11 譲らない者たち

「えっと、部屋を用意させるって……」

 そういっていたはずだけど……。
 聞き間違えた?

「あ、もしかして、空き部屋がなかったとかですの?」
「いや、あるにはあるんだが……」

 やけに歯切れ悪いな。なにか問題が発生したとか?

「うぅんと、空き部屋がだめなら、レネと同じ部屋とか」

 ルイスは顔をしかめた。

「だめなんですの?」
「悪いな」

 レネの部屋がだめ?
 うーん、と考えて、レネとルイスが揉めている感じだったのを思い出す。

「もしかして、レネに、私とルイスを同じ部屋にするよう、いわれたんですの?」

 ルイスは黙秘した。
 沈黙は言葉よりも雄弁である。

「私、レネにお願いしてきます」

 くるりと引き返そうとすると、止められる。

「だめなんですの?」
「だめというか、あいつのいうことも一理あるというか……」

 ルイスは顔をしかめて、ため息をついた。

「なんていわれたんですの?」

 ルイスは黙秘した。

「教えてくださいな」

 ジリジリと詰め寄る。
 ルイスはチラッと私をうかがうように見たあと、重たい口をひらいた。

「突然あらわれた子どもをひとりで寝かせるなんて、不用心だと。連れて来たルイスが責任もってめんどうを見ろってさ」

 んんんんっ、正論!
 お宝盗まれたりしたら大変だものね。それか、グサリと人を殺したり。なにせ私は海の使族。悪役だからね。

 でも、私にはわかる。
 レネの真の策略が。
 にへらぁっと笑うレネのしたり顔が、透けて見えるっ!

 これは、間違いなく。

 大きすぎるお節介ーっ!

「もちろん、危害を加えられるとは思ってない。こっちのだれかが加えるとも。ただ、そういわれると強く出れなくてな」
「いえ……なにも間違っていませんもの」

 疑うのは当然だ。海に浮かんでいた怪しい子どもだし。ホイホイ受け入れるほうがおかしい。
 商船の子ってのも、ウソだしね……。

「あいつにはよくいって聞かせるから。できたら嫌わないでやってほしいが……、人の気持ちは強制できないからな。任せるよ」

 苦労人だなぁ。
 板挟みの中間管理職みたいだ。

「ただ、悪い奴じゃないんだ」

 好きな人を悪く思われたら、いやだよね。
 それはよくわかる。
 そんな人じゃないのにって、モヤモヤする感じ。私もルイスを悪くいわれたら、絶対むっとしちゃう。

「大丈夫です。気にしていませんもの」

 レネの思惑がバッチリ透けてるので、問題ありません。逆に巻き込んで申し訳ない。

「部屋は自由に使ってくれてかまわない。俺は部屋の外にいるから、なにかあったらいってくれ」

 ……へ?

 さっと踵を返したルイスに動転する。
 えっ、えっ。出てっちゃうの? ルイスの部屋なのにっ?

「お、お待ちくださいなっ」
「うん?」
「そ、外で寝るんですの?」
「さすがに同じ部屋なんていやだろ? 幼くても女の子だし、良いとこの子だろ?」
「で、でもっ」
「ちゃんと外にいるから大丈夫だよ。部屋から出たらわかるし、文句もいわれないだろ」

 いやいやいや、ダメだろう!
 部屋の主を追い出して、私だけぐーすか寝るなんて!

「私、床で大丈夫です! ツルツルの床大好きなんですの! だからどうぞ、ベッドで寝てくださいな」
「いやいや、子どもを床に寝かせられるわけないだろ?」
「たいして変わらないように見えますもの」
「リィルは今9歳だろ? 5個離れてたらけっこう違う」

 そうか、ルイスは今14なのか。

「……もうすぐ10歳になりますもの」
「4個でも大きな差だよ。子どもは変な気を遣わず、甘えてていいんだ」
「ルイスだって、子どもでしょう?」
「14は大人だろ」
「子ども」
「大人だ」
「子ども」
「リィルよりは大人だ」

