ハロウィンナイト〜悪魔から助けてくれたのはクラスメイトの狼でした〜

「真奈美ー、おはよう! 明日どうする?」
 

 学校についてすぐ、待ち構えていた親友のトモちゃんにそう聞かれた。
 挨拶しながら教室の入口をくぐり、人の邪魔にならないよう端の方に移動する。

 
「明日何かあったけ……?」

「え。忘れたのっ? ハロウィンパーティーしようって、言ったじゃん!」

「あっ!」
 
「もーー、ばか真奈美ー、私はすっごく楽しみにしてたのにー」

「ご、ごめん」
 

 恨めしそうに手を伸ばしてくるトモちゃんから逃れようと、一歩後ろに下がった瞬間、ドンッと誰かにぶつかってしまった。

 
「わっ!」
 

 途端に、目の前のトモちゃんの顔が、引きつった。

 私はおそるおそる、後ろを見る。
 そこには、私の頭二つ分くらい背の高い、同じクラスの大狼おおがみくんがいた。キレイな顔をしているけれど、少しつり上がった鋭い目玉が、ちょっと怖い。

 
「お、大狼くん……ご、ごめん」

「別に、いい」
 

 大狼くんはふいと顔を背け、自分の席に着く。

 
「よかったねー、真奈美。怒鳴られたりしなくて」

「う、うん」
 

 そんなこと、しないと思うよ。

 とは、口に出さなかった。

 
「じゃあ真奈美、明日は私の家に集合ね!」

「え? あ、うん、いいよ。わかった」

「やったーー! 仮装道具、ちゃんと持って来てね!」

「……え」
 

 上機嫌に鼻歌を歌いながら去っていくトモちゃんを、私は呆然と見送った。

 その日の放課後、私は仮装道具を手にするべく、ショッピングモールに来ていた。

 仮装って、何をしたらいいんだろう。
 お面とか付けたらいいかな?

 ジーッと、骸骨やらカボチャやらのお面を見ていると、誰かが隣に立った。
 ちょっと顔を上げて、ギョッとする。

 
「お、大狼くんっ!?」
 

 お面売り場なんていう、とんでもなく不似合いな場所に、大狼くんがいた。
 ま、まさか、大狼くんも仮装を……?

 
「あ、き、奇遇だね」

「明日」

「へ? あ、明日?」

「明日、行くのか」

「……え? な、何が? どこに?」
 

 緊張と混乱で、上手く頭が回らない。

 大狼くんの、キレイな黒い瞳が、横目に私を射抜いた。

 
「やめた方がいい」

「……へ?」

「明日は、いろんなものが動く。おまえは、狙われやすい」
 

 大狼くんはふいと顔を背けると、そのままお面売り場を出ていった。

 残された私は、呆然と大狼くんの消えた方を眺める。

 あ、明日って……?

 狙われるって、何?

 大狼くん、さっぱりわからないよ。

 
「な、なんだったんだろう……」
 

 よくわからない気持ちのまま、とりあえず近くにあった骸骨のお面をお買い上げした。
 
 
 
◆◇◆◇
 
 
 

「ハッピーハロウィーン!」
 

 パンッパンッ! と、クラッカーの弾ける音が響く。

 
「ちょっと真奈美ー、あんた骸骨のお面って!」
 

 魔女の衣装に身を包んだトモちゃんが、私の被ってたお面を取った。

 
「えっ、変かな?」

「いいよいいよ、そんなことだろうと思った」
 

 トモちゃんはそう言ってケラケラと笑う。

 仲のいい子数名が集まった、小さなハロウィンパーティー。魔女とか、悪魔とか可愛い服に身を包んでいる。

 
「来年は、一緒に買いに行こうね!」
 

 トモちゃんの言葉にうなずいて、始まった楽しいざわめきに意識を向けながら、出されていたお菓子をつまむ。

 トリックオアトリート!

