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13 いつの日か

 ポケット、カバンの中、ありとあらゆる場所に手を突っ込んで、エイリーは財布を探した。

「なくしたのか?」
「うーん……落としちゃったのかなぁ」

 確か、ポケットにしまった気がする。けれど、ポケットにはエイリーの財布らしきものはない。カバンもひっくり返す勢いで見たけれど、見つからない。
 となれば、ここに来るまでの道で落とした可能性が高い。

「まあ、ないものはしかたがない。金ならあるから諦め──」
「ダメ!」

 セスの言葉を遮って、エイリーは声を張り上げた。

「あのお財布には小瓶が入ってるの!」
「小瓶?」
「私、探してくる。セス、適当に買い物してて」
「あ、おい、エイリー!」
「お客さ〜ん、あの〜、お代……」

 カバンを引っつかむと、エイリーは店とエイリーを見比べているセスを置いて、来た道を引き返し始めた。

 通った道を、目を皿のようにして隅から隅まで見ていく。
 エイリーたちを遠巻きに見ている人ばかりだったから、落としているのを見ていたとしても拾ってくれる人はいなそうだ。

 人通りの多い王都。少し歩くだけで人と肩がぶつかりそうになる。

(歩きにくい……)

 活気があるけれど、人に気を使ってばかりで息苦しい街だ。通りは広いのに、人がたくさんいるから結局狭くて、歩く速度も自由にはならない。
 下を見ながら歩き続けて、ふと、顔を上げたときだった。エイリーの黄色いお財布が、視界に飛び込んできたのは。

「あっ……!」

 お財布を視線で追う。持っていたのは頬に傷のついた男だった。

(そういえば、あの人と、ぶつかった)

 そのときに落としたのだろうか。だとすれば、エイリーのことを探しているのかもしれない。

「す、すみませーん! 通してっ」

 人を掻き分け、男に近づく。真後ろまで来て、声をかけようとした。

「チッ、これっぽっちしか入ってねェとは。シケてんなぁ」

 エイリーの財布を覗き込んで、ため息をつく男。エイリーは金槌で打たれたような衝撃を受けた。
 拾ってくれたんじゃない。盗られたんだ。
 そう気づいたときには、怒りのままに男の肩をつかんでいた。

「ちょっと!」
「はぁ? んだよ、うっせー、な……」

 男は振り返ってエイリーを見たとたん、エイリーを突き飛ばして走り出した。尻もちをついている間に、男は右手の細道に入っていく。
 エイリーも立ち上がって、男の背中を追いかけた。

「お財布っ、返して!」

 大通りから外れた小道は、薄暗くて嫌な気配だ。店の裏手にあたるのか、樽や木箱が並んでいてどうにも走りにくい。
 しかも、ぐねぐねと曲がりくねっているから、気を抜くと男の姿を見失ってしまいそうだ。

「しつけーな!」

 男が樽を蹴飛ばした。エイリーは反射的に樽に片手をついて、走っている勢いのままに飛び越える。

「げっ、どういう反射神経してんだよ」
「ふふん、田舎育ちなの! 大人しく諦めて返しなさいっ」

 体格差のせいか、なかなか距離が縮まらない。このまま相手が諦めるまで追いかけるのかと思うと、ちょっと面倒だ。だけど狩りはじっくりと追い詰めることが重要。

「クソッ」

 苛立たしげに舌打ちをして、男は左に曲がった。エイリーも左に曲がって、眩しさに目を細めた。と、人にぶつかりそうになって慌てて足を止める。

「う、わっ、大通りっ?」

 いつの間にか大通りに戻っていた。左右を見て男の姿を探すけれど、人が多くて見つからない。少し背伸びをして、人の波の中に男の姿を見つける。

「お財布を泥棒が! すみませんっ、通してくださいっ」

 人を掻き分けようとするけれども、上手く進めない。人々から迷惑そうな視線が向けられる。

(都会の人は冷たいって言うけど、本当なのかも)

 それでも懸命に前進もうとしたけれど、すれ違いざまにドンッと強く肩を押されて、ひっくり返りそうになる。

(わ、わ、転ぶっ!)

 受身を取ろうとしたけれど、後ろにいた人に受け止められた。謝ろうとしたエイリーの耳に、馴染んだやさしい音が響く。

「《セルチェ》」

 ふわりと、目の前の人の山から、ひとりの男が浮き上がった。目をまるくして見ていると、その男の頬には傷があった。お財布泥棒だ。
 パッと、エイリーは振り返る。
 じっとお財布泥棒を見ていた黄金の瞳の不思議使いは、エイリーが見ていることに気づいたのか視線を下げて、呆れたように笑って肩をすくめた。

「大丈夫か?」
「う、うんっ、ありがとう、セス」

 エイリーの目の前に、お財布泥棒がやって来る。

「返して!」

 エイリーは右手を突き出した。男は顔を真っ青に染めて、ガタガタと震えながらエイリーの手に黄色い財布を手渡す。
 戻ってきたお財布を胸元に抱きしめて、エイリーはすぐに財布を開く。中身はほとんどがなくなっていたけれど、大切なものはまだあった。
 透明な小瓶に入った、金色の砂粒。

「よかったぁ、あった」

 ぎゅっと小瓶を握り締める。

「それのために無茶をしたのか」

 セスの声が降ってくる。エイリーは迷いなくうなずいた。

「だって、セスとおそろいだから」

 エイリーは小瓶をお財布にしまい直して、今度はポケットではなく、カバンのなるべく奥のほうにしまう。もう二度と、盗られたりしないように。

 気が緩んだエイリーは、そこでふと、窃盗犯が尋常ではないくらい怯えているのに気づいた。セスを見ている。周りの人たちも、遠巻きにして怯えたようにエイリーたちを見ていた。

 エイリーはセスを振り返る。目が合うと、セスは首をかしげた。気にしていなさそうな素振りだ。ごめんね、と言うのは違う気がした。
 だからエイリーはセスの手をつかんで、ビシッと窃盗犯を指さす。

「セス、お手柄だね! 早くこの人を衛兵に引き渡そう」
「もう呼んであるからすぐ来るよ」
「えっ、やること早いね」

 セスの言葉通り、すぐに衛兵たちはやって来て、ガタガタと震えている男を縄にかけてしょっぴいて行った。

「買い物の続きしよっか! セス欲しいものないの?」
「欲しいものねぇ」
「え、あるの? なになに?」
「んー、ナイショ」

 セスの手をつかんだまま歩き出す。

 世界は不思議使いには冷たい。たくさんの陰口が聞こえる。

 ありもしないことを口にして、それが真実かどうかも確かめない。

 だけど、世界の異変を、不思議使いが解決しているとうわさが広まれば、少しは人々の目もマシになるかもしれない。
 エイリーは心に闘志を宿した。
 メラメラと燃える火にせっせと薪をくべて、巨大な火柱にする。

 不思議使いは怖くないって、たくさんの人に思い知らせてやるんだからっ。

 今は、なんの力もなくても、いつかきっと。

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