ピッコマ【選ばれしハンター最強に返り咲く】連載開始!

幼なじみは御曹司様〜叶わない恋の終わらせ方〜

『朝のニュースをお伝えします。まずは幸せなニュースです。なんと、モデルマリアの熱愛発覚! お相手は、榊院さかきいんグループの御曹司……』

 テレビから流れる声が、無機質に耳を通り過ぎていった。
 カップを片手に持ったまま、じっとテレビ画面を見つめる。

 幸せなニュース、か。

 テーブルの上に置かれているリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を落とす。とたんに無音の波が部屋の中を包みこむ。手に持っていたコーヒーで唇をぬらし、ため息。

「……彼女、できたんだ」

 お祝いのメッセージでも送ろうか。でも報告もされていないのにお祝いって、うっとうしいだろうか。
 考えつつも、ベッドの上に放られていたさみしげなスマホに手を伸ばし、ひと呼吸。そっと画面を見つめる。電話、なし。報告ライム、なし。
 心に重たいモヤモヤを抱えたまま、アドレス帳をひらく。

 榊院修平さかきいんしゅうへい
 国内にとどまらず、世界にまで手を広げている榊院グループの御曹司。なにがどうなって運命が狂ったのか、私と、この御曹司さまは幼なじみだった。

 榊院グループと言えば超有名グループだというのに、なぜか修平は中学まで平々凡々の公立学校に通っていた。
 さすがに高校は金持ち学校に行くことになって、「ああ、ついに修平との付き合いも終わりかあ」なんて思っていたところに、修平が金持ち学校のパンフレットを私の前に突きだして一言。
「おい、ここの特待生入試受けろ」
 あっけなく私の進路は決定した。

 なんだかんだズルズルと付き合いがあったわけだけど、それも大人になっていくうちに減っていった。
 そもそも、住む世界の違う人だったわけだし、ずーっと付き合いが続くなんて思っていたわけじゃなかったけど。

 でも。

「きっついなぁ……」

 スマホの画面に、ポタポタと悲しみの雨が落ちた。ひとつ、ふたつと、雫がこぼれる。

 好きだった。

 ずっと、ずっと前から。

 それこそいつ好きになったのかさっぱりわからないくらい前から、好きだった。

 でも、言えなかった。

 私と修平は幼なじみだ。
 私が彼に特別な感情なんてないと、そう思っていたからこそ、修平は私をそばにおいてくれたんだと思う。

 修平の周りにはいつも人がいた。
 お金持ちの周りに人が集まるというのは、嘘ではない。それに加えて、修平は顔がよかった。サラサラとした絡まりのない黒髪に、スッと綺麗に線の入った二重まぶた。目は少しつり上がっているけど、それがまた男らしさを感じるとかで、とにかくモテた。モテてモテて、モテまくった。

 修平はいつもそれをうっとうしそうにしていた。だからもしも、私が修平に恋をしてるなんて知られていたら……私と修平の関係は、あっという間に壊れてしまっていただろう。

 ただの幼なじみとしてではなくて。
 いつか。いつか、私を見てくれたらって、そう願っていたけれど。

 人生というのはそう甘くはない。

 私はただの一般人Aで、お姫さまにはなれないのだ。

「会社、行かなきゃ」

 指先で目じりをぬぐって、立ちあがる。

 もう映ってなんかいないのに、テレビ画面は見られなかった。うつむきがちに家を出る。

 バタン、と、扉が閉まった。

 本人に言えないまま、私の恋は静かに終わりを告げた。

 気分の晴れないまま淡々と業務をこなしていく。なにが憂鬱って、たまにヒソヒソとマリア熱愛の話題が耳に入るからだ。
 そりゃあ、マリアは今をときめく有名モデル。雑誌やテレビに引っ張りだこの、セクシーアンドグラマーな美女だ。男女問わず人気がある、まさに時の人。
 日々つまらない日常を送る一般人にとって、そんな手の届かないお姫さまのような人の恋のお話は、甘い甘いハチミツよりも美味しい、生きるエネルギーなのだ。

