12 それぞれの決意

 真っ赤に燃え盛る炎が見えた。
 地上が次々に死の大地へと変わる。

 そして、ルイスが──

「リィル、リィルっ」

 ハッと目が覚めた。

「大丈夫か? うなされてたから……」

 横抱きにされていたのか、すぐ近くに顔があった。
 金色の髪と緑の瞳。左の首筋に碧の石。

 ボロリと涙がこぼれた。

 そのまま手を伸ばして、ぎゅっと首に抱きつく。その瞬間、ルイスの体がビシッと固まるが、すぐにあやすようにやわらかい声がかかる。

「どうした? 怖い夢見たのか?」
「こわい、夢……」

 こわいゆめ。
 なんだっただろうか。真っ赤に燃えていた気がする。全部が。それで、ルイスが、いや、あれは、ルイスだったのだろうか。よく思い出せない。

「うん。もう大丈夫だから。怖かったな」

 ゆらゆらと揺らされて、まぶたが落ちてくる。

「もう一度寝れるか?」
「ん……」
「おやすみ。部屋まで運ぶから、寝ていいよ。怖い夢見たら起こすから」

 ささやくような声が心地よくて、歩くリズムに身をあずける。

 今度は怖い夢は見なかった。

 もそもそと寝返りを打つ。
 ねむい、起きなきゃ、ねむい。今何時だろう。ああ、甘いものが食べたい。

「ぱんけーき……」
「……起きてるのか?」

 バチンッ、と目が覚めた。
 私をのぞき込んでいたルイスと目が合う。
 慌てて身を引いたら、ガンッと頭を壁に打ちつけた。

「うあっ」

 痛い。思いっきり強打した。

「大丈夫か?」

 ベッドに乗りあげたルイスが、私の頭のうしろを手でなでくりまわす。

「すごい音したぞ。コブはできてないな。一応診てもらうか?」

 ち、近い。首筋ドアップでキラッキラの石が見えてる。石コレクターには毒だ。

「だ、大丈夫、です。痛みもひどくないですもの」
「うーん」

 近い。

「あ、あの、それより、どうしてここに……」

 というか、ここはどこだ?

「全然起きてこないから、体調でも崩したかと思って。勝手に入って悪かった。夜は外にいたから大丈夫だよ」

 さあっと血の気が引いた。
 ここルイスの部屋じゃないか! ベッドでぐーすか寝て!
 しかも、起きてこないって、今何時だ!?

