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6 聖女と大賢者

 その知らせは突然だった。

 巨大な竜巻発生によって、吹き飛ばされたり、物が当たって壊れたりしてしまった家の修復に、村人たちは精を出していた。当然、エイリーも復興作業に駆り立てられていた。
 応急処置の木の板を、トンカチで打ち付ける。なぜか肉体労働だ。あちこちでトンカチを打つ音が響く、そんな中で、土を蹴る慌ただしい足音が響いて、一人の村娘がエイリーの元へやって来た。

「大変、エイリー!」
「どうしたの?」
「お城から、兵士が来て……」

 そう言うのを聞いて、エイリーは復興作業の手伝いに来てくれたのだと思った。こんな小さな村にまで来てくれるなんて、なんて素晴らしい王様なのだろうかと。けれども。

「む、村の若い娘を広場に集めろって、怖い顔で……っ!」

 泣きそうに、怯えたように、少女は口にした。
 エイリーは驚いて、トンカチを打っていた手を止める。そして、少女を見た。

「え、どうして?」
「し、知らないよ!」
「復興の手伝いに来てくれたんじゃないの?」
「うーん、そういう感じじゃなかったなあ」

 腕を組んだ少女は、思い出すように首を捻り、パッとエイリーを見る。

「一緒に行こう!」
「ええ、私も行かなきゃだめ? この板貼り付けておきたいんだよね。雨降ったら雨漏りしちゃうし」
「だめ! エイリーも村の若い娘でしょ! ほら、早く早く! 一人じゃ怖いもん」

 手に持っていたトンカチを取り上げられて、地面に置かれる。気が進まないエイリーの手を握り、少女はエイリーを引きずるようにして歩いた。

「エイリー、すっぽかす気だったでしょ。お城の人に逆らったりしたらだめだよ。こんな村、簡単に潰されちゃう」
「そう、かなあ……。そうだよね」

 エイリーたちの住むような小さな村では、王様といってもその存在をよく知りはしない。なんか偉い人がいるらしい。そんな認識だ。
 エイリーは王都にも行ったことがないし、なんならこの村がどこの領地に分類されているのかも詳しくは知らない。興味がないのだ。小さな村にとっては、一日一日を生きるのが精一杯で、誰が偉いとか、誰が王とか、村が飢えに苦しまなければそれでいい。

(そういえば、セスは王都に行ったことがあるんだよね)

 ちょっと前に、ぽろりと零していたことを思い出す。

(王都、どんなところなのかな)

 引きずられながら、エイリーはぼんやりと王都を思い描いた。

 エイリーたちが村の広場に行くと、もう他の若い村娘たちは集まっていた。といっても、エイリーたちを含め、五人しかいないけれども。

「これで全員か?」

 立派な鎧を身につけた男が、そう口にした。手に何か紙を持っている。紙を見ては、エイリーたちに視線を向け、「一列に並ぶように」と指示を出す。
 エイリーはたちは何が始まるのかと思いつつも、素直に横一列に並んだ。エイリーは一番右側だった。

「それじゃあ、順番に手を見せろ」

 その言葉に、心臓が飛び上がったのは、エイリーだけのようだった。他の娘たちは、不思議そうに首を傾げながら、言われた通り手を前に出す。その手を、隅から隅まで、鎧を着た男が見ていった。
 心臓の鼓動が、どんどん加速していく。

 この間、セスの態度がおかしかった。それからエイリーは、手の甲にある星型のあざは、あまり良いものじゃないのかもと、そう考えるようになった。
 隣の子が、手を前に出した。それを、男が確認する。エイリーは横目にその様子を見て、冷や汗を流した。探している。間違いなく、何かを。
 頬は引きつり、喉はカラカラになったような錯覚がする。

「ふむ、何もないな。次」

 男の声に、エイリーの肩がびくりと震えた。鎧を着た男が、エイリーの前に立つ。近くで見ると、がたいが良く、背も高くて、圧迫感があった。

「娘、手を」

 エイリーは、とりあえず左手を前に出した。男が、手のひらと手の甲を順に見ていく。そして、右手を見せろと言われて、エイリーは手を差し出した、ふりをしてその場にしゃがみ込んだ。

「いたたたたっ!」
「ど、どうした?!」
「村がボロボロで食べるものもなくてついっ、森に生えていたきのこを食べてしまったんです。それに当たったのかも。う……、お手洗いに行ってもいいですか!?」
「だめだだめだ」
「ひどいっ! じゃあ私が、ここで人としての尊厳を失っても、責任を取ってくれるんですかっ? 責任を取ってお嫁にもらうとか!」

 くわっと目を見開いてそう問いかけると、ガタイの良い兵士は顔を引きつらせて首を横に振った。

「い、いや……早く行ってきなさい」

 そうあっさり否定されると繊細な乙女心にヒビが入るのだが、今は早くここを脱出しなければ。エイリーは素早く立ち上がり、チラリと兵士を見た。兵士は首を横に振る。嫁は取らないという意思表示のようだ。むっとしながらも、エイリーは少し頭を下げた。

「いってきます」

 エイリーは一目散に駆け出した。早く早くとはやる気持ちを抱えながら、懸命に足を動かす。

(セス、セスはどこっ?)