「さーら!」

 淡々と帰り支度をしていると、後ろから首を絞められた。

「うぐっ、首、首絞まってる!」
「あらごめんね。沙良もう帰っちゃうの?」
「あー、うん。今日は疲れたから帰る」

 ふわふわの肩までの髪をゆらしながら、会社の同僚である、水野陽菜みずのひなは頬をふくらませた。

「えー、ごはん行こうよー」
「あー、うん。また今度」
「話、あるでしょ?」
「……」

 荷物をつめていた手が止まる。
 陽菜がにんまりと笑った。

「今なら特別大サービス! 愚痴言いたい放題! なんならドリンクも料理もつけちゃうよー」
「もう、なにそれ」

 小さく笑うと、陽菜がパチンと指を鳴らす。

「なんでも聞くから、明日はもう少し、笑ってね!」

 言葉に迷って、手を頬にあてる。ふにふにと肉をつまんだ。そんなに暗い顔してただろうか。私情は持ちこまないようにしようと、普通にしてたはずなんだけどな。

「……ありがとう」

 小さくつぶやくと、陽菜は天使さまのように慈愛に満ちた顔で笑った。

「それじゃあ、夜の街、しゅっぱーつ!」

 私と陽菜は会社を出て、夜の闇に向かっていった。

 ガヤガヤと騒がしい店内。中年サラリーマンがひしめき合う、木製オンボロ居酒屋。
 目の前の陽菜は、少し頬を赤く染めて、ダンッ! とジョッキビールをテーブルに叩きつけた。

「だいたいねぇ、沙良も悪いのよ、さらもぉ」

 酔ってるな、完全に。

「なんで私が悪いの」
「そりゃあ、なーーんにも言わないからでしょうがぁ」
「……」
「言わないで伝わる想いが、どこにあるって言うのよぉ」

 正論すぎてなにも言い返せない。
 気まずさをごまかすために、レモンサワーを口に運ぶ。

「だいたい、あんたたち一緒にいて何年よ、何年!」
「えーと、大学は別々だったから、本当に一緒にいたのは小、中、高だから……12年?」
「はーいー? 12年? 12年も一緒にいてなーんにも言えないって、どうなってんのよぉ。この子の頭はぁ」

 目をすわらせた陽菜が、キレイに手入れされた尖った爪で私のひたいを突き刺す。

「ちょ、痛い、痛いってば。爪刺さってる!」
「わざとに決まってんでしょーが」

 言ってることは横暴だが、ヘラリと笑う顔はかわいい。ちくしょう、憎めない顔してる。

「そうは言っても……言えないよ」

 陽菜が片手で頬杖をついて、片手でジョッキビールを煽る。顔に似合わず豪快だな。

「あっちはさ、御曹司だよ。そりゃあ相手だってそれなりの血筋っていうか、良い家柄の人を選ぶでしょ」

 私の家は、ごくごく普通。ただのサラリーマンと専業主婦の家だ。べつにそれを恨んでなんていないし、愛情たっぷりくれた両親にはすごくすごく感謝している。
 でも、もしも、もしも私がどこかの令嬢だったら、この想い口にできたのかなとかは考えたことはある。

