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9 聖女だけど何か変です

 エイリーの住むスティアラ村から北西に進んだ場所にある、王都、ナイトレイ。多くの流行が生まれ、そして消えていく、国の中心となる町だ。

 馬で数日。王都へとやって来たエイリーたち一行は、休む暇もないまま、国一番の権力者である王に謁見することになっていた。

 広々とした風雅な廊下に、エイリーとセスの声が反響する。

「だ、大丈夫かな、セス。私、変なところない?」
「そんなにかしこまらなくていい。ただの人間だよ」

 一国の王を『ただの人間』呼ばわりするセスに目を剥きそうになりながら、エイリーはおなかを押さえた。
 とにかく急かされ、大した身支度もされないまま、謁見の間に続く扉の前にエイリーは立たされていた。長旅をしたから髪も服もボロボロだし、こんな田舎丸出しの村娘が会っていい人なのだろうかとぐるぐると考えを巡らせては、不安と緊張でおなかが痛くなってくる。
 村の命運が、エイリーの言動に左右されるのではないかと、気が気じゃなかった。

「セス、どうしよう。私吐きそう」
「どうして」
「どうしてって、相手は王様だよ!? ねえどんな人? 若い? おじいちゃん? 私、詳しく知らないよ」

 エイリーが顔を強張らせながらそう尋ねると、セスは微妙な表情をした。そして、銀色の髪をさらりと右に揺らし、顎に長い指先を添えながら首をかしげる。

「若い、のか?」
「どうして疑問形なの」
「いや、見た目は若いほうかなと思って」

 なるほど、とエイリーは納得した。
 エイリーの中の王都は、とにかくキラキラとした、煌びやかなイメージだ。そんな場所に住んでいたなら、見た目もキラキラとした若々しいものになるのかもしれない。

 頭の中でイメージを膨らませているうちに、内側から扉が開かれ「王がお待ちです」と声がかけられる。足が震えそうになるエイリーに苦笑いして、セスが片手を差し出す。
 その手を見て少しだけ逡巡して、エイリーは首を横に振った。肩をすくめたセスは謁見の間へと足を踏み入れ、エイリーもその後に続いた。

 天井から垂れ下がる金のシャンデリア。床も壁も高級品と言われる大理石を使用した、華やかでいて繊細さを感じさせる部屋。もうそれだけで、エイリーの緊張の糸は極限まで張り詰めていたけれど、部屋の奥にある玉座を目にして、ついに心臓が口から飛び出そうになる。
 真っ赤なビロードがとにかく美しい。金糸と銀糸で装飾され、座る者の威厳をたっぷりと感じさせる精緻なイスだ。

 玉座に腰かけていた、一人の壮年の男。エイリーの両親よりは若くて、セスよりは年上に見えた。
 赤茶色の髪に、緑の瞳。目鼻立ちがくっきりとした、男らしい顔をしていた。
 エイリーは玉座の前に立つと、ゴクリと喉を鳴らし、エイリーが知る中で一番丁寧なお辞儀をした。

「は、初めまして。スティアラ村より参りました。エイリー・ファーファイドです」
「よく来たな、エイリー。私はガルグ・セルグランデ。ガルグと気軽に呼んでくれ」
「い、いえっ、滅相もございません!」

 目玉が飛び出そうなほどギョッとして、次に気さくな人だとほっと息を吐いた。少しだけ、エイリーの肩の力が抜ける。

「この少女が聖女で間違いないな? セス」

 王の視線が、エイリーの後ろに控えていたセスに向いた。セスは黙って頷く。

「そうか。手を見せてもらえるか?」
「は、はいっ」

 エイリーはおずおずと右手を差し出した。手の甲の中心に、くっきりと刻まれている星型のあざ。それを見た王は、口に弧を描き、満足そうに頷いた。

「確かに。印があるな。それでは聖女エイリー、世界を救ってくれるよう、健闘を祈っているぞ」

 何だか話が終わりそうな雰囲気に、エイリーは慌てた。

「あ、あのっ」
「何か問題でも?」
「いえ、えっと、世界を救うって、どうすればいいのでしょうか。世界各地に異変が起きていることは承知していますが……」

 なんて頼りない聖女だろうかと、エイリーは言い淀みながら身を小さくした。
 王はマジマジとエイリーを上から下まで眺めると、おおらかに笑った。

「よいよい、何もせんで」
「……は?」

 思わず、口から飛び出した言葉に、エイリー自身が一番慌てた。なんて失礼極まりない言葉だろうかと、口をぎゅっと閉ざしてから、もう一度唇を開く。

「も、申し訳ありません。あの、何もしなくていいとは、どういうことでしょうか」
「聖女が役に立つのは流星群が飛来するとき。それまでは何もしなくていい。部屋を用意させよう。好きなように、自由に暮らすといい」
「え、でも……世界を救うのでは?」
「その時に救ってもらう」

