13 最後の夜

「うわぁっ、綺麗な音」
「おおっ、これはボブだな」

 ボブ?
 だれだったか。ボブ、ボブ……。
 あっ。マッチョのことかーっ!

「これはマッ……ボブが弾いてるんですの?」
「ああ。ボブはバイオリンが得意なんだ」

 ルイスが親切に解説してくれる。
 まさか、あのムキムキマッチョが、こんな繊細で物悲しい曲を奏でるなんて。人は見かけによらない。

「なんだか悲しい曲……」

 私の心までしんみりするじゃないか。

「そういやぁ、今朝頭の調子が悪いとかいってたような?」
「頭? 俺は髪が抜けたと聞いたな」

 ボブーっ!
 そういえば、私はボブに呪いをかけなかったかっ? 毛根が絶滅という人の心をえぐる呪い。
 なんてことをしたんだ、私は。
 どうやら、私にはまじないの力が宿っていたらしい。インチキ占い師ではなく、本物の占い師だった。

「ボブは大丈夫なんですの?」
「平気だろ。髪が一、二本抜けたくらい」
「いいえ。もしかしたら、百本とか、千本とか抜けたのかもっ。大変。どうしようっ」

 私の呪いのせいだ。

「そんな抜けてたか?」
「いやぁ……変わりないように見えたけどなぁ。つか、別に抜けても問題なくね? あいつ、スキンヘッドにしたいっていってたし」
「へ……そうなんですの?」
「髪が邪魔なんだってさ。逆に抜けて喜んでるんじゃねえの?」

 髪が抜けて喜ぶ?
 そんな変態がこの世にいたのか。

「そ、そうだったんですの」

 じゃあ、このもの悲しい曲はいったい。
 ただの気まぐれなのか。
 人騒がせな……。やれやれと安堵の息を吐いて、ぱくりとお子様ランチを頬張る。
 すると、アルバトロスが手際よくプリンにデコレーションしながら問いかけてきた。

「リィルちゃんは、なにか楽器弾けねぇの?」

 えっ。私?

「えっと、私は楽器はあんまり……。ハープなら少しは……」
「ハープ? ずいぶんと洒落た楽器だなぁ」

 海の中ではわりと定番なんです。

「ルイスたちは?」
「ルイスならバイオリン弾けるぜ」

 えっ!
 それは初耳だっ。不思議な記憶にもなかった。

「アル」
「なんだよ、いいじゃん。めったに弾かないけど、これがけっこう上手いんだぜ」
「えええっ。そうなんですのね。すごいっ」

 バイオリンを奏でるイケメン剣士……。
 どんどんルイスのイケメン属性が足されていく。

「リィルは、ハープでどんな曲弾くんだ?」
「えっ」

 ちょっとサボってたから、そこまで弾けないんだよね……。

「えっと、アクアトリッタとか、海の行進曲とか……」

 帰ったら練習しよう。

「ルイスはどんなの弾くんですの?」
「俺は……いろいろか?」

 答えになってないが?
 胡乱な目を向けていると、アルバトロスから助けが入る。

「ルイスの一番アレだろ。海のメイディーナ」

 知らない曲だ。

「どんな曲なんですの?」
「あれ、知らない? けっこう有名だよ。たまに劇になってたりするし。昔のお姫様の恋愛もの」
「そんなのがあるんですのねぇ」

 劇もあるのか。おもしろそう。
 地上へ行けるようになったら、観劇とかもしてみたい。

「まっ、だれが作ったか不明っていう、曰くつきの曲だけど」

 にたぁっと、アルバトロスが笑う。

「曰くつき……?」
「そ。かなり古い曲らしいけど、最近またブームになってるんだとか。で、作曲者は不明。しかもさ、そのラストがぐっちゃぐちゃに書き殴られてるとかで、未完成な曲らしい。原本には血がにじんでた、なんてウワサまであるんだぜ?」

 えっ、えっ。まさか、怖い話っ?!