「まあ、その御曹司が選んだのはモデルだけどねぇ」

 ぐ、たしかに。家柄ではなく顔か。顔がすべてなのか。

「もっと美人に生まれたかった……」

 パタリとテーブルに突っぷす。

「沙良はじゅうぶんかわいいよぉ」

 にへらぁと陽菜が笑う。かわいいのはどっちだ。ふわふわの髪にくりくり目。なんだかリスみたいだ。

「まぁ、もういいんだ。もともと、言うつもりなんてなかったんだから」
「……言わないの?」

 ジッと、大きな瞳が私を見つめてくる。

「……言わないよ」
「どうして?」
「今さら言って、どうなるの。言ってなにもかもがなくなっちゃうくらいなら、このまま友だちとして……幼なじみでいたい」

 私の言葉を黙って聞いていた陽菜は、少し困ったように眉をハの字に下げて、小首をかしげた。

「沙良ぁ。言わなきゃわからないことなんて、世の中いーっぱいあるんだからね」

 わかってる。わかってる。
 言えないのは、私がずるい女だから。
 だって言ったら、終わってしまう。ほんの少しの夢を見ることも、なくなってしまう。

 私は……つながりが消えてしまうことが、一番こわい。

「しかたないなぁ、じゃあ、今だけ御曹司くんの代わり。ホラぁ、なんでも言って?」
「……っ」

 かわいくて、優しくて。
 修平の好きになったモデルのマリアが、陽菜みたいな人だったらいい。そんな素晴らしい人なら、私はきっと応援できる。
 おめでとうって、そう言える。

「あのね。好きだったの」
「うん」
「……っ、好きだったんだ。ずっと、ずっと、ずっと前から」
「うん。辛かったね」
「……ッ」

 ボタボタと涙があふれた。
 近いのに、一番遠い。幼なじみっていう距離は、時に残酷だ。見たくないものまで、見えてしまう。知りたくないことまで知ってしまう。
 でも、一番嫌なのは。
 なにもかもを押し隠して修平のとなりに立ち続けることを選んだ、真っ黒な私。

「いっぱい泣いちゃえ。私は笑った沙良が好きだよ」

 この気持ちも全部、流れてしまえばいいのに。

 泣いて、泣いて、泣き疲れて。私たちは互いにタクシーで帰宅した。タクシーの中でスマホを見て、電話とライムがひとつずつ来てることに気づく。
 疑問に思いながら着信履歴を見て、固まる。

 榊院修平。

 ドクドクと心臓が嫌な音をたてた。
 次にライムを見る。
 バックン! 心臓が飛び起きた。

「明日、会えるか」

 それだけが書かれていた。
 明日って、明日ってなんで!? まさか、彼女を紹介したいとか? 待って待って、まだ心の準備ができていない。今はまだ、笑えない。

 私はふるえる指で返事を打った。

「ごめん、明日は用事があるんだ。また今度ね」

 送信。

 すぐにスマホがふるえた。はや! もう深夜だけどっ?!

「なら、あさって」

 暇人か!
 心の中でツッコミつつ、また返事を打つ。

「あさっても忙しくて……再来月でいい?」

 送信っと。
 またすぐにふるえた。もうなにも言うまい。

「はあ? 再来月って、そんなに忙しいわけあるか」

 いやまあ、そうなんだけど。私の心の準備ができるのが再来月かなあって。まあ、そんなことは言わないけど。
 なんて返事をするか迷っていると、またスマホがふるえた。今度はだれ?
 首をひねりながらスマホを見て、修平からであるのを確認して呆れながらライムをひらく。なんてせっかちな。

「明日、おまえん家行くから」

 は?

 目をこする。目を瞬いてみても変わらない。

「はぁあああ?」
「うぉっ、お客さん、驚かせないでくださいよ」
「あ、どうもすみません」

 そうだった。タクシー乗ってたんだった。恥ずかしい。体を小さくしながら、無理だと返事をした。だけどそれっきり、スマホはうんともすんとも言わなくなってしまった。

 家に帰っても寝られず、ギンギンと冴え渡る頭で考える。家に来るって、なんで?! まさか、マリアとっ?
 どうしよう、ウチそんなに広くない。ああ、待った、片づけてないっ。こんな家にスーパーモデルのマリアが来る?!

