち止まって祈りを捧げているのは圧巻だった。
 神官様って、そんなに偉い方だったのね。神神詐欺を働いたことは死んでも言えないな。

 やがて神官様たちの住居兼仕事場である神殿にたどり着く。それはもう、すごすぎてあんぐりと口を開けながら見上げた。細工がとにかく美しすぎて、ステンドグラスという煌びやかなガラスに慄く。

 場違いかもしれない。

 ここに来てようやく、私は思った。背中に背負った祭壇の肩ベルトをギュッと握り締めながら、ゴクリと唾を飲む。

「ミリア! 何してるんです、置いていきますよ」
「は、はぁい……」

 小さく返事して、神官様の隣に並ぶ。自分の姿が反射しそうな床にソワソワと視線をさまよわせる。

「あ、あの。神官様」
「なんです?」
「今さらなんですけど、私、場違いじゃないですか……?」
「本当に今さらですね。あの食らいつくような勢いはどうしたんですか?」

 グサッと、言葉のナイフが突き刺さる。

「いやぁ、その……さ、さすがにまずかったかなと。無理やり脅したようなものですし……」

 神官様はおかしそうにクスクスと上品に笑った。

「田舎者の無鉄砲さ、私は好きですよ」

 褒められているのだろうか?
 まあ、いいや。好きだというのならその言葉を正面から受け取っておこう。

「私、誠心誠意、働きますね!」
「いい心がけですね。ではさっそく」

 神官様は、満面の笑みを浮かべて、ひとつの部屋の前で足を止めると、ゆっくりと、扉を開いた。

「この部屋の掃除、お願いしますね」

 机に、紙の塔がいくつもできあがっている。机だけでは足りなかったのか、床に散乱した紙の山。転がった空のインクボトル。出しっぱなしの本。
 うっわ、きたな!
 口に出して叫ばなかったのを褒めたい。私はおそるおそる、部屋の中を指さした。

「あのー、ここは?」
「私の執務室です」
「……神官様の?」

 この汚すぎる部屋を、神官様が使っている……?
 扉を開けている美しい顔を見る。部屋を見る。眩い顔を見る。部屋を見る。

 ……盗賊にでも入られたのかな?

「あのー、出かけている間に泥棒でもきました?」
「いいえ、いつも通りですよ」

 いつも通り?
 いつも通りってなんだろう。まさか、この部屋の惨状じゃないよね。こんな汚すぎる部屋を、この美しい人が使っている?

 ちょっと、目眩がした。

「私はほんの少し、片付けるのが苦手なんです」

 罪を白状するように、神官様は肩をすくめた。

「いやこれ、ちょっとじゃないですよね。大問題ですよ。その顔で。こんな汚部屋と一蓮托生なんて。ゴミ転がってますよ。聞いてますっ?! ひぃ、このカップ、いつのですかァ!?」

 汚すぎる部屋に足を踏み入れた私は早くも泣きたくなった。なんか服転がってるけど、これいつのだろう。怖いな。この部屋が魔窟だ。何が出るのかわからない。

 大きなため息をついて、背負っていた祭壇をすみっこに置くと、腕まくりをした。

 必ずや、この部屋を蘇らせてみせる。

「ふぅ……」

 キュッと、窓を拭き終えて、額の汗を拭った。

「さすがですね、ミリア。あなたを連れてきて正解でした。やはり神のお導きですね」
「……それは、どうも」

 私は適当に乗りかかった船が、こんなオンボロ沈没船だなんて思わなかったよ。

 誰もが口を覆いたくなるような汚部屋を、見事よみがえらせることに成功した。
 散らばっていた紙はまとめて整理したし。転がっていた服も洗濯した。いつのものかわからない食器も私が洗った。

 窓を開けて空気を入れ替えつつ、用意したカップにお茶を注ぐ。やたらいい匂いのする茶葉を使った。これが王都の人間の飲むものかと、田舎とのギャップに憤慨した。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

 香りを楽しんでいる神官様は、やっぱり美人だ。顔だけ。汚部屋に住んでいたとは思えないくらい。

「神官様、掃除してくれる人いなかったんですか? よくこんな部屋に居られましたね」
「居ないこともないですが……王都というのは、いろいろと面倒なんですよ」

 どういう意味だろう?

「権力の集まる場所ですからね。神殿に居る者も、どこかの貴族の三男坊とか、そういうのが多いです。ひいきしてると噂が立つのも面倒ですし、重要な書類もありますからね。見られるのはもっと困ります」
「……私は見てもいいんですか?」
「見ても、あなたに何かする力なんて無いでしょう?」

 笑顔で辛辣なことを言う人だ。まあ、事実だけれど。権力というのも大変らしい。

「神殿って、もっと神聖な人たちがいるのかと思ってました。神のために、とか。人々を幸せに、とか」

 神官様は情けなく眉を下げる。

「そうあって欲しいですが、実際は腐った権威の溜まり場ですね。恥ずかしいものです」
「なんか、聞いちゃいけない裏事情を知ってしまった気分です」
「他言したら神に呪われますよ」
「……神官がそんなこと言っていいんです?」
「言うだけならタダですので」

 ニコリと微笑んで、神官様は優雅に茶をすすった。絵になる人だ。

 それよりも、今ごろ、アルジールは何をしているのだろうか。窓から見える立派なお城を横目に、小さくため息をついた。

 神官の雑用として働き始めて三日目のことだった。
 私の耳にその知らせが届いたのは。

「勇者が現れた」

 と。


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