時を超えて君想ふ

 この国には、ひとつの逸話があった。

 人が、突如として姿を消す。

 なんの前触れもなく、突然。

 買い物をしてくる、仕事に行ってくる、散歩をしてくる。言い分はなんでもいい。
 なんなら隣を歩いていたのに、ふと目を離した隙にいなくなっている、なんてこともある。

 だけど、人々はみな、帰ってくるのだ。

 数年、数十年の時を超えて。

 以前と、何ら変わりない姿で。
 
 
 
 
 
◇◇◇
 
 
 
「姫! 姫様! どちらにおいでですか!? 姫ーーー!!」
 

 ドタドタと慌ただしい足音と、少し上ずった焦った声。声を出しすぎたのか、それとも年だからなのか、少ししわがれている。
 柱の影に隠れて身を丸め、もれそうになる笑い声を、両の小さな手のひらで押さえ込んだ。 

 
「じぃやったら、また私を探してる」
 

 探しているとわかっても、姿を見せる気なんてない。だって、焦るじぃやを見るのは何だかとても楽しいもの。
 バタバタと右へ左へ、端から端へと行き交うじぃやを見ては、クスクスと笑う。
 次第に笑いをこらえるのが苦しくなってくると、突然視界が高くなる。と同時に、ふわりと大きな腕に抱えられる感覚がした。

 
「こーら、姫様」
 

 顔を上げると、そこには思った通りの人。
 キリリと上がった眉に、涼しさを感じる目元。高い鼻梁びりょうに、薄い唇。厚めの衣の上からでもわかる引き締まった肩に手を添えて、ぐっと顔を近づける。