「か、片づけなきゃ!」

 布団を跳ね飛ばして、夜中の大掃除を開始した。

 うっすらと町が明るくなりはじめたころには、部屋どころか家中がピカピカに輝いていた。
 ふぅ、なんとか終わった。
 でも徹夜してしまった。今日の仕事、大丈夫だろうか……。

「お風呂はいろ……」

 なにやってんだろう、私。
 恋敵のために家をピカピカにするなんて。ああ、でも諦めるって決めたから恋敵じゃないのかも。もしかしたら友だちになれるかもしれない。スーパーモデルと友だち。それでいいじゃないか。
 失うものなんて、なにもない。

 お風呂からあがって、身支度を終えて家を出る。眠気におそわれて、あくびを噛み殺した。

 絶対に残業しない。帰る。

 心に誓いを立て、会社へと赴いた。

 その日の業務が終わるころには、ねむくてねむくて、頭がぐるぐるとまわっていた。

「おつかれさま、でーす」

 体に鞭を打って会社をでる。まずい、ねむい。電車で寝てしまいそうだ。ひとまず家、家まで。

 なんとか家までたどり着いて、ひと息。

 そして奴はいったいいつ来るんだ。
 スマホに連絡、なし。ごはんとか、いるのかな。ああでもとりあえず……

「寝よう……」

 一時間だけ。一時間だけ、寝よう。
 アラーム、つけなきゃ……。
 体は鉛のように重くて、私はベッドに顔だけ突っぷしたまま、眠りについた。

「……おい、オイ、沙良」

 耳もとをなでる声。ちょっとうるさい。手で払うと、そっと頭を這うなにか。あたたかくて、気持ちいい。

「おい待て、寝るな」
「ん……」
「起きろ。沙良」

 肩をゆさぶられて薄く目をあける。
 ホッとした顔をしているイケメンと目があった。

「ようやく起きたか。おまえ、無防備すぎだぞ。鍵もかかってなかった。変質者が来たらどうするんだ」
「……変質者?」

 男を指差すと、目の前の顔が引きつる。

「だれがだ。ふざけてる場合か」

 ゴツンと拳が落ちて来てようやく目がさめる。

「ん……ごめん、寝てた」
「見りゃわかる。疲れてたのか?」

 疲れたと言えば疲れた。昨日掃除したおかげで。……って、まずい!

「マリアは!?」

 体を起こして部屋の中を見まわす。
 部屋の中にはだれもいない。まさか帰った?!

「マリア? おまえの知り合いか?」
「はい? なにすっとぼけてるの? 修平の彼女でしょっ!?」
「…………は?」

 は? ってなんだ、は? って。そんなすっとぼけた顔しても、もう全国民に知れ渡っている。

「おい待て」
「なに? それよりマリアは?」
「だから、マリアって、だれだ?」
「は? だから修平の彼女」
「いつ俺に彼女ができた?」
「いや、そんなの知らないけど……でもできたんでしょ?」
「だからなんでそうなるっ!?」

 ひたいを押さえる修平は、そのまま疲れたように目をおおった。

「彼女……いないの?」
「いたらこんなとこ来るか」
「こんなとこで悪かったね」
「いや、そういう意味じゃなくてだな……」

 チラリ、指の隙間から修平の目がのぞく。

「とりあえず、ひとついいか?」
「なに?」
「なんでおまえの部屋……こんなにキレイなんだ?」

 とりあえず殴った。殴られた頬をおさえる修平を無視して立ちあがる。

「おい待て。最近だれか家にあげただろ」
「あげてませんけど」
「おまえの汚部屋がこんなにキレイなんておかしい」
「汚部屋じゃありませんけどっ!?」

 だれの部屋が汚部屋だ。失礼な。そりゃ修平の家みたく広くないから、物が多くなってごちゃごちゃして見えるけど。それなりに整理整頓はされている。

「で、マリアはいないの? なんの用?」
「だからマリアってだれだ。まあ、今日来た用ってのは、これだ」

 修平が立ちあがり、紙袋を私の頭の上におく。

「なにこれ」
「お土産」
「お土産?」
「ああ。親父の手伝いで海外行ってた」
「海外!?」

 いつのまに海外なんて。たしかに榊院グループは最近海外事業に手を伸ばしてるって噂だけど。

「親父もさみしがってたぞ。最近沙良ちゃんが来ないって」
「そりゃあ、まあ。もう子どもじゃないんだから、そんなホイホイと行けないよ」
「べつにそんな今さら。いいって言ってるんだからいいんじゃねえの」
「わかってないなあ、修平は」

