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8

 窓の外に、傷だらけのアルジールがいた。剣を片手に持って、開けろと口パクで訴えてくる。私は慌てて窓を開けた。

「っあ〜、いってぇ」
「え、え、なに、どういうこと? なんでジルがいるの?」

 夢だろうか?
 床に胡座をかいたジルを見下ろして、前にしゃがみこむ。とりあえず、血が出てるところに指を当てた。

「いって! おい、触んな」
「痛いの?」
「痛えよ。見たらわかんだろ」
「……夢じゃない……」
「……おい、なんで俺で試した?」

 痛いってことは夢ではない。生きてたの?

「だって、死んだって……」

 夢か現実か分からなくて、呆けた声でそう言うと、アルジールはあの変な剣を見た。

「俺も死んだと思ったけど、この剣すごいのな。なんか生きてたわ」
「け、剣が護ってくれたの?」
「たぶん? 疲れたのか、今寝ちまってるけどな」

 なんてこった。最低最悪な剣として粉々に砕いてやろうと思っていたのに、まさかの恩人ならぬ、恩剣になるとは。

「お城には、行ったの?」
「いや?」
「ど、どうして? 行ったらきっと、みんな喜んでくれるよ」
「ばーか」

 アルジールが私を見て、そのままグイッと私の肩に手を回した。死んだ魚みたいな目をした端正な顔が、目の前に迫る。

「普通、こういうときは、一番会いたいやつのとこに行くもんだろ」

 目を見開いて、アルジールを見つめた。グレーの瞳に、マヌケな顔をしている私が映る。

「な、何それ、意味わからないよ……」
「は? 普通わかるだろ。鈍感」
「ち、違うし。鈍感なのはジルじゃん」
「おまえだろ」
「……ジルだよ」

 うつむいて、ボロボロになっている服をつかむ。触れられた場所が温かくて、生きているのだと実感した。

 枯れることのない涙が、また湧き上がってくる。

「死んだって、聞いたから。いっぱい、後悔した」
「……」
「もっと、素直になれてたらとか。絶対に叶わなくても、伝えてたらとか。ど、どうして言えなかったんだろう、とか」

 泣きながら、顔を上げる。

「わ、私、ジルのことが──」

 不意に、目が合う。
 じっと、真剣な瞳に見つめられて、途端に恥ずかしくなった。

「俺のことが?」
「あ、えっと……」
「なに」
「えぇと、その……」

 視線をさまよわせて、ぐっと覚悟を決める。

「じ、ジルのことが、す、す……すき、です……」

 最後は蚊の鳴くような声になってしまった。
 恥ずかしいやら怖いやらで、目が見れない。

「ばーか」

 ふっと、吐息混じりの声が降ってくる。
 あまりにも熱が籠っていて、「ひっ」と仰け反りたくなった。背中に回っていた手が、それをさせてはくれなかったけど。

「そんなこと、知ってたっての」

 耳もとで、甘ったるい声が響く。そのままコメカミに唇が落ちてきて、卒倒しそうになった。
 なになに、何が起きたの?!
 どういうこと!?

「じ、ジル、あの、何を……」
「んー?」
「あの、離して……」
「なんで」
「なんでって、ち、近いから」
「なに。近いとダメなの」

 顔を覗き込まれて、鼻先が触れそうな近さに息を飲む。

 目が合った。

 時間が固まってしまったみたいに、目が逸らせない。

 私の頬に伸びてくる手が、やけに骨ばっていることを意識してしまって、怯えるように首を振った。首を竦めようとしてると、すくい上げるように顎に指先が添えられて、驚きに息を飲む。

「逃げんな」

 誰だろう、この人は。聞いたこともないような、熱を宿した声。
 鼻先が触れた。アルジールが少しだけ顔を傾ける。目の前に綺麗な顔があるのが、恐ろしいような、嬉しいような。ぎゅうっと、固く目を瞑った。

 少しだけ、唇が触れた。すぐに離れて、ほっとして目を開く。目を開けて私を見ていたアルジールが、不敵に笑った。
 瞳だけで、ばーか、と訴えかけてくる。

「な、ジルっ……」

 声になる前に、また唇が塞がれた。空気も言葉も全部奪い取るように口づけられて、混乱する頭の中で必死にそれに応える。

 苦しくなってきて、震える手で、アルジールの肩を押した。鬱陶しそうに眉をしかめられて、私の頭を押さえていないほうの手で、絡めとるようにして私の手を繋ぐ。
 ひぇ、と上げかけた悲鳴は音にならずに消えていった。


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