 
「トーヤ!」

「姫様、おたわむれれも大概たいがいに。春雲しゅんうん様が倒れてしまわれます」

「いやよ。じぃやが慌てる姿、見てて楽しいもの」
 

 ツーン、と顔をそむけて見ても、トーヤの厳しい顔をは変わらない。

 
「姫様?」

「な、なによ」

「そんなに琴のお稽古けいこはお嫌いですか?」
 

 ギクリ、と肩が揺れた。

 
「まさか、気づかれてないとでも? 毎度毎度毎度、琴のお稽古がある度に姿を消されては、城の者はみんな気づいています」

「べ、別に嫌いじゃないわ!」

「ほぅ?」
 

 トーヤの目が、スっと細くなった。

 ウソをついてもバレバレだぞ、とその目が訴えかけてくる。

 
「本当よっ、じぃやが何だか暇そうにしてたから、遊んであげようと思ったのよっ」

「ほおぉぉ?」

「うっ……」
 

 どんどん鋭くなっていく瞳に耐えきれず、視線をそらしてしまった。
 あ、と思ってももう遅い。これでは嘘だとみすみすバラしてしまったようなもの。

 
「姫様?」

「だ、だって……お琴のあとはいつも手が痛くなるんだもの。先生はそのうち慣れるって言ったわ。でも、全然よ」

「手を見せていただいても?」

「いいわよ」
 

 壊れ物に触れるみたいに優しく、トーヤは私の手をとる。

 ドキンっと、心臓が震えた。

 
「そうですね……」
 

 ふと、トーヤが私の手から視線を外し、顔を上げる。視線と視線が絡み合って、心臓が驚きの悲鳴を上げた。

 でもそんなのは私だけみたいで、トーヤは何の気なしに私を見たまま、指先だけで私の手を甲を撫でる。

 
「姫様の肌は、少々か弱いみたいですね」

「は、だけ強調しすぎよ」
 

 むっと口を尖らせるとトーヤはかすかに微笑む。

 
「姫様は、琴を弾かれる際、押し手はどうされてます?」

「左手のこと?」

「はい」

「普通に押さえてるわ」
 

 押さえているからこそ、手は酷い有様になってしまうのだ。すっかりと治っている左手を隠すように、後ろ手に回した。

 
「では、次からは体重を乗せて押さえてみてください」

「体重?」

「指先だけで押さえるのではなく、重心をしっかりと押し手にかけるのです」

「それで痛みはなくなる?」

「多少はマシかと」

「そう……」
 

 じくじくと指先が痛む感覚はどうしても慣れない。
 でも、やり方がわかるとやってみたくなるものでもある。

 
「じゃあ、トーヤの言った通りにやってみる」
 

 グッと、胸のあたりで拳を握ると、トーヤは嬉しそうに微笑んだ。

 
「姫のそういう負けん気の強いところ、私は好きですよ」
 

 パチパチパチパチパチ。
 何度も何度も何度も目をまたたいた。でも景色は変わらない。夢、ではないらしい。

 ぽかんと口を空けてトーヤを見ていると、トーヤはふっと口もとに笑みを浮かべて足音を立てず歩き出した。

 
「琴の先生はまだ待ってくださっています。今からでも少しなら練習できるでしょう」

「そ、そうねっ、そうよ、そうだわっ」

「どうされました?」

「な、なんでもないっ」
 

 ふいと顔を背けて、こっそりと長い髪を引っ張って顔を隠す。

 トーヤは絶対にあれよ。タラシってやつだわ。きっと、町に出てはいろんな人をたらしこんでるんだわ。

 そう思うと、なんだか少し面白くない。

 
「あさな姫? どうされました?」

「なんでもない」
 

 私だって、大きくなったら。とびっきりの美女になる予定なんだから。そうしたらきっと、トーヤだって……。

 
「でも、私が大人になったら、トーヤはおじさんだわ……」

「…………姫様……」
 

 ハッと口を押さえる。

 チラリと、視線だけ上に向け、トーヤの様子を伺い見る。
 いつもの涼しさを感じる表情から一変して、口もとがぴくぴく痙攣しているから、トーヤ的には今の私の発言はだいぶお怒りのものらしい。

 
「べ、別に悪気があったわけじゃないわっ。本当のことだものっ」
 

 そう、本当のことよ。

 私が立派な姫になった時には、トーヤは立派なおじさん……。でも、そんなことどうだっていい。

 グッと、小さく拳を握る。

 
「まぁ、たしかに本当のことですが。姫がどのように成長なされるのか、私も楽しみです」

「あっと驚くような美女になってるわ」

「それは……どうでしょう」

「えっ」
 

 まさかの同意が得られず、顔を上げる。

 トーヤは私が見てることに気づくと、クスリといたずらっ子のように笑った。

 
「冗談ですよ」
 

 弄ばれた。

 恥ずかしさと、ちょっとした悔しさに、トーヤの腕から飛び降りる。

 
「姫?」

「ひとりで行けるわ。今日は琴が弾きたい気分だもの。もう着いてこなくていいわ」
 

 スタスタと歩いていくと、トーヤが足音もなく後ろからついてきた。

 
「ふくれてます?」

「ふくれてなんてないわよ」

「姫様は本当にお可愛らしいですね」

「えっ」
 

 ドキッと心臓が音を立てた。

 
「あさな姫、私は、姫がお創りになる国を見るのが、何りも楽しみですよ」
 

 ちょっと足を止めて、トーヤを仰ぎ見る。

 
「姫の容姿の美醜より、それが一番楽しみなのです」

「そ、そう」

「きっと、良い国になるはずです。姫様は、お優しいですから」

「そ、そんなこと……」

「ああ、お琴の稽古場ももうすぐのようなので、私はこれで」
 

 呆気なもトーヤは背を向け、スタスタと足音なくその場を立ち去っていく。

 
「言うだけ言うなんて、卑怯よ」
 

 べーっと、スラリと伸びた背中に舌を出した。
 
 
 
「あさな姫、今日はなんともすごい気合いの入りようですね……」
 

 琴の先生が、若干顔を引きつらせながら呟く。

 
「いろんなこと、できるようにならなきゃいけないものっ……」
 

 心の中で、おりゃぁああ! と闘志を燃やしつつ、バチンっと琴の弦を弾き、音色を奏でた。
  
 
 
 
 
◆◆◆
 
 
 