 ただの幼なじみがあの榊院グループの家においそれと入っていけるはずがない。

「それよりこれ、ありがとう」
「ああ、うん」

 さっそくあけようとすると、修平が慌てたようにそれを止める。

「ちょっと待て!」
「なに? 早く渡したかったってことは生ものじゃないの?」
「……おまえ、その形が生ものに見えるのか」

 その形って……たしかに少し小さな紙袋だけど。少しふくらみがあって……。

「チョコレート?」
「……太るぞ」
「うるさいなあ。いつもいつも食べてないからいいの!」
「ほぉ?」

 疑うような眼差しからそっと視線をそらす。

「それで、なに? これ」

 生ものじゃなくて見てはダメな物って、なんだ。そんなもの皆目検討もつかない。

「あー、ちょっと予定が狂ってな」

 ガシガシと後ろ髪をかいた修平は、ローテーブルの前に腰をおろし、となりをトントンと叩く。なんなんだと思いながら腰をおろした。

「まず、いくつか聞くことがある」
「なに?」
「家にだれか来たか?」
「だれかって? だれも来てないけど」
「じゃあなんで部屋がきれいなんだ」

 失礼なやつだな。部屋がきれいだと悪いのか。

「マリアが来ると思ったから」

 だれかさんの彼女のために寝る間を惜しんで掃除したというのに。

「あー、それだ」

 修平が、困ったように眉を下げた。く、かわいい。いつもは鋭い目がかわいく見える。

「マリアって、だれだ?」

 呆れとため息。私は黙ってスマホを取り出して、ネット検索をする。マリア、熱愛と。
 そして出てきたページを無言で修平の前に突き出した。

 不思議そうに文字を追っていた修平は、やがて顔を引きつらせ、冷や汗を流し、最後には顔面蒼白になった。

「おい待て……なんだこれは……」
「熱愛だったの、知らなかったよ。言ってくれればよかったのに」
「いや、違うっ」
「まあ、モデルと熱愛なんてホイホイ言えないかもしれないけどさ。でもホラ、私たち、幼なじみなんだし」

 修平が息をのんだ。そして、顔をゆがめて歯をくいしばる。

「違うって、言ってるだろ」
「今日もさ、急に家に来るなんて言うから、マリアを紹介してくれるのかなーって思ったんだけど」
「……」
「やっぱりマリアみたいな有名人は忙しいよね。本当はね、おもてなししようと思ったんだけど、昨日掃除頑張ったらさ、眠くなっちゃって。それで……」

 ペラペラと止まらない口を、修平の鋭い眼光が止めた。

「おまえは……それで、いいのか」
「な、なにが?」
「もてなしてくれるつもりだったのか」

 きゅっと、スカートをにぎる。少しだけ、シワになった。

「だ、だって、修平の彼女を面と向かって紹介されるの、はじめてだし。ちゃんとお祝いしなきゃって」
「……彼女なんていたことない」
「……」
「おまえが一番、知ってるんじゃないのか」

 そんなの、わからないじゃん。言ってくれなかっただけで、いたのかもしれない。だって、修平に告白した女の子なんて星の数ほどいる。

「悪い。今日は帰る」

 ハッとして顔をあげる。

「あ、見送り……」
「いい。じゃあな」

 立ちあがった修平が、振り返らずに出ていく。バタンと、扉が閉まった。

 なにそれ。なに急にあんなに怒って。私が悪いの?
 ポタポタと目から雫がこぼれた。膝を抱えようとして、紙袋が床に落ちる。

「あ、これ……」

 なにが……。

 紙袋の中には、小さな箱。丁寧に包装を解いて、出てきたものに目を見張る。小さな正方形の箱。アクセサリーとかが入っていそうな。
 ふるえる手で、箱をあけた。
 キラキラと輝く光が、目を焦がした。

 次には、駆けだす。バタバタとなりふりかまわず、適当に靴に足を突っこんで、アパートの階段を駆け下りる。

 どこ、どこ、どこっ!