 だんだんと、エイリーは混乱してきた。さあ世界を救うぞと息巻いていたのに、これでは肩透かしもいいとこだ。

「世界各地で起きている異変は……」

 エイリーがそれでも食い下がると、王はにこやかな顔をしたまま少しだけ眉を寄せた。そして、面倒くさそうに片手を振る。

「よいよい、流星群のときに役に立ってくれれば」
「その流星群はいつ頃くるのでしょうか?」

 王はセスを見た。

「半年としないうちに来るかと」
「だそうだ」
「え、と……世界の異変はそれで解決する、ということでしょうか?」

 エイリーが追求していくと、王は興が削がれたように溜息をついた。

「もうよい、下がれ。部屋は用意してある。欲しいものも、あれば好きにするといい」

 話はおしまいだとばかりに、王は両手を叩き、控えていた兵士たちに合図を出した。すると、すぐに兵たちが動き出し、エイリーの両腕を拘束するようにつかむ。そのまま後ろ向きに引きずられて、エイリーはギョッとした。

「え?! 待ってください!」

 抵抗を試みるが、体格差のある兵士たちには到底叶わず、扉まで引きずられる。訳がわからずエイリーが混乱していると、サラリと銀色が揺れ、玉座の前に立った。

「話がある。世界の異変を解決出来るかもしれない」

 謁見の間に響き渡る落ち着いた声。
 王はセスの顔を見ると、片眉を上げた。

「ほう……?」

 そうして、王は兵に目で合図をする。エイリーの拘束が解けた。ガクンとその場に膝をついて、頭の中を埋め尽くす疑問符の嵐に、エイリーは大理石に両手をつきながら眉を寄せた。

「スティアラ村で起きた異変。その時に、エイリーが光の粒子を見たと」

 セスが振り返ったのに気づいて、エイリーは慌てて立ち上がって頷く。

「それに触れたら、竜巻が消えたそうだ」

 セスがそう口にすると、王の眉がぴくりと揺れた。顎に指を当て、考える仕草をする。

「異変を調査したい」

 セスの声が、広い謁見の間に響いた。凛とした強い声だった。エイリーは少しだけ驚いた。セスがそんなに異変に興味を持っているとは思っていなかったからだ。

「セス、調査は必要ない」
「認めないならば、あんたとは手切れだ」

 謁見の間に、ピリピリとした、張りつめるような沈黙が流れた。全員が互いの出方をうかがっているような、息をするのにも気を使う。
 エイリーはセスと王を交互に見た。じっと睨み合っているようにも見えて、穏やかではない。

 王様に意見するなんて、なんて恐れ多いんだと、エイリーは頭の中でセスを非難した。けれども、異変を放置しようとする王に不信感があるのも事実。
 結局、エイリーは何も言えず、ただ口を閉ざして成り行きを見守った。

 しばらくして根気負けしたのは、王のほうだった。深いため息をついて、背もたれに深く背中を預ける。

「よかろう。セス・エリクソン。エイリー・ファーファイド。二人を特別調査隊として任命する」

 王が高らかに宣言するのを聞いて、セスは静かに頭を下げた。セスを見たエイリーも、慌てて倣うように頭を下げる。

「エイリー」

 エイリーは王に呼ばれた。緊張に顔を強張らせながら、エイリーはセスと入れ替わるようにして玉座に近づく。先ほどセスが立っていた位置で足を止めたが、王に指先でもっと近くに来いと示され、エイリーは心臓を吐き出しそうな思いで、一歩一歩王の座るイスに近づいた。
 ほぼ真横に立ったとき、王が小さく笑った。そうして、エイリーの耳元でささやく。