 いろんなことを学んで、学んで、学んで。
 少しずつ知識を身につけていたところに、その知らせはやってきた。

 
「大変です!!」

「トーヤ?」

「たった今、蚊王国かおうこくが、この国に攻め入っているとの情報がきました……っ!」

「えっ……」
 

 隣の国である蚊王国とは、仲が悪い。でも、お互い牽制けんせいし合い、協定を結んでいる。
 国の侵略しんりゃくはしない、と。

 
「どうしてそんなことに?」

「どうやら、殿が病に伏せっていることが、漏れたようです」

「……そんなっ」

「姫様、お逃げくださいっ」

「逃げろって言っても、みんなを置いてなんて行けないわ」

「あなたが死んだらどうなさるのですっ?! 源郎家の血筋を途絶えさせるおつもりですかっ!?」
 

 グッと、唇を噛みしめる。
 そんなの、わかってる。

 ずっと、言われてきたもの。この血は意味のあるものだって。

 だから決して、途絶えさせてはならないのだと。

 
「私が護衛します。姫、今すぐここから……っ」
 

 ドォン! と、爆発音が響き、建物が大きく揺れる。

 
「きゃっ……」

「あさな姫!」
 

 衣をまとった大きな体に抱きすくめられる。
 憔悴しょうすいしたトーヤの顔が近くにあって、こんな時だと言うのにドキリとした。

 
「トーヤ」
 

 呼びかけると、私に視線を向け、安心させるかのように表情を和らげた。

 
「あさな姫。命に変えても、あなたをお守りします。ですからご安心を」
 

 トーヤが強いのは知っている。
 国で一二を争う剣の達人だと。

 でも。

 
「そんなの、いらない」

「姫」

「ずっと私が守るから共に逃げてくださいとか、そういう気の利いたこと言えないのっ?」
 

 トーヤは驚いたようにヒュッと息を飲んで、くしゃりと目じりを下げる。

 
「仕方のない方ですね。では、私と共に逃げてください。私がずっと、お守りいたします」

「嘘をついたら、承知しないわ」

「ええ。もちろんです」
 

 私は、住みなれた我が家を離れる決意をした。
 
 

 私を逃がすことは決まっていたらしい。じぃやも、ばぁやも、護衛たちみんなが、私が来るのを待っていた。
 そして、裏門の扉の前に、家臣に体を支えられて立つひとりの人。

 私の、父がいた。

 
「父上様!」

「あさな……!」
 

 すっかり力の衰えた細い腕。その腕で、強く、強く、抱きしめてくれる。

 
「私の遠縁が、西国にいる。そやつを頼るのだ。そして、もしも私がここで朽ち果てようと、いつの日か……この国を……」

「はい、はいっ……必ず、私はこの地に戻ってきます。必ず、必ずっ……!」
 

 大丈夫。負けるはずなんてない。

 だって、この国には、たくさんの守るべきものがあるもの。だから……。

 
 再び、大きな地鳴りがする。
 と同時に、勇ましい声が響き渡った。敵の軍勢が、正門を突破したらしい。

 
「あさな姫……!」

燈夜とうや、あさなを頼んだぞ……!」
 

 深くうなずいたトーヤは、私をひょいと抱えると、人とは思えない身のこなしで裏門を飛び越え、駆け出した。

 
「と、トーヤ!」

「舌噛みますよ。黙ってしがみついていてください」
 

 こくこくうなずいて、しがみつく。

 泣いてなんていられない。逃げないと。

 だって、私は……この国の姫なのだから。
 

 どれだけ走ったかわからないけれど、トーヤは一息ついて私を地面におろした。

 
「も、もう大丈夫なの?」

「わかりません。ですが、ひとまず人の気配はありません」

「そう……」
 

 薄暗い林の中。道なんてない。草が生い茂っているけもの道。
 これから先、どこをどう進んで行けばいいと言うのか。

 目の前は、真っ暗だ。

 
「あさな姫、大丈夫ですよ。ひとまず西国に行きましょう」

「うん……わかった」
 

 泣いたって、しかたがない。

 ひとりではないだけ、ましよ。

 そうよ。トーヤがいるもの。

 だから、大丈夫……。

 
 グッと、歩みだそうとしたその時、トーヤの手が私の肩を引く。

 
「トーヤ?」
 

 トーヤは厳しい顔をして、暗がりの木々のさらに奥を見つめていた。

 
「姫様、お下がりください」
 

 ザワりと、胸の奥に黒いシミが広がる。
 嫌な予感が鳴り止まなくて、一歩足を後ろに引いて、トーヤの袴をつかんだ。

 そうしないと、どこかに行ってしまうのではないかと、そう思った。

 
「トーヤ」

「大丈夫ですよ、姫様」
 

 そうよ、大丈夫よ。約束したもの。

 一緒に、逃げるって。

 ずっと、守るって。

 だから……。

 ヒュンッ! と、銀が光った。私が反応をするより早く、トーヤが刀でそれを打ち払う。金属がぶつかり合う高い音が響いた。
 心臓が嫌な加速を続ける。

 
「そこにいるのは誰です……」
 

 トーヤの低い声に、影が動いた。
 ゆっくりと木の裏から現れたのは、どこかで見たことのある顔。でもどこで見たのか思い出せない。

 
「蚊王国の王太子がなぜここに……」
 

 そういえば、蚊王国には目が鋭くつり上がった王太子がいた。こんな顔をしていた気がする。

 
「姫が見つからなかったので、探しにきましてねぇ」
 

 そう言って、男はにぃっと笑った。

 
「幼い姫に何ができるとは思いませんが、念には念を……」
 

 開いているのかもわからない細い目が、私を射抜いた気がした。トーヤの服をつかんでいる手が、細かく震える。

 
「あさな姫。大丈夫ですよ。ここは私が食い止めます。その間にここを抜けてください」
 

 ……え?

