【今世は継母として、双子が幸せに暮らせる場所を作ります】ピッコマ連載開始!

7 生きる理由

「お、お茶、入りました」

 リリアはさっきまでグレイとシーカーが話していたことには触れず、そっとカップをテーブルの上に置く。

「あぁ、悪いな」
「リリアサン、どうも」

 カップに手を伸ばす二人をじっと見ながら、リリアは考える。
 もしも、もしもここを追い出されたら、生きていく方法はあるのかと。

「あの、ボス」
「あ?」

 カップに口をつけようとしていたグレイは、手を止めてリリアを見た。

「わ、私、この国とか……他の国のことを知りたいんですけれど、資料とかって、ありますか?」
「あァ、あるっちゃあるが、理解できんのか?」
「うっ。が、頑張ります……」

 今まで引き起こした数々の失態から、リリアも自信がなくなってくる。

 「ふぅん」と適当にうなずいていたグレイがカップに口をつけて、お茶をひと口含むと、ピタリと手を止める。ゆっくりと口を離して、何か考えるように顎をさすった。

 まさか、不味かっただろうか。

 リリアは冷や汗をかいた。

「あのっ、お口に合わなかったのなら淹れ直してきますっ」
「いやぁ、普通に美味いですよ。ねぇ、ボス」

 すでにヘルゼーヌのお菓子に手を伸ばしていたシーカーが、グレイに同意を求める。
 リリアはシーカーを見やって、次にグレイを見た。グレイはまだ何か考えているような顔をしている。

 シーカーは美味しいと言ってくれたけれど、生きた心地がしない。罪名を待つ犯罪者の気分だ。

「リリア」
「はいっ」
「おまえ、料理は得意か?」
「……え? えっと、普通くらいには、できると思います」
「ふぅん。不器用ってわけじゃねェのか。なら、おまえ、運動苦手か?」
「えっ」

 図星だった。
 リリアは運動関係がめっぽう弱い。すぐに息が切れて目が回るのだ。あんまりにも運動ができないものだから、女学院時代は教師にも諦めの眼差しを向けられていた。

「ちょっと手ェ見せてみろ」
「手、ですか?」

 なんだろうと思いつつも、リリアは右手のひらをグレイに向けた。ぐいっとつかまれて、袖もまくられ、舐めるように見られる。

「手首ほっせェな。服もブカブカじゃねえか。背はそこそこあるから合う服があんまねェのか」
「えっと……」
「肉が付きにくいタイプか……」
「え……」

 肉? と、リリアの頭の中にじわじわと嫌な予想が広がる。
 まさか、リリアがあまりにも使えなすぎて、バラバラにして売るつもりなのではないか、と。

「リリアサン、ペラペラですもんね。運んだときに担ぎましたけど、紙みたいでしたよ」
「ペラペラ……」

 リリアは無意識に自分の胸を見た。そしてそっと視線をそらす。見なかったことにした。

「相当お姫様扱いされてきたみたいだなァ」

 グレイが可笑しそうに喉の奥で笑った。

「おひ、め、さま……?」

 そんなことされたことがないと否定しようとして、リリアは言葉を飲み込んだ。
 ざあっと、頭の中いっぱいに、青が広がる。

 リリアの王子様はいつだって、青い髪をした少女だった。

 黙りこくったリリアを見て、グレイが目を細める。面白そうに口元を歪めながら。

「どうした? 王子様に捨てられでもしたか」
「……だ、大嫌いだったって、言われました……」
「ほぅ? それでおまえも嫌いになったか」

 リリアは口をつぐんで、自分の中の言葉を選ぶように、ゆっくりと音にする。

「最初は、どうしてって思ってました。でも……き、嫌われてても、一緒にいた時間は、消えません。私は、その一緒に過ごす時間の中で、好きになったんです」

 たくさん泣いた。憎めたらなら、大嫌いだと言えたなら、どれだけ楽だっただろうか。
 すべてを憎むのは簡単だし、何も考えなくていい。

 どうして、と問いかけなくていい。

 そういう人だったんだと、ただ、諦めれば。

 あなたが嫌いなら、私も嫌いだと、そう言えたならよかった。

「私は、私のことを好きでいてくれるから好きになったわけじゃありません」
「ほぉ?」
「シルカだったから……だから好きになったんです」

 綺麗な髪だと思った。それをサッパリと切っているのもカッコイイと思った。
 リリアとは、何から何まで正反対だったから。

 勝気なところも、ハッキリものを言うところも、堂々とした振る舞いも。
 のんびりとして花のようなリリアと、勇ましさを感じる剣のようなシルカ。女学院でも一目置かれるくらい一緒にいて、何もかもが真逆だった。

「私を好きになって欲しいとは思っていません。でも、嫌いだと言われたことが、私も嫌いになる理由にはならないと思ったんです」
「……おまえは、バカか?」
「うっ。……たぶん、そうなんだと思います」

