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10 セスという名の不思議使い

 突然現れた美女に見惚れていたエイリーだが、相手もエイリーを上から下までじっくりと眺めていた。それは、エイリーの憧れとは真逆の、どちらかと言うと哀れみにも似た視線だった。

「こんな、わたくしと同じくらいの子が……」

 そう、小さな声で呟いた美女は、ニコリと笑うとエイリーの手を引いた。

「少しお話しましょう?」

 とたんにエイリーは我に返って、首を振る。握られていた手は思ったよりも力が強く、エイリーは戸惑った。

「えっ。あの、私は城門に……」
「いいからいいから!」

 繊細な見た目に反して強引に手を引く美女だ。エイリーはさらに抵抗を試みる。

「あのっ、セスと約束が!」
「セス? もしかして、無口な大賢者かしら?」
「無口……?」

 大賢者はセスだと思うけれども、エイリーの中でセスと無口が結びつかなかった。
 首を傾げて、セスという名の別の大賢者がいるのだろうかと考えていると、美女は透き通るグリーンの瞳をより一層輝かせてエイリーを見た。

「美味しいケーキを用意するわ! ドレスも、宝石も、あなたが望むものを好きなだけ」

 エイリーはその言葉に違和感を覚えた。一国の王が住む城で、そんな好き勝手な振る舞いが出来る者がいるのだろうかと。

「失礼ですが、あなたは……」
「マリアーナ・セルグランデ。一応、この国の王の娘よ」

 自己紹介を聞いて、エイリーはひっくり返りそうになる。
 まさか、お姫様だったとは。
 無礼な振る舞いを恥じて、今さらだとは思いつつもエイリーは頭を下げた。

「し、失礼しましたっ。エイリー・ファーファイドと申しますっ」
「いいのよいいのよ、あなたは聖女なんですもの。気軽にマリーと呼んでくれていいのよ?」

 どこかで聞いたような台詞だなあとエイリーは苦笑いをした。親子だと性格も似るのかもしれない。

「それより、行きましょう?」
「行くって、どちらに……」
「お話、してくださるでしょう?」

 権力者の眼光が、エイリーに突き刺さる。エイリーは心の中でセスに謝罪を繰り返しながら、借りて来た猫のようにしおしおとマリアーナについて行くことになった。

 王族の部屋に、ただの田舎娘が入っていいものなのか。そんな葛藤を抱いたエイリーの胸中など知らず、この国の王女であるマリアーナは、エイリーを自室に招いた。
 目玉が飛び出そうなくらい煌びやかな部屋だった。置かれている家具だけでいくらするのかと、そんな無粋なことが頭をよぎる。

「ほら、遠慮せず座って?」

 座ったら尻が溶けてしまいそうなソファを示されて、エイリーは顔を引きつらせながらおそるおそる尻を沈める。びっくりするくらい柔らかくて、悲鳴にも似た吐息が漏れた。

 エイリーが慣れない空間に固まっている間に、テーブルには見たこともないお菓子の山が出来ていく。たっぷりのホイップクリームを使ったケーキ。焼きたての匂いのするクッキー。先にチョコレートのかかったフルーツ。どれもこれも、エイリーが目にしたことのないような宝の山ばかりだ。

「さ、遠慮せずどうぞ」
「い、いえ、いただけません」
「どうして? 甘いもの好きじゃなかった? おかしいわね、甘いものが好きって聞いてたのだけれど」

 そう言って、マリアーナは首を傾げながら、ティーカップに入ったピンク色のお茶を揺らす。エイリーも自分のカップを見て、目を瞬く。

「こ、れ……セルクティア茶?」
「ふふ、そうよ。見たことあるわよね?」
「え、と……」
「わたくしが勧めたの。このお茶。甘いものって言ったら、これしかないもの」

 エイリーは小さく息を飲んだ。
 カップに口をつけて、幸せそうに目元を緩めるマリアーナを凝視した。
 セスは、確かに勧められたと言っていた。誰とは言わなかったけれど、お姫様だったとは。
 エイリーは口の中に広がる酸っぱいものを飲み込んで、カップに口をつけた。セスの家で飲んだのと同じ、舌が痺れるような甘さがした。

「ねえねえ、これから毎日、お話しましょう?」

 マリアーナが身を乗り出して、キラキラとした瞳でエイリーを見る。

「え、と、すみません。世界の異変を調べるために、出かけるんです」
「え? そうなの?」

 目をまるくしたマリアーナに、エイリーは頷く。

「あの者と?」
「……あの者?」
「大賢者よ!」

 マリアーナの言葉にエイリーはただ頷いた。何を言われるのだろうかと伺いながら。
 マリアーナは絹のような頬を膨らませて、パシパシと、テーブルを小さな手で叩いた。

「無理やり連れ回されることになったのね。大丈夫! わたくしが進言してあげるわ」
「ええ! い、いえ、私も、世界の異変が気になっていたので……」
「あらそう? 真面目ねえ」