「あいつは城以外では生きられない。他の生き方を、知らないからだ」

 エイリーは驚いて王を見た。目が合うと、王はニヤリと口端を上げて笑う。
 エイリーが何か言おうと唇を動かすと、それよりも早く王は両手を叩き、エイリーは控えていた兵士たちによって、引きずり出されるようにして謁見の間を後にした。

 一面が磨き抜かれた白で染まっている。
 廊下だけでエイリーの家がすっぽりと覆われてしまいそうな広さに、田舎の家と一国の王が住む家という格差を、まざまざと見せつけられたような気がした。
 左右に置かれている壺や花瓶に鎧、壁に飾られいる肖像画に絵画。どれもこれも値が張りそうな物ばかりで、エイリーは歩くのにとにかく気を使った。転んで巻き込んでしまった日には、いくら請求されるのか震えて眠らなければならない。

 一歩一歩を踏み締めるように、戦場に赴く戦士のように歩くエイリーとは違って、慣れた様子で前を歩いていたセスは、急にピタリと足を止めて振り返った。それに驚いたのはエイリーだ。ぶつかりそうになって、慌てて足を止める。

「わ、もうセス。急に止まらないでよ」
「悪かった」
「え、そんな深刻そうにしなくてもいいよ。転んでないし、花瓶も割ってないから」
「そうじゃない」

 ゆるく首を振ったセスに、エイリーは目を瞬く。

「どうしたの?」
「勝手に決めて悪かった」
「何のこと?」

 言葉の足りないセスに理解が追いつかず、エイリーはただただ首をひねった。

「異変の調査だよ」

 そう言って苦笑いを浮かべたセスに、そんなことかとエイリーは心の中で頷いた。

「どうして謝るの?」
「いや、危険かもしれないだろ」
「そんなの、ココに来ると決めたときに覚悟してるよ。ちゃんと頭でわかってるかというと、あんまり、自信はないけど……」

 エイリーは小さく苦笑した。そして、真っ直ぐに、セスの金色の瞳を見つめ返す。揺らぎのない、強い目で。

「でも、そのために来たんだから」

 セスはわずかに目を見張り、「そうだな」と、眩しそうに目を細めて苦笑いをする。

「悪いけど、すぐに旅立つことになる。先に城門に行っててくれるか? 道はここを真っ直ぐ。そうしたら階段があるから、下りていけば人がいるはずだ」

 少し準備をしてくると言うセスにエイリーは頷く。そのまま来た道を戻っていったセスの背中を見送り、くるりと前を向いて、城門を目指し歩き出した。

 謁見の間へと行くときは、何がなんだかわからないまま進んでいたけれども、こうしてじっくり見てみると、とにかく優美な建物だ。
 普通に暮らしていたら、一生かけても見ることの無い景色。羨ましいと思うのと同時に、何だか肩の凝りそうな空間だとも思った。

(セスはずっとココにいたのかな)

 お城以外の生き方を知らないと、王は言っていた。
 セスは生まれたときからお城で暮らしているのだろうか。

 少しだけ考えて、エイリーはセスのことをあまり知らないことを思い知る。
 エイリーが知っているのは、セスがエイリーの村に住み始めてからの数年間。
 セスは、何百年と生きていると言っていた。
 何百年のうちの数年間。
 セスがエイリーに隠し事をするには、十分すぎる理由だと思った。聖女のことも、あざのことも、監視のことも、お城に住んでいたことも。刹那的な時間しか共にしていないエイリーに全てを打ち明けることなんて、到底不可能な話だったのだ。

(セスのこと、何にも知らないんだなあ……)

 感傷的な気分になりながらセスの言う通り、道なりに真っ直ぐに進んでいたエイリーは、途中、曲がり角があることに気づいた。他に道はないからここを曲がるのだろう。そう思って、曲がった瞬間。

「わっ!」
「きゃっ」

 誰かにぶつかった。
 さあっとエイリーの顔から血の気が引く。

「す、すみませんっ。お怪我は……」
「あら、あなた……。もしかして、噂の聖女様?」

 少し茶色がかったブロンドの髪に、さっきまで謁見していた王によく似たグリーンの瞳。優美さを感じさせる薄いクリーム色のドレスを身につけた美女が、小首を傾げながらエイリーを見ていた。

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