10 レネの策略

 音楽が奏でられ、男たちがはちゃめちゃなダンスを踊る、甲板の真ん中。それを少し外れたやや船首側に、その男はいた。

 ガル・ブラック。

 渡り鳥レイヴンの創設者で頭領。
 この船で一番偉い人。

 短く刈りあげられた濃い茶髪と、筋肉ムキムキのたくましい体。黙っていると、三白眼がギラリと光る怖い顔。

 石持ちで、ルイスの親代わり。
 血の繋がりはないけどね。

「ガル、リィルがあいさつしたいって」

 ガルは鳥の丸焼きにかぶりつこうとしていたのを止めて、私を見下ろした。

「んなこと気にしなくていい。子どもがいらねぇ気ぃまわすな」

 いいや、だめだ。印象は大事だ。とっても。
 人の家にあがりこみ、勝手に食っちゃ寝した上にあいさつもせずに帰るなんて、印象最悪だ。礼儀は命を繋ぐ。

「リィルです。助けてくださり、ありがとうございました。しばらくお世話になります。このご恩はいつか必ず、お返しします。必ず」

 誠心誠意の礼をする。

 ガルは困った顔をして、首裏をかいた。

「リィルか。今いくつだ?」
「9歳です。もうすぐ10になります」
「10か……。ルイスと旅に出たときと同じくらいか。最近の子どもはいやに大人びてやがる」

 ガルは肩をすくめて笑った。

「子どもは子どもらしく、なにも気にせずのんびりしてりゃいい。めんどうはルイス、てめえに任せる」
「わかってる。もともとそのつもりだ」

 ルイスの返答に満足そうにうなずくガル。
 そして褒めるように、くしゃくしゃとルイスの髪をなでる。
 ルイスが照れくさそうに、そしてうれしそうに、目を細めた。

 そんな顔をすると、ずいぶんと幼く見える。
 ルイスがこんな顔を見せるのは、やっぱりガルだけなんだな。

 ルイスの特別。
 ルイスがなによりも大事にしてるもの。
 それが、ガルだ。

 マンガでも詳しいことはあまり語られていなかったが、命の恩人だとか。ルイスの過去は、あまりいいものではないらしい。本人がそれらしいことをほのめかして、濁しているシーンがあった。
 そんなルイスを救ったのが、ガルだ。

 血の繋がりがまったくない二人が、こうして旅をしているのも、それが理由なのだろう。

「まぁ、短い間だろうが、仲良くしようや」

 照れくそうに笑った怖い顔。
 不器用に伸ばされた大きな手をしっかりと握り返し、あらためて頭をさげる。

「ありがとうございます。このご恩は、必ず」

 やれやれ、と苦笑したガルが肉にかぶりついた。

 ルイスとその場をあとにし、踊り狂っていた人たちにもあいさつ回りをした。
 そのときにある人物を探したけれど、まだいないようだった。この先仲間になるのかもしれない。

「もう寝るか?」
「そうですねぇ……」

 今何時だろう。ここに来てどのくらい経っただろうか。

 ルイスがポケットから、金の装飾がされた懐中時計を取りだした。

「もう海の刻11だ。子どもは寝たほうがいい」

 もうそんな時間だったのか。
 あと一刻で日づけが変わる。
 いつもならとっくに夢の中だ。

「部屋を用意させるよ。ちょっと待ってて」

 ぽんと頭の上に手をのせられた。
 びっくりして見あげたときには、ルイスはもう歩き出していた。
 頭に手を当ててため息をつく。

 あれは人に優しくするあまり、多くの女を勘違いさせて、もめごとを起こすタイプと見た。
 アルバトロスとは違うタチの悪さだ。

 小さく息を吐いて、その場に座りこむ。
 少し、疲れたなぁ。
 一日で大冒険だ。まだ大ダコに襲われてから丸一日経っていないのだから、恐ろしい。濃い一日だった。戦ったし、たくさん泳いだし。

 はやく、帰らないと。
 海の中は今ごろ荒れ狂ってるかも。

 わかっているけど、憧れのルイスの生活する場所に触れられたのは、少し、うれしかった。
 実際に目で見ると、同じものも、違うものもあった。でも、ルイスは、同じだったかも。
 優しくてお人好しなルイスだ。

「リィ」

 耳もとで舌っ足らずな声が聞こえて、飛び起きる。
 うわっ、びっくりした。

「リィねてた? ごめんね?」

 コテン、と首をかしげるのは、レネだ。
 その手には真っ白のお皿に少しいびつなケーキ。パウンドケーキに、ゴテゴテに生クリームをトッピングした感じの。

「わたし、つくった」

 ……忘れてた。
 そういえば、ケーキつくるっていってたな。

「あ、ありがとうございます」
「あーん」

 雛鳥ごっこはまだ続くらしい。
 ぱかりと口をあけると、レネはうれしそうに笑う。かわいいなぁ。
 こんなうれしそうにされると、なんでもいうこと聞いてしまいそうだ。

 されるがままにもぐもぐ咀嚼する。

 七日間暴食したのに今日もケーキ食い倒れだ。パーティーのドレスは大丈夫だろうか。
 太ってドレス着られないとかなったら、笑い者だ。

 ひと皿食べ終え、ほっと息を吐いた。
 任務は果たした。

「あーん」

 レネはなぜかまた皿を持っていた。
 どっから出てきた?