「最初は柔らかな優しい曲なのに、最後は激しい悲しみの曲に変わって、ブツンっと、途切れてるんだとか」

 ひえっ。なにそれ。こわっ。

 その曲が一番好きだなんて。ルイス……。
 そっと、ルイスを見た。目が合うと、ニコッと微笑まれる。

「今度弾こうか?」
「い、いえっ。大丈夫です」

 ぶんぶん首を横に振って、拒絶を示す。
 断りはキッパリ、ハッキリと。

「ルイスはその曲をオリジナルアレンジしてるから、そんな怖くねえって」
「そ、そうなんですの」

 いや、でもなんか怖いじゃないか。
 聴いたら呪われる曲かもしれないし。
 ルイスの趣味はよくわからない……。

 そんな話を聞いたからか、その日の夜、私は目がギンギンに冴えて寝れなかった。

 ゴロンゴロンとルイスのベッドで寝返りをうつ。
 どうしよう。眠れない。目を閉じたら呪いの曲が聴こえてきそうなんだもの。

 ルイスは部屋の外にいる。
 明日には帰るし、ムダな譲り合いをしても困らせるだけなので、ベッド戦争は早々に私が折れた。

 起きてるだろうか。寝てるだろうか。

 そおっと、ベッドを抜け出す。足音がしないように歩いて、扉に耳をくっつけてみる。
 なにも音がしない。寝てるのだろうか。

「……眠れないのか?」

 ひえっ、起きてた。

「リィル?」

 私はおそるおそる扉を開いた。片目だけでじっとのぞいてみる。
 扉の前の壁に寄りかかって、片膝を立ててるルイスがいた。びっくりした顔をして、すぐに苦笑いに変わる。

「どうした?」
「う……それが……呪いの曲が」
「呪いの曲?」
「ね、眠れないんですの。こ、こわくて」

 目を閉じると、雄叫びのような声が聞こえる。苦しみに喉を掻きむしり、皮膚がえぐれ、血にまみれた手で曲を書き続ける亡霊がっ!

 ひぃ、想像してしまった。

「昨日もうなされてたな」
「それは、あんまり、覚えてなくて……」
「おいで」

 手招きされて、キィッと扉を開ける。
 ルイスの隣に座って、膝を抱えた。

「気晴らしにどこか行くか?」
「う、ごめんなさい。気を遣わせて」
「いいよ。気にしなくて」

 人の気配がすると、あまり怖くなくなる。
 膝を抱えたまま、目を閉じる。

「リィル? 寝れそうか?」
「……ルイスがいると、あまり怖くない気がするんですの」
「……」

 ふわふわと頭をなでられた。
 あ、寝れそう。

「ベッドにいったほうがいい」
「……でも……」

 呪いの曲が聴こえる。

「……部屋、入っていいか?」

 顔をあげる。思案する顔を浮かべてたルイスが、眉を下げて首をかしげた。

「ベッドのそばで寝るよ。近くにいたら、怖くないだろ?」

 こくりとうなずいた。

 ベッドに入って、ベッドの下の床に座ってるルイスのつむじを見る。ベッドの中に呼んだほうがいい? でもそれはルイスもいやだろうし。

「絶対絶対、そこにいてくださいね」

 朝起きていなかったら呪いをかけるからな。
 私はまじないが使えるんだ。ツルピカの呪い。

「いるよ。寝れそうか?」
「ん……たぶん」

 手を伸ばして、さわさわとルイスの髪や耳を触る。

「こら」

 そんな優しい怒り方があるか。

「ルイスって、あんまり怒らないんですのね。わがままばかりで鬱陶しいとか、思わないんですの?」
「思わないな。でも、勘違いしてるようだけど、俺もわりと怒るほうだよ」

 なるほど。逆に知らない子だから遠慮してる的なやつか。

「二日間、いっぱい迷惑かけてごめんなさい。助けてくださって、ありがとうございました」
「……うん」
「最後に、聞いてもいいですの?」

 しばらくの沈黙のあとに、「なに?」と優しく返ってきた。

「ルイスの、一番大切なものって、なんですの?」
「仲間だよ。それから、ガルには返せないほどの恩がある」
「そうなんですのね」

 よし、腹は決まった。

「どうしてそんなことを?」
「いいえ。なんでもないんですの」

 ぐっと布団を引きあげて、目を閉じる。
 明日、アクアバースに到着するはずだ。そうしたら、ここを出て、海の中に戻って、私は、私に出来ることをするんだ。

「おやすみ、リィル」
「……おやすみなさい」

 結局、私はまた寝坊して、起きたらアクアバースに到着していた。
 

 
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