「あ、う、いま、」
「今は海の刻2。昼食取っておいてあるけど、食べられそうか?」

 海の刻2?!
 空の刻が終わってるじゃないかっ。
 昼過ぎまでぐーすか夢の中なんて、とんだ寝坊助だ。

「ご、ごめんなさいっ。私、寝坊して……っ」
「いいよ。寝たの深夜まわってたし、知らないとこ来て疲れてただろ?」

 うっ、善意がまぶしい。寝坊助の堕落した悪魔が浄化される。

「パンケーキじゃないけど、食べるか?」

 穴があったら埋まりたい。

 ルイスに続いて食堂にやってくる。
 中は閑散としていた。

「おっ、起きたか。おはよう」

 ひょいと、厨房と繋がってるカウンターからアルバトロスが顔を出した。

「おはようございます」

 寝坊助ですみません。

 アルバトロスはちょいちょいと私を手招きすると、カウンターにランチプレートを置いた。お子様ランチだ。

「温めなおしておいた。変な時間だけど、食べれそう?」
「ありがとうございます。お手数かけてすみません」

 ルイスの横の席に腰かける。
 ルイスの目の前にはコーヒーが出てきた。

「アクアバースだけど、明日の昼までには着くはずだよ」

 明日?
 ということは、あと一日もしないうちに着くのか。

「思ったより進路が順調で、予定より早く着きそうなんだ。よかったな」
「よくいうぜ。おまえが夜通し力使ってたからだ……」

 ルイスの裏拳がアルバトロスの顔面に命中した。

「力って……」
「なんでもないよ」

 ルイスの輝かしい笑顔に口をつぐむ。

 まさか昨日の夜、ずっと力を使ってたということだろうか。ルイスの力は風だ。
 風を操って、空を飛んだり敵を倒したり、はたまた、船の機動力になったり。

 よく見たら、ルイスの目の下、すこしクマができてるような。

「ててっ。カッコつけてないで、いえばいいのに。キミの笑顔のためなら僕は自分を犠牲にしてもいい。マイ・プリンセス、とかさ」
「キモい」
「今のは誇張表現だろ!」

 煙たそうにしてるルイスの服のすそを引っ張っる。

「ルイス」
「うん? あいつのいうことなら気にしなくていい。口から生まれてきた男だから」

 そうやって、煙に巻こうとするんだから。

「昨日、寝てないんですの?」
「寝たよ」
「うそ」
「本当」
「目の下、クマができてますもの」

 ルイスは詰まって、肩をすくめる。

「寝てないなら、そういってくださいな」
「ちゃんと仮眠はとったよ」
「本当に?」

 じぃぃぃぃとルイスを見る。
 ルイスは圧に耐えかねたのか、そっと視線をそらした。
 これは、ウソだな。やましいことがなければ、目をそらしたりしないはず。

「本当に本当に本当に?」
「……」
「もう、なんでごまかそうとするんですの。私が気を使うから?」
「いや、まぁ、うーん」
「私はそれでルイスが倒れるほうがいやです。それに、私はそんなことしてほしいなんて、一言もいっていませんもの」

 ルイスが困った顔して肩をすくめる。
 これはあと一押しだな。私は最後の畳みかけに入った。

「疲れたなら疲れた、無理をしたなら無理をしたって、いってもいいんですの。そうしたら、私は、ごめんなさいとありがとうがいえるもの。ちゃんと、教えてくださいな。ごまかさないで」

 ルイスは沈黙する。
 私は眼力をこめてルイスを見た。絶対に目をそらさらない。そっちが折れるまで!
 やがて、ルイスは息を吐いて、諦めたように苦笑いをした。

「たしかに、ちょっと無理をした。昨日、泣いてたから」
「泣いてた?」
「うなされてたの、覚えてないか?」
「それで寝ずに番をしてくれてたんですの?」

 ルイスはしばらく言いよどんだあと、ウソはつけないと悟ったのか素直にうなずく。

「そうだよ。怖い夢を見たら起こすって、約束したから」

 損な性格だ、本当に。
 それで、未来は破滅かもしれないんだから、浮かばれない。

「ありがとうございます。ありがとう、ルイス」
「……どういたしまして」

 胸がじくじくする。
 これで本当に、この人がなにもかもなくしてしまったら、私はなにもしなかった自分を責めるんだろう。
 私は知っていたのにって。

「私、ルイスに出逢えてよかった」

 とんだ運命のイタズラだったけれど。
 私のやりたいこと、やるべきこと、目の前の道が見えてきたような気がする。

「このご恩は、必ずお返しします」

 しっかり頭をさげて、お子様ランチに向き直る。

 家に帰ったら、考えることがいっぱいだ。
 私はこれからどうするべきか、どうしたいのか。どうやって動かしていくべきか。

 人生は一度きりだ。失敗はできない。

「とりあえず、ルイスは寝てきてくださいな」

 ルイスは諦めた顔して笑う。

「あとでそうするよ。リィルも起きたし」
「……寝坊してごめんなさい」
「いいよ。よく寝れたみたいで安心した」

 聖人がこの世にいたら、こんな姿をしているのでは?
 あまりにも眩しすぎる。

 もぐもぐと咀嚼していると、カウンターに頬杖をついていたアルバトロスと目が合う。にこーっと、アルバトロスは胡散臭く笑った。

「なんですの?」
「いんや? 将来いい女になりそうだなーって。俺、唾つけとこうかな」

 吹き出しそうになって、慌てて飲みこんだからグホッと変な音がした。

「……大丈夫か?」
「うっ、けほっ、なにを変な冗談を……」
「まぁ、冗談だけどさ」

 冗談なのかい。

 弄ばれた乙女心を抱えて憤慨する。

「私だって、軟派な男の人は嫌ですもの」

 ぷいっと、反抗心を燃やしてみる。弄ばれた復讐だ。

「おっ、リィルちゃんは硬派な男が好きなのか」
「硬派……」

 ルイスは硬派に入るのか?
 どちらかというと硬派か。軟派なイメージはないし。

「真面目で誠実な人が好きです」
「ふーん。それって、ルイスみたいな?」

 地雷スイッチを踏まれ、私は爆破した。

「なっ、なっ」
「リィルちゃんの好きなタイプって、ルイスじゃん。なぁ?」

 図星っ。あまりにもわかりやすすぎた私の好み!