 
「トーヤ……?」
 

 嘘よ、そんなの。

 
「必ず、あなたの後を追います」

「いや……」

「姫様」

「いやよっ、だって、そんなのっ」
 

 トーヤまでいなくなったら、本当に、ひとり。

 
「……あさな姫様」
 

 トーヤの声が、うんと優しくなる。

 聞き分けのない子どもに言うみたいに、安心させるように、いつもの何倍も何倍も優しい声。

 今まで聞いたことのないような、優しいけど、凛とした声。

 
「私は、あなたが立派な姫となるのを楽しみにしているのです。この国を建て直せるのはあなたしかいません。あなたがいれば……源郎家の血筋が途絶えさしなければ……この国は何度だって蘇るのです」
 

 必死に堪えていた涙が、ついに溢れだした。

 一粒落ちてしまえば、せき止めるものなんてなくなったみたいに、次から次へとやってくる。

 
 私は、立派な姫になんてなれない。
 だって、私はもう一人なのよ。
 父上様だって、家臣たちだって、トーヤだって……。

 誰もいない、ひとりぼっち。

 
「いやよ、ずっと、守るって、言ったじゃないっ……!」

「…………」

「嘘をついたら承知しないって言ったわ……! なのにっ……なのに……」
 

 そんなことを言ったってしかたがない。

 わかっているの。

 私がいたら、トーヤの邪魔だって。

 私は、生きなければならないんだって。

 だって、それが…………。

 
 父上様の、トーヤの、みんなの願いだもの。
 
 
 
「……守りますよ」
 

 トーヤが、腰についていた飾り紐を解いて、私の手の上に置いた。

 
「これ……」

「私の、宝物です。あなたに預けます。無くさないで持っていてください」
 

 手の上に置かれた紐を見つめる。

 トーヤが、肌身離さず持っていたもの。

 
「感動の別れはすんだかぃ?」

「わざわざ待ってくれるなんて、親切な人ですね」

「感動的なところを一気に絶望に突き落とすのが趣味なのさ」

「ずいぶんと嫌な趣味だ」
 

 トーヤが刀を構える。
 不安げに見る私に気づいたのか、トーヤが一瞬だけ私に視線をくべた。

 
「大丈夫ですよ。すぐにあとを追います。私が姫様との約束を破るはずがありません」

「ぅ……」

「ですからどうか」
 

 ぎゅっと、トーヤから渡された飾り紐を握りしめる。

 
「わかった……先に行ってるわ……」
 

 トーヤはほっとしたように笑った。

 
「いい子です、姫様」
 

 トーヤが一気に踏み込んで、間合いを詰める。

 刀と刀の交わる音が空高く突き抜けた。

 
「姫様、行って!!!」
 

 トーヤの怒号に、慌てて足を踏み出した。

 
 振り返ることは、しなかった。

 何度も何度も何度も転びそうになりながら、はち切れそうになる足を、必死に、必死に動かした。

 苦しくなっても、もう足を止めてしまいたくなっても。

 ただ前だけを見て、走った。

 
 
 しばらくして、林を抜け、国の境目の崖の上に立っていた。

 目の前に広がっていたのは、赤く燃えゆく、町だった。
 
 

「……ぅ……」
 

 守れなかった。なにも。守れなかった。

 姫なんてただのお飾りよ。

 こうした時、何もできないのだもの。

 何もかもを失くして、それでも生きろと、そう言うのは、あまりにも残酷よ。

 
 民たちが、敵国の兵に捕まっているのが見えた。

 これからこの国はどうなるのだろう。
 人々は、虐げられて笑顔なく暮らすのだろうか。

 
「…………」
 

 汚れた裾で、強く涙をふく。

 私は、必ずこの国を取り戻すの。
 民の笑顔を守るのが、私の役目だもの。

 まずは、西国を目指すわ。
 
 

 今の光景を忘れないように目に焼き付け、ゆっくりと故郷をあとにした。
 
 
 
 
 
◆◆◆
 
 
 
 
 
「姫、姫様ーー!」
 

 ドタドタと慌ただしい足音が響く。

 
「もぅ、じいや! いつまでも姫って呼ばないで! もう立派な成人よ!」

「はぁ、そうは言いましても、じぃからすれば姫はまだまだ幼い」

「まぁ、いいわ。それで? 何用かしら?」

「あぁ、そうでした。来月行われる祭りのことについてですが……」
 
 