 真面目の一言で片付けていいのかと、エイリーは疑問に思った。
 世界各地で天変地異が起きているのに、なんだかこの国の王は異変解決に乗り気のように見えない。

「それよりも、二人きりなの?」
「異変調査ですか?」
「そうよ。大賢者と二人きりなのでしょう?」

 考えてみればそういうことになるのだろうかと、エイリーは首を捻りつつ曖昧に頷いた。

「怖くない?」
「え?」
「大賢者って、滅多に口をきかないし、人形みたいでしょう? わたくしなんて、最後に話したの、甘いお茶を知っていますか、だけよ。もうびっくりしたわ。その前に話したのは数年前だもの」

 次から次へと繰り出される言葉の嵐に、エイリーは目を白黒させた。

「不思議使いって、とんでもない力を持ってるって言うじゃない? 大賢者は何を考えているのかわからないし、あの者と二人で旅なんて、何をされるかと思うと怖く眠れないわ」

 エイリーはその言葉にはむっとして、マリアーナを見た。

「セスは、怖い人じゃありません」
「そうかしら」
「そうです。転んだら怪我を治してくれますし、なんだかんだ人を放っておけなくて、面倒見がいいです」

 言い返したエイリーに、マリアーナは大きな瞳をパチパチを瞬いた。

「なんだか、わたくしの知っている大賢者とは別人みたいね」
「私も、私の知ってるセスとは別人みたいで、びっくりしてます。銀髪で金目の不思議使いですよね?」
「そうよ。セス・エリクソン。この国の大賢者よ」

 間違いなくエイリーの知るセスだった。でも、マリアーナの話だけ聞くと、セスには思えない。
 首を捻って、でもセスはあまり自分からベラベラ話すタイプではないとも思い直す。
 基本的に、エイリーがひとりで喋って、セスはそれに相槌を打ったり、意見を述べたりするだけだ。会話のようになっていたからあまり疑問に思わずにいたけれど、きっと、エイリーが話さなかったら、セスも何も話さないだろう。
 
 エイリーは沈黙して、気まずさを誤魔化すようにセルクティア茶を口に含んだ。

「あなたの知る大賢者はそういう人なのね。ねえ、え、え……」
「エイリーです」
「あら、ごめんなさい。エイリー」
「マリアーナ様の知るセスはどんな人ですか?」

 エイリーは好奇心に瞳を揺らめかせてマリアーナを見た。マリアーナは「マリーでいいのに」と拗ねたように口を尖らせて、すぐに「そうねえ」と首をかしげる。

「とにかく喋らないわ」

 それはそうかもと、エイリーは頷く。

「それに、笑ったところも見たことがないわ。あとは、強い力を持っているらしいってことね。お父様のお気に入りよ。けれど、お城に特別親しい人がいるのも見たことがないわ。それこそ、お父様くらい」

 親しい人がいない。
 エイリーはその事実に苦い顔をした。セスにとって、お城はどういう場所なのだろう。安心できる、帰る家ではないのだろうか。エイリーに両親がいるみたいに、セスに両親はいないのだろうか。

(……そういえば、不思議使いの親っているのかな)

「マリアーナ様、不思議使いって、どうやって生まれるのかご存知ですか?」
「そうねえ。わたくしも詳しくは知らないのだけれど、不思議使いは普通に人間の両親から生まれると、本で読んだことがあるわ」
「そうなんですか?」
「一種の突然変異のようなものじゃないかしら。でも、だからこそ、不思議使いに親はいないのよ」
「……それって、どいういう……」
「捨てられるのよ」

 時間が止まったような気がした。
 強張った顔で、エイリーはマリアーナを見る。

「別に、何もおかしくないわ。それに、孤児になる子どもなんてたくさんいるもの」
「そう、ですよね……」

 頷きながら、エイリーはセスを思った。
 元々、長生きだと言っていた。親はいないのは予想していたけれど、親に捨てられる、というのは少し、予想外だった。
 エイリーは気まずい思いを飲み込むように、こんがりと焼けているクッキーに手を伸ばす。囓るとサクサクとしていて、甘い味が広がったけれど、口の中はどうしてか苦い味でいっぱいだった。

「ねえねえ、それよりエイリー」
「なんですか?」

 マリアーナがワクワクした目をしてエイリーに顔を近づけた。王女様だというのに、やけにフランクな人だとエイリーは思う。

「あなた、恋をしたことはある?」

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