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9

 満足したのか、ゆっくりと唇が離れていったときには、私の体の力はどこか遠くへと飛ばされてしまっていた。

 アルジールが、骨が抜けた人形のようになった私を抱き込んで、疲れたように呟いく。

「はー、もう勇者なんて二度とやらねえ」

 鼻先を首に寄せられて、飛び上がりそうになる。

「えぇ、なに、なにが、え?」
「なに」

 なにじゃない。
 何と言いたいのは私だよ。

「え、え、どういうこと?」
「死にかけた男が一番最初に会いに来る時点でわかるだろ」
「いや、わかんないよ。ジル、お姫様は?」
「は?」
「勇者はお姫様と結婚するって聞いたけど……」

 しどろもどろになりながら、何とか伝える。
 このことがお姫様にバレたら、私殺されるんじゃないだろうか。不貞を働いた泥棒猫! とか、罵られたりして……。

「ああ。あれ。断った」
「……は、い?」
「そういう堅苦しいの、向いてないんだよ。知ってんだろ」
「た、確かにジルは面倒くさがりで、やる気なくて適当でだめな男だと思うけど」
「おい」
「で、でも、お姫様、あんなに綺麗なのに」
「別に、そういうの興味ないしな。それに、アイツらが欲しいのは俺じゃなくて、勇者っていう政治利用できる都合のいい道具だろ」

 わ、あ。辛辣。否定できないけど。

「それよりさ」
「な、なに?」
「手当してくんない? 痛えんだけど」

 ハッとして、アルジールから距離をとる。頬やら腕やら傷だらけだ。

「うわぁああ! ご、ごめんっ。すぐ準備するね」

 慌てて立ち上がると、アルジールが吹き出した。次第に、おなかを抱えて笑い出す。

「な、なに。怖いよ。どうしたの。頭怪我した?」
「いや、やっぱ安心するなーと思って。おまえといると」

 薄く覗いたグレーの瞳に射抜かれて。心臓が喜ぶように飛び上がった。
 それを誤魔化すように、無理やり話題を変える。

「そ、そういえば、あれ、なんだったの?」
「あれ?」
「羊が白いとかなんとか」
「ああ……」

 アルジールはそんなことかと軽くうなずいた。

「帰って来たら羊のシチュー」
「は?」
「羊のシチュー食いに帰って来るって言ったんだよ」

 いや、わかるか。

「は? 伝わってなかったのかよ」
「よくそれで伝わると思ったね。びっくりだよ」
「ちゃんと帰って来ただろ。おまえのとこに」

 小首を傾げるその姿が、小生意気な少年っぽくて、小さく笑う。

 そういえば、なんだかんだで大切なことを伝えてなかった。

 アルジールの前にしゃがみ込むと、不思議そうな顔で見つめてくる。かわいいな。

「え、と……お、おかえり。ジル」

 照れくさくて、少し素っ気なくそう言うと、アルジールは目をまるくして、次には屈託のない笑みを浮かべた。

「ただいま。ミリア」

 勇者が生還したことで、国は沸き立ち、何日も何日もパレードが開かれた。
 数日拘束されたアルジールは、擦り切れたボロ雑巾のようになって帰って来た。

「とりあえず、村に帰らねえ?」

 と言いながら。

 それに猛反対したのが神官様だった。

「こんな便……おほんっ、こんな素晴らしい人材そうそういません!」

 と、熱弁していたけれど、便利と言いかけたの聞いてたからね?

 結局、私も私で神官様の雑用は楽しかったし、王都に留まることになった。

 勇者アルジールは王からたんまりと報奨金と領地をもらって、私のあとを追うように王都に住み着くようになったのは、また別のお話。

幼なじみが勇者に選ばれたけれど、この恋は身分不相応ですか?

end.


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