「いっぱい、ある」

 レネはにこーっと笑って、うしろを示した。
 ケーキの山があった。目眩がした。
 甘いもの中毒者だけど、これはドレスが破裂する。

 またもきゅもきゅと食べる。そして次の皿。また食べ……。

 一心不乱に食べていると、ルイスがこっちに歩いてきてるのに気づいた。よかった。救世主がくる。
 レネが私の顔を見て振り返る。
 そして、パチパチと眠たげな目を瞬かせた。

「ルイス、すき?」

 ゴホォッ、と、ケーキが飛び出しそうになった。慌てて飲みこんだから、ゴキュリと変な音がした。

「な、な、なっ」
「ルイスモテる。顔がいいから」

 うっ、それはそうだろうな。
 顔もいいけど性格もいい。モテない理由がない。

 レネはにへらぁと笑った。
 なんだろう。このただならぬ嫌な予感は。

「まかせて」

 なにを?

 レネはケーキの皿を置くと、立ちあがって歩いて行ってしまった。
 向かった場所はルイスのとこ。
 なにやら揉めているようですが……。

 私は取り残されたケーキ皿をチラリと見る。
 山のようなケーキ。でも残すのはなぁ。せっかくつくってくれたんだもんね。私のために。

 私は自分の腹と相談する。
 耐えられるか、否か。
 そして、置き去りにされてたお皿を手に取り、パクパクと口に放りこんだ。

 食べものに罪はないものね。私が運動をたくさんすればいい。そうそう。

 私は中毒街道をひた走った。

 このケーキ、見た目はちょっとあれだけど、味は美味しいんだよね。たぶん、主要なとこはアルバトロスがやったのだろう。デコレーションがレネな気がする。

 あの料理人、ほしいなぁ……。

 ハッ、だめだだめだ。
 私は頭の中の悪魔を追い払った。

 戻ってきたレネは、山積みのケーキがなくなってるのにびっくりした顔をしたあと、にへらぁとうれしそうに笑った。
 そのお顔が見れたなら、私のおなかがトドになっても大丈夫です。

「リィル、少しいいか」

 ルイスが疲れきった顔でそういった。
 いったいなにがあったんだ。
 レネを見る。レネはにへらぁと笑った。それだけだ。

「えっと、片付けを……」

 食べるだけ食べて、後片付けしないのはちょっと。

「いいよ、置いといて。というか、こんなに食ったのか?」

 ルイスがギョッとした顔をした。
 乙女にあるまじき皿の山にドン引きされた?!
 ひゅおっと、心が冷え込む。急に寒い。心が。

「えっと、えっと……美味しかったから……」

 私は自ら凍った水面に飛び込んだ。

「なんでもいわれた通りにしなくていいって、いっただろ? 律儀だなぁ」

 ルイスはしかたない子を見るような顔で苦笑して、私を立たせる。そして、疲れた顔で歩いてきていたアルバトロスを目ざとく見つけ、この場を示すと、私の手を引いて歩き出した。

 アルバトロス……不憫な男だ……。

 空っぽの皿を見て、うれしそうなレネと、そのレネを見てうれしそうに苦笑いするアルバトロス。いい関係なのはすぐわかる。

 ルイスの恋心は、宙ぶらりだ。

 そっと、ルイスの顔を見る。
 とくに表情が変わらないから、なにを思ってるのかわからない。気にならないのかな。
 親友で恋敵って、どんな感情なんだろう。

 しばらく歩くと、ひとつの扉の前でルイスは立ち止まった。
 ああ、私の寝る仮部屋か。

「あの、送ってくださって、ありがとうございました。おやすみなさい」
「あー、いや……」

 どうしたんだろ。
 ルイスはやけに気まずそうな顔をしている。

「なにか、問題でも?」
「気を悪くしないでほしいんだが……」

 言いよどむルイスは、そのまま部屋の扉をあけた。中を見てみる。
 キチンと整理整頓された部屋。本が並び、手製の地図が貼られている。
 なんだか、すでに人が使っているような感じだ。

「えっと、ココは、空き部屋じゃ……」

 ルイスは困ったように、首を横にふった。

「俺と相部屋でいいか?」

 ……はい?

 
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