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12 王都

「おおお!」

 右を見ても左を見ても人、人、人。人の波に埋もれそうになりながら、エイリーは街を歩く人を見た。服も、持ち物も、田舎者とはまるで違う。歩くたびにいい匂いが漂って来そうだし、靴音も軽やかで、羽でも生えているのかと錯覚しそうだ。

「港町もすごかったけど、やっぱり王都は違うね」

 港町が爽やかな海の街なら、王都は煌びやかな宝石の街だ。
 石畳で整備された道。レンガを積み上げた店が建ち並び、ショーウィンドウから覗く、とっておきの商品たち。指輪にネックレスに髪飾り。パンや焼き菓子にチョコレート。右を見ても、左を見ても、エイリーをワクワクさせるものばかりだ。

 エイリーはカバンの中からお財布を取り出して、中身と相談する。王都の物価は高いと噂だ。エイリーの手持ちで何とかなるだろうか。

「金の心配ならしなくていい」
「……え?」

 エイリーはお財布を開いたまま顔を上げた。

「国から支給されるし、俺もそれなりになら持ってるよ」
「そうなの?」
「そうなの。だから遠慮せずに見ればいい」

 そういえば、聖女には報奨金が出ると、村に来ていた兵士たちが言っていた気がする。
 エイリーはお財布をポケットにしまうと、どこに行こうかと街の地図を広げた。
 地図と街並みを見比べ、たくさんの店に目移りしていると、ドンっと人にぶつかってしまう。

「す、すみません」
「気ぃつけろ!」

 頰に傷のある怖そうな男に睨まれて、エイリーはびくりと肩を震わせた。弾んだ気持ちは少しだけ萎み、浮き足立つ気持ちが霧散した。

「大丈夫か?」

 セスが人の波からエイリーを遠ざけるように手を引く。

「大丈夫! でも人が多いからあれだね。気をつけないとぶつかっちゃう」
「昼間は特に活気があるからな。はぐれたらその場を動くなよ」
「子どもじゃないんだから」
「俺から見たら子どもだよ」

 セスが小さく笑う。
 確かに、セスから見たら赤ん坊のようなものかもしれない。それでも少し複雑だ。

「行きたいところあるか?」
「うーん、セスはよく街に行くの?」
「よく行くってほどじゃないよ。インクや紙がなくなったときは城でまとめて買ってたし」
「そうなんだ」
「エイリーが家に来るようになってからは、たまに焼き菓子買ったりしてたかな。どんな顔するか見るのが楽しくて」

 セスがおかしそうに目を細めた。
 エイリーの村では、焼き菓子やケーキはそうそうお目にかかれるものではない。それが、セスの家に行くと手品のように甘いものが出てきたから、それ目的で行っていたのも、ほんの少しだけある。
 でもまさか、王都でわざわざ買っていたとは。エイリーは図々しくありついていた昔の自分が、ちょっとだけ恥ずかしくなった。

「いっぱい食べて、ごめん……」

 頬をうっすら染めながらそう呟くと、セスが不思議そうに首を傾げる。

「エイリーに食べさせたくて買ったんだから、食べてもらえなきゃ困るな」

 さも当たり前のように言うのだからタチが悪い。
 だって、それじゃあ、まるでエイリーが家に来るのを待っていたみたいな言い方だ。

「セスはずるい」
「うん?」
「こういうのを悪い男って言うんだ。父さん言ってた」
「……なんの話だ?」

 しきりに首を捻っているセスからふいと顔を背けて、エイリーは自分たちの周りに人がほとんどいないことに気がついた。
 まるく円を描いて、一定の距離を取ってチラチラとエイリーたちを見ている。

 はじめ、エイリーは自分が聖女だからなのかと思った。
 けれども、よくよく考えてみれば、エイリーが聖女だと知る人がいるはずがない。右手の甲にあるあざのことを知っていたなら、話は別だが。