 それは、そう。

「と、とにかくだめ!」

 ルイスの服をつかんで、譲らないと首をふる。

「まいったな」

 う、どうしよう。困らせてる。

 これは折れたほうがいいの?
 でも、本来なら、ルイスはぬくぬくベッドで寝てたはずなのに。

「ご、ごめんなさい」
「うん?」
「私を助けたから……」

 ルイスは目線を合わせるようにしゃがんで、苦笑しながら私の頭をぽんぽんとなでる。

「ばか。あのまま溺れ死にたかったのか?」
「……」

 私は、海の使族だ。
 溺れるなんてありえない。
 ただ、ちょっと迷子になっていただけ。それだけ。
 朝になったら、きっと帰れた。

 私は、ルイスという誘惑に負けた、愚か者なだけだ。

「うーん。じゃあ、俺が床で寝るから、リィルがベッド使ってくれ」
「だ、だめです。だめ」
「いいよ。甲板で雑魚寝することもあるし、慣れてるから」

 甲板?
 そうかっ!
 私は閃いた。

「あの、じゃあ私、外に行くので、ルイスはベッド使ってくださいな」
「外?」
「まだ人もいるみたいですし、見張りの方とかもいると思うので、そのまま夜明かしします」
「アクアバースに着くまで三日はかかる。その間、ずっと起きてるつもりか?」

 ……三日。
 さすがにむりだ。私の徹夜記録は一日だ。

「じゃあ、甲板で寝ます」
「甲板で寝たら床と変わらない」

 意外としつこいな?

 むーっと黙り込むと、ルイスは苦笑して肩をすくめる。

「そんなに気を遣わなくていい。まあ、気になるっていうなら、俺も甲板に行くよ」
「ルイスも?」

 ついてきたら意味ないような。

「ルイスはお休みになってくださいな」
「俺はまだ眠くないから。それに、めんどうを見るって、ガルにも約束してる」

 ああ。ルイスの大事なガル。
 ガルが関わると、ルイスは絶対折れない。
 やっぱり、私が折れるべき?

「眠くなるまで一緒に星でも観るか?」
「星?」
「海に映った光を見てうれしそうにしてたから、そういうのが好きなんだと。違ったか?」

 うっ、バレてる。キラキラしたものが好きです。なんなら宝石が大好きです。原石集めをしてます。

「ここは空に近いし、遮るものもないから、地上よりもずっと綺麗に見える。星はあまり観ないのか?」
「あ……。あんまり、見たことなくて。夜はその、ほとんど外に出られないから……」

 ルイスは目をまるくして、やがて優しく微笑む。

「キラキラしたものが好きなら、きっと気に入るよ」

 海の中にいたから、星空は見たことがない。
 地上はだめだっていわれてたから、海面にも近づかなかったし。

 私って、もしかして、ものすごく箱入りなのでは。

「あの、ルイス……さんは」

 ひょぉっと、背筋が凍りつく。
 しまった。いつからルイスルイス呼んでた?! まったく気づかなかった。
 あれだけ礼儀は大事だと心に刻んだのにっ。

 ルイスは私を見て小さく笑った。

「ルイスでいいよ。ずっとルイスって呼んでたし」
「そ、それは、ごめんなさい」

 意識しないとルイスと呼んでしまうんだ。申し訳ない。

「いいよ。そっちのほうが呼びやすいんだろ?」
「でも……」
「悪い気はしないし、ルイスでいい」

 この男も、タチの悪い人たらしだな。

「じゃあ、ルイス」

 ルイスは目を細めてうれしそうに笑った。
 うっ、心臓が痛い。動悸が激しい。
 今の笑顔はクリティカルヒットだった。

 私は瀕死だ。ヒットポイントが残り少ない。ルイスの攻撃に耐えられない!

「星観るなら、甲板もいいけど、食堂に行かないか?」
「食堂?」
「そう。ここの最上階にあって、そこからも外に行ける。少ないけど席もあるし、ホットミルクでもいれるよ」

 それは、テラス席的なやつでは?
 そういえば、そんな場所もあった気がする。少し張り出した空間。ゆったりしてて、そこから見る景色がバツグンだと。

「いっ、行きたい!」
「おっ、じゃあ決まりだな」

 ルイスは自分の部屋のクローゼットをあけて、ふわふわのブランケットを取り出した。

「このあたりは暖かいけど、一応」

 紳士か。

「じゃあ、行こうか」
「はい」

 ん?
 あれっ。なんか、丸め込まれてないか?