 じぃやの話を聞きながら、忙しく筆を動かす。

 蚊王国に攻め入られたあと、我が軍と蚊王国は互いに相打ちになった。

 父上は亡くなり、だけど同時に蚊王国の皇帝の首も討ち取った。

 さらには、蚊王国の唯一の跡取りである王太子が、屍となって発見されたことから、状況は一変した。

 王太子ってことは、トーヤが打ち取ったのだと思う。

 けれども、トーヤは、帰ってこなかった。
 私のあとを追うと、そう言っていたけれど、あれからトーヤの姿を見た者はいない。
 死体も発見されていないし、足取りがまったくつかめていない。
 
 

 どうか。

 どうか、どこかで生きていてくれるのなら。

 たとえもう二度と会えなくても、それでいい。
 
 

「では姫様、そのように取り計らいますので。失礼いたしまする」
 

 じぃやが出て行ったのを見て、筆を置く。
 手首に巻き付けられている、あの日渡された飾り紐を見つめた。

 
「トーヤの、うそつき……」
 

 部屋を出て、庭を見る。

 
 私、建て直したのよ。たくさんたくさん頑張ったわ。

 あなたが、私が創る国を見たいと、そう言ったから。

 
 でも――。
 
 

「一番見せたかった人は、もういないのね……」
 
  

 目を伏せたその時。

 ドサッと、何かが地面に落下した音がした。

 
「う、わっ……。ここは……」
 

 不思議そうにあたりを見回す男。

 ところどころ血が付着した服。
 腕も足も斬られた傷があって。でも、キリリとした顔は、記憶のまま。

 あの日、別れた時と、何も変わらない姿。
 
 

「…………トーヤ……?」
 

 呼びかけると、男はゆっくりと顔を上げた。

 驚きに目を見開いて、私を見つめる。

 
「……姫様……?」

「トーヤ、なの……?」

「…………はい。燈夜でございます」

「……っ、トーヤ……っ!」
 

 足が汚れるとか、はしたないとか、そんなこと全部頭から吹っ飛んで。
 にじむ視界の中、駆け出した。

 走って、走って、大きな体にしがみつく。

 
「トーヤ、トーヤ……!」

「これは……驚きで言葉がでませんよ。いったい、何が……」

「7年よ!!」
 

 ガバッと顔を上げる。

 
「トーヤがいなくなって、7年が経ったのよっ」

「7、年……?」

「私、頑張ったわ。いろんなもの、無くなってしまったけれどっ、それでもっ」

「…………」

「トーヤがっ、トーヤが楽しみにしてるって、そう言ったから……! だから私……っ」
 

 ぎゅぅっと強く抱き締められた。

 鼻をつく血の臭い。
 火と煙が混ざったような、焦げ付いた臭い。

 
「そうですか……ずいぶんと、立派になられたのですね」

「……っ」

「それに……」
 

 トーヤは私の体を引き離して、顔を覗きこんでくる。

 
「とても美しくなられた」
 

 トーヤはそう言って、血塗られた手で私の涙を拭おうとして、手を止め、苦笑いをする。

 
「すみません。このような手で触れてしまい……」

「そんなの、どうだっていいわ」
 

 引っ込みそうになったトーヤの手を、両手でがっしりとつかむ。

 
「この手は、あの日、私を守ってくれた手。そうでしょう? 私は、ずっと、ずっと待ってたのよ。あとを追うって、そう言ったのに、トーヤだけがずっと見つからなかった……!」

「姫様……」

「でも、それでもっ、信じたかった……」
 

 トーヤは、掻き抱くように私の体を両手で抱きしめた。

 
「お待たせして、申し訳ありません……」

「こ、今回だけ、許してあげるわ……っ」

「寛大なお心、感謝いたします」
 
 

 ずっと、待ってたの。

 ずっと、ずっと。

 言えなかったこと、伝えなかったこと、後悔していたの。

 
 手をトーヤの胸元に添え、首を伸ばしてトーヤの薄い唇をに口づけをする。

 
「トーヤ、おかえりなさい……」
 

 トーヤは一度キョトンとしてから、手を唇に触れさせた。

 まじまじと私を見て、次には心底優しく笑って、そっと私のひたいに口づけを落とした。
 
 
「ただいま戻りました。あさな姫様」
 
 
 
 

 

時を超えて君想ふ

(トーヤ、おじさんじゃないわ)
(これは神様がくれたチャンスだわ。もう絶対離さないっ)
 

(……!?)
(……なんだ? 悪寒が……)

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