 もぞもぞと、指先を絡めていじる。

「でも、私は……。その人の考えを、気持ちを。本当に全部が嘘だったのか……。それを理解しないまま、ただ嫌いになってしまうくらいなら……私は、バカでもいいです」

 ぎゅうっと、拳を握りしめた。
 この街に来てから、何度も考えたことだった。罪人になって、国を追い出されて、それでも生きたい理由はなんだろうと。

「まだ、聞いてないことがたくさんあるんです。だから、私は──」

 顔を上げる。
 真っ直ぐに、グレイの青い瞳を見た。シルカの青い髪よりも、ずっとずっと透き通っている、宝石のような青を。

「私は、どうしても、生きたいです」

 言い切ってから、ハッとする。いらないことを話したのに気づいて、うっすら頬を染めて頭を下げる。

「ご、ごめんなさいっ、ペラペラ話して……。あの、私、何をすればいいですか?」

 おずおずと視線を上げると、グレイとシーカーが顔を見合わせて肩をすくめていた。

「こりゃァ骨が折れる」
「まったく、同意すね」
「え……と?」

 首を傾げるリリアに、グレイ紙の山の中から一つの資料を取りだした。何枚もの紙が束になっている。

「リリア。おまえに仕事をやる」
「は、はいっ!」
「おまえ、パーティーに出たことはあるか?」
「……はい?」

 素っ頓狂な声を出して、リリアは戸惑いながら記憶を探る。

「パーティー、ですか? えぇと、女学院時代に小さなものなら……。本当の社交場とかには、出たことありません」

 リリアは困惑しながらグレイを見た。
 いきなり仕事がパーティーになりそうなのだ。これまでの失敗を思い返すと、到底上手くできるとは思えない。

「別に何もしなくていい。ただ隣にいて笑ってりゃァ問題ねェ」
「それだけですか?」
「あぁ。俺が見てきた中で、少なくともおまえが一番美人だからな」
「……え?」

 ぽかんと口を開けて、リリアはまじまじとグレイを見た。意味を理解して、少しだけ仰け反る。

「美人って、私、ですか?」
「……は? オイオイ、まさか自覚なしか? どういう生活してりゃそうなんだよ」

 呆れた目を向けられて、リリアはぺたぺたと両手で自分の顔を触る。

「おまえ、歩いてて声かけられんだろ?」
「いえ……とくには」
「嘘つくな」
「えぇっ、嘘じゃないですよ」

 リリアは困った。
 リリアの思う美人はシルカのようなキリッとした顔立ちだ。

 リリアはキリッとしているとは言い難い。例えるなら、へにょっとした顔だ。
 少し垂れた目元に、日焼けしない肌。唇も頬も赤いと言うよりかは薄い桃色だ。長い波打つ金色の髪も、バッサリ切る度胸がないからただ伸ばしているだけ。

 一度、シルカに憧れて「私も切ってみようかなぁ」と言ったことがある。猛反対を食らった。似合わないだろうから止めておけと。
 それもそうかと、結局伸ばしっぱなしな訳だけれど。リリアは自分の髪の先を摘んだ。

「国まるごと崩壊させる顔してよく言うぜ」
「えぇ……どんな顔ですか……」

 リリアは情けなく眉を下げて、自分の頬を軽く引っ張った。

「そのパーティーは、社交界なんですか? その、貴族の方が集まる……」
「似たようなもんだ」
「……ボス、貴族様だったんですか?」

 リリアはまじまじとグレイを見た。
 長い足を組んで座っているだけで、風格を感じる。その居住まいは、貴族と言われても納得のものだった。

「ばァか。称号なんざ、金でいくらでも買えんだよ」

 鼻で笑ったグレイは、称号そのものに対しての興味は薄いようだった。

「頭の固い連中は、血にこだわりたがる。だから食われんのさ。ぬるま湯にいるお貴族サマたちはな」
「……ボス、悪い顔してます」
「はん、それなりの金だけ渡してやりゃ、貴族サマはしっぽ振って喜ぶぜ。可愛いもんだろ?」

 ニヤリと笑う姿を見て、この男は猛獣だとリリアは思った。国を食い荒らす獣だと。

「まぁ〜、実際ボス、いくつも領地持ってますからね。ココは拠点みたいなもんです。だいたいの物はココで作られて、各領地に流通されていきます」

 菓子を頬張っていたシーカーが立ち上がって、部屋の中の棚からひとつの資料を取り出した。

「それよりボス、リリアサン連れてくんすか?」

 資料片手にグレイの執務用の机に近づいたシーカーが、そう問いかける。

「あ、はいこれ。リリアサンの」
「え? あ、ありがとうございます」

 ヘルゼーヌのお菓子と資料を手渡されて、そのままクイと指でソファに座るようにうながされる。

 リリアは大人しく腰かけて、手に持っていたお菓子をじっくり眺めてから、匂いを嗅ぎ、ひと口かじった。
 かじったところからクリームが溢れ出てきて、驚きながらも口いっぱいに広がる甘さに感動した。

 またひと口かじって感動していると、グレイの声が聞こえる。

「顔が良いヤツのほうが売れる」

 リリアはピタリと手を止めた。

 ……売れる?

 まさか、やっぱり用済みだと、そう言って別のところに売り払うつもりなのだろうか。普通、売られた人の待遇はこんなに良くない。ここがおかしいのだ。

「まぁ、確かに売れそうですけど。危険じゃないですか?」

 リリアはまた息を飲んだ。
 今度は危険だと言う。危険なパーティーとはどんなパーティーなのだろうか。

 ドキドキと心臓が速くなっていく。
 そぉっとグレイの顔を見ると、バチンッと目が合った。

「リリア」
「ひゃい!」
「食ったら出るぞ。打ち合わせだ」