 両開きの扉をあけると、そこにいた人がふと顔をあげる。

「あれっ、ルイス、と、リィルちゃん? 寝たんじゃなかったのか?」

 アルバトロスだ。
 そういえば、料理担当だった。
 明日の準備か、洗いものでもしてたのか、アルバトロスは厨房にいた。

「まぁ、いろいろあってな」

 カウンター越しに、ルイスが苦笑いしながらお茶を濁した。
 やっぱり折れたほうがよかったか……。

「なにか飲むか?」
「ホットミルクとコーヒー」
「コーヒーは寝れなくなるだろ。却下。ホットミルクふたつな」

 しっしっと追い払う仕草をされ、屋外に出る。

「うわぁっ、すごいっ」

 最上階というだけあって、空も、海も、甲板も見渡せる。

「リィル、こっち」

 ルイスが呼ぶほうに向かう。
 木製の長椅子だ。前にテーブルがあって、ここで食事するのもよさそう。
 なんでみんな甲板で騒いでたんだ。こっちのほうがオシャレなのに。

「屋外席も悪くないだろ?」
「ゆったりしてて、素敵なところですのね」
「だろ? どうしてか、俺とレネくらいしか使わないんだよ」

 もったいない、と苦笑するルイス。
 それ、もしかして、みんな察して遠慮してるのでは……。

 そんなことを思いながら腰かけると、膝にふわりとブランケットがかけられる。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「あの、ルイスも……」
「俺はいいよ。寒くないから」

 そんなこといったら、私なんか自分で体温調節できるんだが?

 まぁ、子どもとはいえ、よく知らない女と一緒にブランケットに入るってのも、抵抗あるか。私は大人しく引き下がった。

 大きな揺れもないから、動いているのかわからなくなる。ゆったりして、頬をなでる風が気持ちいい。

「ほい、ホットミルクふたつ」
「ありがとうございます」
「子どもはあまり夜ふかししちゃだめだぞー?」

 そんなこというアルバトロスも、じゅうぶん子どもだが。たしか、ルイスのひとつ上だったはず。

「それじゃごゆっくり」

 パチンっとウィンクして、アルバトロスは去っていく。まだ働くのだろうか。もうかなり夜も更けてるのに。

 ここにいる人は、年齢が5歳くらいズレてる気がする。過酷な環境にいると、精神年齢が上がるのだろうか。そうまでして旅をする理由はなんだろう。
 主人公が並並ならぬ理由で旅してたのは知ってるけど。ほかはあまり知らないな。

 やっぱり、海の使族の支配する世界は、窮屈なのかも。

 カップに手を伸ばして、両手で抱える。息を吹きかけて冷ましながら、空を見た。

「わぁっ! きれい」

 キラッキラの満天の星。
 邪魔するものがなにもない。汚れた空気も、街灯も。
 ルイスが、空を指さした。

「あっちが、アルペガサス、こっちが南のシータ」

 聞いたことない星座だ。

「それと、あれがT190。本当はもう滅んだ星らしい」

 滅んだ星なのに光ってるのか。
 青くてきれいだ。

「ルイスは、星にくわしいんですの?」
「星の位置で場所を予測したり、指針にしたりするから、多少は」

 なるほど。空を旅する者には必須だったか。

「でも、渡り鳥は、太陽の羅針盤を使って旅することが多いって、聞きましたけど」

 ルイスが少し驚いたように私を見た。

「くわしいんだな」

 げっ、これって、あまり知られてることじゃなかったのか?

「太陽の羅針盤は、ドラゴンのいない方向を示すものだ。完全に頼りにするわけじゃないよ。目的地と合わないときも多くある」
「そうなんですのね」

 危ない。どこまでが一般的な知識かわからない。うかつなことを話さないよう、無知のふりをしよう。

 ホットミルクで口を塞ぐ。
 ゆったりとした中で星を眺めていると、だんだん眠くなってきた。だめだ。寝たら絶対ルイスに気を遣わせる。いや、起きてても遣わせるか?
 なにをしても気を遣わせる。とんだ疫病神だ。

「寝ていいよ」

 手に持ってたホットミルクを取られた。

 そのままなだめるように髪をすかれて、私のまぶたは陥落した。

「おやすみ」

 
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