 なんて、お決まりの言葉を言ってはキャイキャイとはしゃいで、お喋りをしていればあっという間に時間は過ぎていく。

 
「そういえばさ、ハロウィンの本当の意味、知ってる?」
 

 そんなことを言い出したのは、豆知識大好きな美代ちゃん。

 
「本当のって、どういう意味?」

「本当はただ仮装を楽しむお祭りじゃないってこと」

「あ、それなら私聞いたことあるー」
 

 トモちゃんがお菓子に手を伸ばしながらそう言った。

 
「元は、この世と霊界がつながる日ー、みたいな感じだったような?」
 

 少しだけ、ドキッとした。

『おまえは、狙われやすい』

 昨日の大狼くんがふと思い浮かぶ。

 そんな、まさかね。

 それをかき消すように、ブンブンと首を振った。

 
「真奈美ー? どうしたの」

「な、なんでもない」
 

 私もお菓子に手を伸ばして、居心地悪さをお菓子の甘さで吹き飛ばそうとした。

 
「そうそう。なんでも、悪霊とか魔物も来てしまうから、仮装して仲間だと思わせたり、驚かせて身を守ってたらしいよー、ふっふっふ、豆知識!」

「へー、魔物とかこわっ! でもファンタジーすぎ! ねぇ、真奈美?」

「えっ! あ、そ、そうだね。あるわけないよ」
 

 突然話題を振られて、ドキマギしながら答える。

 そうだよ。

 あるわけがない。

 
 
 それからもパーティーは続いて、帰るころにはすっかり日が沈んでしまっていた。

 
「じゃあねー、真奈美! また明日!」

「うん。みんなばいばい」
 

 ゾロゾロと連れ立って皆が帰って行く中、私はひとり寂しくそれに背を向ける。

 私だけ帰る方向違うなんて、ついてない。

 お土産にもらったあまったお菓子と、骸骨のお面を手に、夜道を歩く。

 
「あ……キレイ……今日、満月だったんだ」
 

 空なんて見たの、どのくらいぶりだろう。
 きれい……。

『…………、』

 ん?

 今、何が聞こえた?

 キョロキョロと辺りを見回してみるけど、何もいない。

 
「……気のせいかな」
 

 歩きだそうとして、

『……い……で……』

「――――っ!?」
 

 聞こえた!
 今度はハッキリと聞こえた!

 確かに、何かの声が……!

 
『元は、この世と霊界がつながる日ー』

『おまえは、狙われやすい』
 

 途端にゾクリとする。

 なんだか、気温が下がってきたような気もする。

 気のせい、気のせい。
 早く、帰らない、と――

『みぃつけた』
 
 ひゅっと、息を飲んだ。
 何、今の。後ろ……誰か、いる?

『おいで、こっちに――』

 いる。『何か』が。

 周りの空気は冷たいのに、背中だけがジリジリと焼けるように熱い。

 やだ、怖い。

 怖い怖い怖い。

 ザァッと、風が吹き抜けた。

 
「だから、言っただろ」
 

 この、声。

 
「やめた方がいいって」

「おお、がみ、く……?」
 

 不意に目の前に現れたその人は、銀色の髪に、吸い込まれそうな黄金の瞳。そして、頭の上に、耳を生やしていた。

 
「……え、だ、れ……?」
 

 目の前の男の人は、目をかすかに細める。

 大狼くんは、ちょっと不良っぽいけれど、黒髪黒目だし、頭に耳なんて生えていない。

 この人、顔はそっくりなのに。

 そっくりさんにも思えるけれど。
 でも、やっぱり、大狼くん、な気がする。

 
「いいから、隠れてろ」
 

 グッと腕を引かれて、大きな背中に隠される。

 その時私は初めて見た。
 私の後ろに居たものの姿を。

『悪霊とか、魔物とかも来てしまうから――』

 そんな、私は、夢でも見ているのだろうか。

 あ、れは……悪魔?

