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11 未来を描く

 突然の問いかけに、エイリーは囓っていたクッキーを気管に詰まらせた。
 咳き込むエイリーを見て、マリアーナはより一層、瞳を輝かせる。

「焦っちゃって、かわいい。あるのね?」
「ち、ちがっ……、びっくり、して」

 エイリーはカップの中のお茶を飲み干して、一息つく。チラリと、マリアーナを見た。

「恋は、したことないです」
「あら、そのくらいの年齢の民は恋をしているのだと思っていたわ」
「……どうなんでしょう」

 エイリーは視線を泳がせ、わざとらしくソファに置いてあったクッションを手に取る。

「それより、このクッション可愛いですね」
「欲しいならいくらでも持って行っていいわ。ねえそれより、いないのなら、あの者は?」
「……あの者?」

 エイリーは頭の奥で響く、嫌な予感を告げる音に顔をしかめた。

「大賢者よ!」
「セス?」
「そうよ、二人で旅に出るのでしょう?」
「セスはそういうんじゃ……」
「あら、つまらないの」

 マリアーナはとたんに興味を失ったように、自分の長い髪を指先に巻きつけて遊び始めた。そして、瞳を伏せて、ポツリと呟く。

「でも、そうよね。恋なんてしても、無意味だもの」

 ひどく悲しそうに聞こえて、エイリーは押し黙る。
 しばらく間を置いて、そっと口を開いた。

「マリアーナ様は、恋はしないのですか?」
「わたくしは政治的な結婚が決まっているもの」

 寂しそうに微笑んだ顔を見て、エイリーは自分が放言したのだと気付いた。すぐに頭を下げる。

「申し訳ありません」
「いいのよ。そのために生まれたのだから」

 微笑むその顔を見て、エイリーは失礼な発言だとわかっていても、つい口にしてしまう。

「恋がしたいと、王様に言ったりとか……」
「無意味よ。そもそも、お父様は、わたくしのことなんて、知らないのではないかしら?」
「え……?」
「子どもが多いの。あの人は。今の子どもは、わたくしだけみたいだけど」

 エイリーは眉間にしわを寄せて考え込んだ。
 どう言う意味なのか、さっぱりわからない。

「政治的な結婚に不満はないわ。でも、恋ってどんなものなのかしらって、想像するとワクワクするのよ」
「だから私を呼んだのですか?」
「それもあるけれど、わたくしには、あまり話し相手がいないのよ。こんな立場だもの。毎日ひまなの。だから、あなたとお話できて、わたくしとっても嬉しかったのよ? だってあなた、気さくなんですもの」

 茶目っ気たっぷりにそう言って笑うマリアーナは、とっても美しかった。薄汚れた田舎娘にも驕らずに話しかけてくれる。こんな人が王族だから、この国はあまり戦争もない、いい国なのだろうか。エイリーはそう思った。

「本当は、毎日でも話したかったのだけれど」
「帰ってきたら、お土産話、たくさんしますね」

 エイリーが笑いながらそう言うと、マリアーナは惜しむように目を細めた。

「このケーキ、とっても美味しいのよ。食べてみて?」
「ありがとうございます。いただきます」

 エイリーがケーキに手を伸ばしたそのとき。
 扉の外が騒がしくなった。手を止めて、精緻な扉の向こう側を見るように目を細める。だんだんと、声が近づいてくる。言い争うような、怒号にも似た声が。
 エイリーはびくりと身をすくめ、すぐにハッとして立ち上がる。固まっているマリアーナの前に立ち、かばうようにしてジッと扉を睨んだ。
 何か武器になりそうな物はないかと見回して、お茶の入ったカップを手に取る。

「マリアーナ様、これ、お借りしますね」

 鋭く扉を睨みつけ、ノックもなく扉が開いたのを見ると、エイリーは手に持っていたカップを思いっきり投げつけた。

「うわっ」

 カップは見事に部屋に侵入して来た人物に命中した。
 銀色の髪をピンクのお茶でぐっしょり濡らした、不思議使いに。

「あ……」

 お茶をかぶったセスを見て、エイリーは視線を泳がせた。まさかセスだったとは。でもノックもなしに入って来るほうが悪い。心の中でいくつも言い訳を並べる。
 頭からお茶をかぶったというのに、セスは怒るでもなく、エイリーを見た瞬間にホッとしたように息をついて、次にエイリーの後ろにいるマリアーナを見た。冷たく刺さるような眼光に、マリアーナは「あら」と声を出して楽しそうに口元を覆った。

