神官様のお遣いを終えて、帰るために城内を歩いていると、不運なことに人にぶつかった。それも、アルジールに。
私を見たアルジールは死んだ魚みたいな目を大きく見開いて、かすかに唇を動かした。声は、出ていなかったけれど。
「久しぶり、ジル」
「どうして、ここに?」
「神官様のお遣い。もう帰るよ」
ちゃんと、普通に会話できているだろうか。
頬の筋肉は動いているだろうか。
笑えて、いるだろうか。
「……明日、旅立つことになった」
不意に、アルジールがそう口にした。
「そうなんだ……」
なんて言ったらいいか分からなくて、私はただそれだけ口にした。
アルジールが私を見下ろして、目を眇める。
「それだけか?」
「それだけって?」
「死ぬかもしれないんだぞ」
ヒュッと息を飲む。視線をさまよわせて、曖昧に笑った。心を全部塗りつぶして隠すように。
「えっと、気をつけてね」
アルジールは巨大なため息をついた。
「帰って来たら、美味しい料理食べさせてやる、とかないのかよ」
ドキンっと心臓が跳ね上がって。でもすぐにそれを諌める。
「お城で、豪華な食事が出ると思うよ」
「あのな……。はぁ〜、もういい」
アルジールは怒ったように眉を寄せて、ふいと視線をそらした。
「お、怒ったの?」
「ばーか」
「なっ! ジルのくせに、ムカつく」
どついてやろうと、手を伸ばして、鈴の音のような声がそれを制した。
「あら? アルジール様?」
ひぃっと、声に出さなかったのを褒めたい。
私の後ろから、カツカツとヒールの音がする。なんだろう、この、浮気現場が見つかってしまったようないたたまれなさは。
私は慌てて手を下ろして、チラリとアルジールを盗み見た。アルジールは私の後ろを見ていた。お姫様を。
「アルジール様、そのお方はどなたですの?」
アルジールの横に立ったお姫様の美しさに圧倒される。
う、わ。怖すぎるくらい美人。眩しい。眩しさに目が潰れそう。
「あー、幼なじみですよ」
アルジールのその言葉に、ギュギュッと心臓が茨で縛られる。
「まあ、そうなんですの」
お姫様は私を上から下まで眺めた。
うぅ、見ないで欲しい。自分が恥ずかしくなってしまう。
「お名前は?」
「み、ミリア・リーベルです。名前も名乗らず、失礼しました」
「まあ、いいのよ。礼儀作法を知らないのでしたら仕方ありませんわ」
うぐっ、強烈な一撃だ。
素で言っているのかわざと言っているのか分からないけれど、間違いなく敵に回すのは怖い人だと分かった。
「えぇーと、すみません。私は仕事があるので、このへんで……」
「あらそうなの。引き止めちゃってごめんなさいね」
申し訳なさそうな顔を作るお姫様に一礼して、アルジールに視線を向けた。
「じゃ、じゃあ……。その、頑張ってね、ジル」
「羊の白いやつ」
「……え」
目を瞬いている間に、アルジールはくるりと背を向けて歩き出していた。
なんなんだ、いったい。
何かの暗号か?
考えてもさっぱり分からなかった。
結局、それからアルジールと会うことはなく、アルジールは何人かの仲間たちと旅立って行ったらしい。
そうして、それから数ヶ月後、王都には激震が走る。
勇者死亡、と。