「しゅ、修平ーーッ!」

「うっせ」

 アパートのすぐ下、ポケットに手を突っ込んだまま塀に背中をあずけて、長身の男が立っていた。

「しゅ、修平……」

 へなへなと腰がぬけて座りこむ。
 前に、影ができた。同じように座りこんだ修平が、ムッとした顔で見つめてくる。

「ばーか」
「ば、ばかって、なに」
「追って来なかったら、本当に終わりだと思った」

 情けなく、修平が笑う。
 私はゆっくり右手をだす。

「な、なに、これ」
「見てわかんねえか」
「わ、わかんないよ」
「嘘つけ」
「わかんない」

 修平がため息をついた。

「指輪、普通は左手だろ?」

 小さく息をのむ。
 修平の手が、私の右手をとる。大きな骨張った手。いつのまにか、昔みたいな子どもの手ではなくなってしまった。

「な、なんで?」
「ん?」
「なんで、指輪……」

 修平が私の指先に手を絡める。
 ドキンっと心臓が飛び跳ねた。
 作りものみたいに整った顔が、私をジッと見つめる。ゆっくりと、修平の薄い唇がひらいた。

「好きだからだ」
「……ッ」
「沙良のことが、ずっとずっと、好きだったからだ」

 夢でも、見ているのだろうか。こんなこと。

「なのにおまえ、ちっとも気づいてくれねえし。そしたら親父が、欲しいなら無理矢理ぶんどれって言うからさ」
「……浩さん、すごいね」

 考え方が。
 それが金持ちの考え方なのか。ちょっとついていけるか、心配だ。

「一大決心して告白しようとしたら、マリアだの彼女だの言われて、正直ムッとした」
「ご、ごめん」
「俺の気持ち知りもしないくせにって」

 いやあ、でもあんなの見たらしかたないと思うんだ。私は視線をそらした。

「でも、熱愛って」
「あんなのデタラメだ。勝手なことばっかしやがって。つうか、もっと隠せよ。グループ名出すな。俺は一般人だっての」
「いやぁ、修平が一般人って無理があるんじゃない?」
「あ?」

 眼光でひと突き。私は口をとざした。

「しゅ、修平は、私が好きなの?」
「信じられないか?」
「でもマリアさん」
「ああ、それだけど。たぶん母さんの仕事相手だろ。たしかに見たことあるしな」
「……幸代さん、デザイナーだっけ」
「ああ」
「付き合ってないの?」
「ないの」
「じゃあなんで熱愛?」
「あー、たぶん、家に送ったことならある」
「へぇ……」

 天然タラシめ。

「おい、送っただけだ。母さんに足にされたんだよ」
「ふーん。そうですか。ほぉ?」
「てめ。信じてねえな?」

 ……なんだ。違ったのか。全部、全部。
 薬指にきらめく石を見つめる。

 夢じゃ、ない。

「それで?」
「え?」
「え、じゃねえよ。すっとぼけんな。返事、まだもらってない」

 目をまるくして修平を見る。
 ふてくされたような顔をするのがなんだかかわいくて、笑いながら手招きした。

 答えなんて、決まってるのに。

 そうでなければ、あんな必死になって追いかけたりしない。

 だって、ずっとずっと前から私は──

「あのね……」

 修平の耳もとでささやくと、修平の顔がゆでだこのように真っ赤に染まった。

 ずっと、あなたに恋をしている。

連載中の作品

あとがき

お読みくださりありがとうございました!他のお話も書いているのでお読みいただけるとうれしいです!

作品紹介

ひみつ任務、遂行します!・・・海に住む最強種族の少女が幸せのために奮闘するワクワクドタバタファンタジー

スローライフをしてたら世界が滅びたが?・・・スローライフをしてたら世界が終わってやり直しをさせられるお話。男の子主人公カクヨム)

妖精姫と忘れられた恋【完結】・・・好きな人が突然結婚することを決めてしまった切ない恋のお話(恋愛ファンタジー)
聖女リリアは死ぬ運命にある【完結】・・・偽聖女として国を追われた女の子が幸せを見つけるお話
(恋愛ファンタジー)