「せ、セス、ごめん。てっきり暴漢とか暗殺者とかかと」

 慌てるエイリーに、セスはふっと口元で笑う。

「変な物語の見過ぎだ」

 そして、小さく呪文を唱えて、濡れていた服を乾かす。

「怪我ない? やけどとか。ごめんね」

 エイリーはバタバタとセスに近づく。忙しなく上から下までセスを眺めては、どこにも怪我がないことを確認してほっと一息つく。

「俺だからいいけど、要人だったら大変なことになってたぞ」
「ごめんなさい……」

 エイリーががっくりと肩を落とすのと、顔を真っ青にさせて兵士と侍女がやって来たのは同時だった。首を跳ねられたかのような顔で、マリアーナに頭を下げている。

「マリアーナ様、申し訳ございません! お止めしたのですが、大賢者様が……っ」
「あら、いいのよ。それに、止めたって意味ないわ。大賢者だもの」
「あ、そうだよセス。勝手に王女様の部屋に入るなんてマナーがなってない。最低」
「あー……、悪い」

 セスは決まりが悪そうに視線をさまよわせて、マリアーナに頭を下げた。

「申し訳ございません、マリアーナ姫」
「あなたに頭を下げられたなんて知られたら、お父様に大目玉食らっちゃいそうだわ」

 肩をすくめたマリアーナを見て、セスはこのお城でそんなに偉いのだろうかと首をひねった。

「まあ、何もなくてよかったよ」

 チラリとエイリーを見たセスに、エイリーはペロリと舌を出して笑う。

「楽しくお話ししてたかな。美味しいお菓子もあったから、つい」

 苦笑いしたセスに引きずり出されるようにして、そしてやけに笑顔のマリアーナに見送られて、エイリーはマリアーナの部屋をあとにした。

 広い廊下を、セスのあとについて歩いていく。
 しばらくの沈黙のあと、セスがチラリと視線だけでエイリーを見た。

「どうしたの?」
「……何の話をしていたんだ?」
「え!?」

 エイリーはギョッとした。マリアーナと話していたことといえば、セスのことか、恋の話だ。当然、そんなことを言えるはずがない。

「えーと……、いろいろ?」

 はぐらかすと、セスの目がとたんに厳しくなった。蔑む氷のような目で、エイリーを見下ろす。

「言えないようなことを話してたのか?」
「そいうわけじゃないけど」

 エイリーは視線を泳がせた。話したくなくて、自然と早歩きになる。セスを追い抜いて、エイリーは先頭に立つが、セスが追いかけてくる。

「早く行こう、ほら、早く」

 そう誤魔化すように前を指先で示すと、後ろから腕をつかまれた。
 握られた場所が少し軋んで、エイリーはゆっくりと足を止める。そのまま、おそるおそる振り返る。じっと、心の奥を覗き込むように見つめて来ているセスがいた。

「……聖女のこと、聞いたのか?」
「……え?」

 ぽかんと口を開けて、エイリーはセスを見た。
 すぐにセスはしまったと言いたげに顔をしかめて、エイリーの手を離す。そしてエイリーを置いてさっさと歩き出した。

「ねえ、セス! なんのこと?」
「ほら、早く行くんだろ?」

 突然立場が入れ替わって、エイリーはムッとする。
 セスの後ろ姿を見ながら、エイリーはマリアーナの言葉を思い出した。

 何を考えているのかわからない、と。

 確かにそうかもしれないと、セスの背中を追いかけながらエイリーは思う。どれだけ親しくなったつもりでも、セスの考えていることなんて、エイリーには何ひとつ、わからない。
 黙ってセスの後ろを歩いていると、ふいにセスが振り返る。そしてエイリーに折りたたまれた紙を差し出した。受け取って、開いてみる。細かく書かれた王都の地図だった。

「観光とは行かないかもしれないけど。少しは見て回れると思うよ」

 エイリーは地図を眺めた。店の名前がぎっしり詰め込まれたように並んでいる。

「それと、これも」

 そう言ってセスがポケットから取り出したのは、光の加減で銀色に光って見える石が付いた、ネックレスだった。
 エイリーの手の中に、優しく落ちてきたネックレスをまじまじと見つめる。田舎娘には到底似合いそうにない、繊細で高価そうなネックレスだった。

「綺麗」
「お守り。肌身離さず持ってて」
「……もらっちゃっていいの?」
「いいの。そのために作ったんだ」

 エイリーはパチパチと目を瞬いた。セスが作った物なのかと、ネックレスを見つめる。キラキラと輝いて、自分には不似合いだと思うのに、エイリーのために作ってくれたのだと思うと、じわじわと嬉しさが湧き上がってくる。

「ありがとう、セス」
「どういたしまして」

 早速ネックレスをつけてみる。胸元でキラキラと揺れる石が、なんだかくすぐったい。
 セスのことはまだよくわからないけれど、少しずつでいいから、もっと知っていけたらいい。
 エイリーは地図を握りしめて、一歩踏み出してセスの隣に並んだ。

「ねえセス! ここ、ここ行きたい!」
「うん? マリアーナ姫のところで甘いもの食べたんじゃないのか?」
「これ甘いもののお店?」
「そうだよ」
「へぇー! 王都、楽しみだね」

 店の名前が並ぶ地図を見て、エイリーは満面の笑みを浮かべた。

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