 村の中を走り、セスの家がある丘を駆け上る。あばら家の前に着いて、エイリーは慌ただしく扉を叩いた。

「セス! セス、いる?」

 何度もノックするけれど、応答がない。部屋の中に明かりもないから、どこかに出かけているのかもしれない。
 あの日から、セスの姿を見ていない。家に行っても不在のことが多かった。
 どこにいるのだろうかと考えながら、エイリーは丘を走りながら下っていく。セスがいるかもしれないところをしらみ潰し見ていくけれど、あの銀色の髪を見つけることが出来ない。

(森? もしかして、この村にはいない?)

 たくさんの可能性を考えて、エイリーの足は止まる。すると。

「いたぞ!」

 野太い男の声だった。ガチャガチャと金属の擦れる音もする。振り返ると、城の使者だと名乗った男たちが、エイリーのほうへと向かって来ていた。

(まずい……!)

 捕まったらだめだと本能が警告を出す。逃げようと走り出したけれど、足の長さでは敵わず、すぐに捕らえられてしまう。左腕をつかまれた。

「あざがあると、娘たちに聞いた。さあ、右手を出せ」

 さっと、血の気が引く。
 やっぱりこのあざを探していたのだと、エイリーは右手を庇いながら首を横に振った。

「いやっ、離して……!」

 右手をつかまれた。もうだめだと覚悟を決めたその時、セスの声がした。

「……おまえたち、何してる」

 エイリーはパッと顔を上げる。金色の瞳が、蔑むように男たちを見ていた。
 長い足で威厳を振りまくように歩いて来たセスは、エイリーの手をつかんでいた男の手を払いながら、エイリーをかばうように前に立った。
 目の前にあるセスの背中に、エイリーは安堵して深く息を吐き出した。けれども。

「大賢者様」

 城から来たという男たちの口から発せられた言葉を聞いて、エイリーは、一瞬、固まる。すぐに言葉の意味を理解しようと、必死に頭を働かせる。
 聞いたことのある言葉だった。
 港町でも聞いたし、それ以外でも、噂で耳にしたことくらいならある。
 この国には、王家を助ける賢者がいると。予言や不思議の力を使って、国を支えている。そんな、嘘だか本当だかわからないような噂だ。

 エイリーは、そっと、セスを見上げた。
 セスは、苛立ったように眉を寄せ、兵士たちを睨みつけていた。

「なぜここに来た?」
「王の命令です。あなたが聖女候補の監視を始めてから、報告の頻度が落ちていると。今回、異変が起きたのがあなたのいる村だったので、様子を見てこいと、そう仰せつかりました」

 エイリーは、ひゅっと息を呑んだ。

(……監視?)

 今の会話はなんだろうか。よくわからない言葉がいくつか出てきた。
 聞き間違いだろうと、何かの間違いだろうと、エイリーは一縷の望みをかけて、セスの顔を横から覗き込む。セスは否定するでもなく、苦虫を噛み潰したような顔でただ沈黙していた。
 エイリーの心の奥が、ギシリと音を立てて軋んだ。顔が強ばっていく。

「……監視、って?」

 小さな、頼り無い声が、口から零れた。

「監視って、なに? 私のこと? 違うよね。セス……」

 セスはハッとしたように振り返った。まるで、そこにエイリーがいたことを忘れていたみたいな反応だ。
 セスの金色の瞳が、ゆらゆらと揺れていた。それ以上に、エイリーの薄茶の瞳も揺れていた。何を信じたらいいのか、わからなくて。

「どうして、何も言ってくれないの?」

 エイリーは震える手でセスの服をつかんだ。

「何か言ってよ。違うって。そうしたら、セスのこと、信じるから。ねえ」

 セスは、何も言ってくれない。それが、エイリーの不安を掻き立てていく。
 監視だなんて、信じたくなかった。

 だって、そうしたら。エイリーとセスの出会いは。
 エイリーが、ずっと大切にしていた思い出は。

 全部、全部。

『こんなとこにうずくまって、どうした?』
『……エイリーの手、変なあざがあるから、一緒に遊ばないって』
『うん? そうかな、変だと思わないけど』
『うそ。みんな変って言うもん』
『空にある光と、同じ形だ。俺は、変だと思わないよ』
『……ほんとう?』
『本当さ。きみの名前は、エイリー?』
『エイリー・ファーファイド』
『俺はセス。セス・エリクソン。よろしく、エイリー』

 見惚れてしまうくらい、綺麗だと思った、あの光は。金色に瞬く瞳が、空に浮かぶお星様みたいだと思った、あのころのエイリーは。

 胸の奥を、冷たい風が吹き抜けていった。
 目の奥が焼けてしまいそうに、熱い。
 築き上げていたはずのたくさんの思い出が、音を立てて砕け散っていった。
 エイリーは悲鳴のような声で、セスの名を呼んだ。

「ねえ、何か言ってよっ、セス……!」

 セスは、金色の瞳を伏せた。長いまつ毛が、セスの人形のような顔に影を落とす。

「……ごめん」

 エイリーの顔が歪む。目の奥が熱くなって、目の前がぼやけていった。

「ごめんって、なに? ずっと、監視してたの? 最初から……。ねえ、セスは何を知ってるの? このあざは、何?」

 セスはそれ以上何も言おうとしなかった。ただ、足元に視線を向けて、エイリーのほうを見ようともしない。

「答えてよ!」

 セスの胸元を、両手で強く叩いた。
 されるがままのセスを何度も何度も叩くと、鎧を着た男が見かねたように前に進み出て、そっとエイリーの手を取った。

「大賢者様は数百年、聖女を見つけ出す役目を背負っているのです。聖女様。どうか、世界をお救いください」
 

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