 真っ赤な髪をした、女の人。背中に黒い翼を生やして、宙に浮かんでいる。な、なんか、しっぽみたいなのも見えるし。
 て、あ、む、胸! 胸見えちゃいそうっ!

 違うことにドキドキしながら、悪魔らしき人を見つめる。

 
「お、大狼くんっ、あれって、凝った仮装?」
 

 目の前の光景が信じられなくて、往生際悪くそんなことを聞いた。

 大狼くんは、一瞬だけ後ろ目に私を見たけれど、何も言わずに視線を前に戻す。

 ガーン。
 なんか今、視線だけで馬鹿って言われた気がした。

 
「あらざーんねん。お手つきだったの?」
 

 クスクスと笑いながら、真っ赤な髪の美女は宙をくるくると回る。

 
「あなた、銀狼ね?」
 

 美女は、大狼くんの目の前でピタリと止まって、妖艶に目を細める。

 わ、わっ、唇、触れちゃいそう。

 ドキドキしながらその光景を見つめる。

 
「悪いが、とっくの昔から手垢付きだ」

「ざーんねん。とっても――」
 

 美女のこれまた真っ赤な目が、私を射抜いた。

 
「美味しそうだったのに」
 

 足がガクガクと震えた。

 この世のものではない。

 そう確信した。

 怖い。何これ。夢じゃなくて? 怖い。

 両手で自分を抱きしめてガタガタ震えていると、大きな腕に引き寄せられる。

 
「わ、わっ!」
 

 ボスン、と顔が大狼くんの服に埋まった。

 え、な、何これ。

 腰に回された大狼くんの腕の温かさと、ピッタリと密着してるところから伝わる鼓動。

 だ、抱きしめられてるっ?

 
「あ、あのっ、大狼くっ……」
 

 ドキドキと心臓がうるさい。

 
「渡さない。死にたくなければ、失せろ」
 

 威厳のある声に、ドキドキしていた心臓は、バシャリと冷水を浴びせられたかのように、急速に収まった。

 
「ふふふ、今回は諦めるわ。でも、いつかきっと――」
 

 ひときわ大きな風が吹き抜けた、髪も服もさらわれそうになる。

 風が止むと、そこに真っ赤な髪の美女はいなかった。

 途端に、暗闇と静寂が帰ってくる。

 ど、どうしよう。

 大狼くん、だと思われる耳付きの人と二人きり……。

 
「おい」

「はいっ!」
 

 ビクリと背筋が伸びた。

 
「……怪我は」

「え? だ、大丈夫」

「そうか」
 

 シーンと静まり返って、私はようやく大狼くんから体を離した。

 そっと距離を取ると、大狼くんがピクリと耳を揺らし、私を黄金の瞳で見つめてくる。無表情すぎて何を考えているのかわからない。

 
「あ、の……」

「悪かったな。怖らがらせて」

「え?」

「……もう、会わねぇから。怯えるな」

「……え? 私、あのっ」
 

 大狼くんが、すごく……寂しそうに微笑んだ。

 手を伸ばそうと思ったその時――

 
「わっ!」
 

 また、風が吹き荒れて。

 目を開けた時には、もう、大狼くんはいなかった。

◆◇◆◇
 
 
 

 昨日のアレは、なんだったんだろう。

 あの後、無事に家に着いて。
 それから特に変わったこともなく。
 朝は来た。

 私は少し早く学校に行って、大狼くんが来るのを待っているのだけれど、全然来ない。なんならもう予鈴が鳴る。

 
「席つけー」
 

 先生が教室に入ってきて、ハッとして大狼くんの席を見る。

 大狼くんは、いなかった。

 
「あー、突然だが、大狼が転校することになった」
 

 ……え?