「……なんで俺に振る」

 ルイスが嫌そうな目をした。心に百万のダメージを受けた。

「る、ルイスだなんて、一言もいっていませんものっ。そういう人っていっただけですものっ」
「わかったわかった。じゃあ他には?」
「他に?」
「そう。他になにか好みとか」
「えっと、えっと」

 あまりルイスを連想しないもの。なんだ?

「せ、背が高い人!」
「背?」
「そ、そうっ。180越えるくらいの!」

 ちなみにこれは、不思議な記憶のルイスの身長だ。たしか182とかだったような。
 今のルイスは160くらい。
 ほんとは、身長なんてなんでもいいんだけどね。
 でもまあ、ルイスのイメージから離れさせるには有効だろう。

 不思議な記憶のルイスだからルイスなんだけどさ。どこまでもルイスルイスルイス。私の中にはルイスしかない。頭の中はお花畑だ。

「そりゃまた具体的な。そういう人がいるのか?」
「えっ」

 身近に?
 うーんと考えて、思いつく。お兄さまがこの条件にすべて当てはまるのでは?

「えっと、いるといえば、います」

 実の兄だけど。

「……へぇ」

 えっ、なにその不満そうな返事。

「でも今180越えてるってことは、けっこう歳離れてるんだろ?」
「10個離れてます」
「そりゃだいぶ離れてるな。だいぶ」

 そりゃあ、間にお姉さまがいるからね。私は末っ子だ。今のところ。

「ふぅん。なるほどねぇ。ほーん」

 なんんだその意味ありげな目は。適当なこといってるのがバレた?

「と、ところで、ルイスたちは、どうしてアクアバースに?」

 私はごく自然に、話の種をばらまいた。
 ルイスが小さく笑って、ばらまかれた種に水を与えてくれる。

「黒い石を探してるんだ」
「黒い石?」
「そうそう。真っ黒の石の真ん中に、赤い模様が散ってる。リィルちゃん、見たことない?」

 黒い石に、赤い模様。
 私のコレクションの中にもなかった気がする。かなりのレアものか。

「赤い模様って、どんなのですの?」
「どんな? うーん、血?」

 血っ?!
 なんて物騒な石なんだ。そんな石を探してるなんて、悪い魔術でもするんじゃないだろうなっ?

「変な言い方するな。普通に、こう、稲妻型に模様が入ってるらしい」
「らしいってことは、見たことないんですの?」

 ルイスとアルバトロスが言葉に詰まった。

「違うんですの?」
「いや、まあそうだよ。俺たちもじっくり見たことはない。探してほしいって頼まれてるんだ」

 探してほしいって、頼まれた?
 私のライバルか!
 まだ見ぬ石コレクターに闘志を燃やす。

「アクアバースにそれらしきものがあるって情報をつかんだんだ」
「そうなんですのね。あの」
「うん?」
「あの、あの……ど、どのくらい、アクアバースにはおりますの?」

 ルイスは目をまるくした。
 バレバレか。もう一度会おうとしてる下心が丸見えか。

「ひと月、はいないと思うが、数週間はいるんじゃないか?」

 数週間か。微妙だな。

「20日、20日以降も、います?」
「20日? いると思うが……」

 なら、セーフ。

「20日になにかあるのか?」
「いえ、とくになにも」

 しれっとウソをついた。
 20日以降もいる。ということは、私は10歳の誕生日を迎え、地上に行けるようになる。
 それまでに計画を立てて、身の振り方を考えないと。

 もぐもぐとお子様ランチを食べていると、外から綺麗な音が聴こえてきた。

 
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