 少し耳をすましてみると、エイリーたちを見ては何かをささやいている人たちは皆、セスのことを話していた。

「不思議使いよ」
「大賢者って言っても、何してるかわかったものじゃないわ」

 あまり、いい噂話ではなかった。
 エイリーはむっとして口を尖らせる。文句の一つでも言ってやろうと思った。けれども、エイリーの行動を見透かしたように、ぐっと腕を引かれて阻止される。
 エイリーは首だけで振り返る。エイリーの腕をつかんだまま、困ったように笑っているセスがいた。

「気にしなくていいよ。そういうものだから」
「だって……っ」
「いいよ。いつものことだ。エイリーは、不快かもしれないけど」
「私は、そういうんじゃ……」

 ない、とハッキリ言えなかった。
 セスが悪く言われるのが嫌なのに、当のセスは気にしていない。
 なら、セスを悪く言われたくないというこの気持ちは、セスのためのものなのか、エイリーのためのものなのか。
 エイリーにも、よくわからなかった。

「私は、セスを悪く言われたくないだけだよ」
「エイリー、世の中にはどうしようもないことだってある。全ての人にわかってもらおうなんて夢みたいなこと、思っていないよ」

 諦めてしまっている人の顔だと思った。たくさんの夢を見てきて、そうしていつしか、夢を見ることすら忘れてしまった、そんな顔。
 エイリーはぐっと唇を噛んで想いをやり過ごす。

「ほら、そんな顔してないで、王都を見たいんだろ?」
「……うん。セスのせいでムカムカするから甘いもの食べる」
「……俺のせいなのか?」
「セスのせい」

 エイリーは大きく頷いて歩き出した。エイリーとセスが歩くたびに、何事かと人が見つめてきて、そうしてやっぱり一定の距離が開く。

(セスは、いつも王都でこんな思いをしてきたの?)

 目立つ、銀色の髪。それだけならまだしも、セスの顔はとにかく人目を引く。気だるげな瞳は色気があるし、すっと通った鼻も、薄い唇も、彫刻になるために生まれてきたかのようだ。過ぎた美貌も、完璧すぎるからこそ恐ろしく見えるのかもしれない。

 エイリーはちらりと横を歩くセスを見た。どうひっくり返っても、この街で一番の美しさを持っている。エイリーが横に並ぶのがおこがましいくらいだ。
 じっくりとセスの顔を眺めていると、セスがエイリーの視線に気づいた。

「どうした?」
「セスの顔って、世界で一番美人かなって」
「は? 何言ってるんだ?」
「セス鏡見たことないの? 自分の顔見て、今日も綺麗だな、ふっ、って思わない?」
「……頭大丈夫か」

 セスが痛々しいものを見るようにエイリーを見た。

「外見なんてどうでもいいだろ?」
「そうかなあ。外見も大事だよ」
「そうか? なら俺は、エイリーのほうが良い……んんっ」
「え? なに? いい? セス私の顔好きなの?」
「あー、いや……どうかな」

 口元を片手で覆って、うっすら目元を赤くしているのを見て、エイリーは目をまるくした。

「えっ、ほんとに? うそ、セスの目ちょっとおかしいよ」
「……もっと他に言うことないのか?」
「毎日その顔見てると美的感覚おかしくなるとか?」
「いや……もういい」

 セスが不機嫌そうに眉を上げたのを見て、エイリーはギョッとした。

「え、怒ったの?」
「エイリーのせいでムカムカするから甘いもの食べる」
「それ、さっき私が言ったセリフだよね」
「そうだよ」

 セスは小さく苦笑いして、くいと顎でひとつの店を示した。エイリーは素直に視線を向けて、顔をほころばせる。

「わっ、すごい。宝石みたい」

 キラキラとした飴細工のお店だった。光に当たって色鮮やかに輝く。赤、黄色、青に、白、緑。

「これならいつでも食べれるし、買っていこうか」
「うん!」

 店先に並ぶ色とりどりの飴細工を見ては、とろけるような甘さを想像して口に唾液が溜まる。透明な瓶に詰まった飴の山を山を買おうとして、エイリーはピタリと止まる。

「あ、れ……」
「どうした?」

 そわそわとカバンやポケットを漁るエイリーを見て、セスが不思議そうに問いかけた。
 顔を真っ青にさせて、エイリーは顔を上げる。

「どうしよう、セス。お財布が、ない」

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