 
「家の都合だそうだ」
 

 ザワザワと教室がざわめく。

 大狼くん、怖がられていたけどイケメンだし、影ではモテモテの有名人だったから、当然と言えば当然だろう。

 
 私はと言えば、胸の奥がどっしり痛いというか、何か大切な物がなくなってしまったような。

 
 大狼くんが来ないのは、私のせいだろう。

 もう会わないと。

 大狼くんはそう言った。

 でも、どうして。

 だってまだ。

 
 お礼、言えてないのに。

 
 
「――神野ー? おいどうしたー」

「ちょっと真奈美? どうしたの?」

「え?」
 

 ポタポタと、水滴が机に落ちてくる。

 何、これ。
 私……泣いて……。

 
「――っ」
 

 ガタリとカバンを持って席を立つ。

 
「先生ごめんなさい! 具合悪いので早退します!」
 

 そのまま駆け出した。

 どこに行けばいいのかなんて、わからない。

 でも、私はまだ、伝えてないことがある。

 伝えなきゃ。

 ありがとうって。

 それから……。

 怖くないよって。

 
 走って、走って、私はいつの間にか、学校の裏手にある山に来ていた。

 
「お、大狼くんーーーっ!」
 

 叫びながら歩き回る。

 なんだか昔に、こんなようなことがあったような。

 その時は、誰を呼んでいたんだったか。

 
 誰を――
 

『俺の真名は――』
 
 

 
「ぎ、ギンジューーーーッ!!」
 
 

 お腹の底から声を出して叫んだ。

 次の瞬間――大きな風が、木々を揺らす。

 
「わ、わっ!」
 

 す、スカートが!

 やがて風が止んで、目を開けるとそこには。

 
「……大狼くん」
 

 ハロウィンの夜に出会った時と同じ、銀髪金目の大狼くんがいた。

 
「なんで、来た?」

「話したいことがあって」

「…………」
 

 一歩歩み寄ると、大狼はビクリと体を揺らした。

 
「あのね。……助けてくれて、ありがとう」
 

 大狼くんは、金色の瞳をめいっぱい広げて、私を見ていた。

 
「怖く、ないのか」

「怖いと思ったことは、一度もないよ」
 

 そっと、大狼くんの手を取った。
 両手でぎゅっと包み込んで、目線まで持ってくる。

 黄金の瞳と、視線が交わった。

 
「今も、昔も」
 

 大狼くんは、ハッと息を飲んだ後、くしゃりと顔をゆがめた。

 
「忘れてて、ごめんね」

「おまえは、悪くない」

「ずっと、助けてくれてたんだね」
 

 私がまだ小学生のころ、この山に遊びに来て、そして迷子になった。
 その時に出会ったのが、大狼くん――ギンジュだった。

 
「おまえが記憶を失くしたのは、俺のせいだ」
 
「それは、よく思い出せてないんだよね」

「思い出さなくて、いい」
 

 静かに首を振る大狼くんを見て、ニコリと笑う。

 
「また、遊びに来てもいい?」

「……ああ」

「学校戻ってくる?」

「……ああ」

「じゃあね」
 

 すぅっと息を大きく吸い込んだ。

 
「好きって言ったら、どうする?」
 
 
 大狼くんがピタリと動きを止めた。
 そして、マジマジと私を見つめてくる。

 う、そんな反応されるとけっこう傷つく。

 
「へへ、こ、これから、よろしくね! 宣言したからね! きょ、今日は帰るっ!」
 

 急に恥ずかしくなって、くるりと背を向けると、

 
「待て」
 

 呼び止められた。

 たったその一言で、足が縫い付けられたように動かなくなった。

 
「送る」

「……っ、そ、それって」

「変なヤツらが、いるかもしれない」
 

 ガクッ、そういうこと。

 でも、まあいいや。

 一緒に居られるなら、今はそれで。
 
 
 
 
 
 

ハロウィンナイト

 
 
 
 
 
(す、好きって、どういう意味だ?)
(そ、添い遂げたいと、そういうこと、かっ?)

 
(初めて好きになった人が、人じゃないって……世の中は不思議ばかりだ)

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