14 アクアバース

「忘れものはないか?」
「大丈夫です」

 最初に着ていた服に着替え、全身をチェック。髪飾りはなくしたし、私が持っていたものといえば、この服だけだ。

「じゃあ、行こうか」

 差し出された手を握って、みんなに別れを告げ、私は船を降りた。

 鬱蒼うっそうと生い茂る森の中、ルイスとはぐれないよう、握ってる手に力をこめる。

 ルイスたちは街中ではなく、西にある森の中に着陸したらしい。
 まあ、空飛ぶ船を手放しに歓迎する場所はないし、しかたない。

 少し先を歩くルイスが、草を踏み均してくれる。
 飛び出ている木や葉も手で押しのけて歩きやすくしてくれるし、本当に至れり尽くせりだ。

 しばらく歩くと、森を抜け、石畳の道に出た。目の前には大きな広場だ。
 街に到着だ!

「うわぁっ」

 真っ白な壁に、青い屋根が映える。
 街行く人のカラフルな服が、魚の尾びれのように、ひらりひらりと揺れていた。

 ここが、地上! 街!
 活気があって、青い屋根がちょっと上品で、人の笑顔で溢れる楽しそうな街。不思議な記憶にも登場していた。
 たしか……。

『嘘と真実と偽りの街』

 という紹介がされてたような。

 曰く付きのにおいがプンプンだった。
 実際、この街には裏の世界がある。

 ぐるりと目だけで街の様子を見る。
 大きな広場では、ピンクと水色のポップな色をしたワゴンでアイスが売られている。ほかにも、ワッフルだとか、ホットドッグだとか売ってるワゴン屋台がある。

 ここは海の使族のお膝元だから、一番物流が盛んな街だ。なにせ、港がある。海の使族の許可を得た商船が続々とやってくる、選ばれし街でもあるのだ。
 あちこちからいろんな物が入ってくるし、住んでいる人も、それを誇りに思っている。

 世界中の憧れの街だもんね。

 ただ、その裏では闇取引きだとか、闇オークションが開催されていたりする。
 物流が盛んだから、変な人も監視の目を掻い潜って、ふらりとやってくる。海の使族の許可を得ていない密輸船なんかも紛れているという話だ。
 栄えてる場所に闇が蔓延るのは、どこも一緒なんだろう。

「あそこが第三広場だ。家の場所はわかるか?」
「大丈夫です。ありがとうございました」

 これでルイスともお別れか。
 寂しいような、正体がバレなくてほっとしたような。

「あの、それじゃあ……」
「人も多いし、家の近くまで送るよ」

 ええっ。ありがた迷惑!
 私だって送ってもらいたい。最後のギリギリまでルイスといたい。けどっ。

 私の家は、海の中にあるんだ。

 ルイスの全身からにじみ出る善人オーラにふらりとよろめく。
 ルイスが光輝けば輝くほど、ウソを塗り重ねる私の心の醜さが際立つ。

「本当に、すぐそこですので。気にしないでくださいな」
「さすがに子ども一人歩かせるのはな。連れ去られたら、どうするんだ?」

 こんなに人が多かったら逆に大丈夫じゃないか?

「大丈夫です。ルイスが心配性なだけですもの」

 ルイスは口もとに親指を添え、考える仕草をした。そして、チラリと私を見下ろす。

「やっぱりダメだ。家はどっちだ?」

 いい人すぎて悪人には眩しすぎる。

 私がウソつきじゃなければ、ルイスに「家はここよ」と、海をさして手前でさよならできるのに。
 それか、この街に別荘でもあったらよかったのに。今度お父上さまに相談してみようか。
 偽りの仮住まい。

「この街はけっこう広い。子ども足だと、端から端まで一日以上かかる」
「でも……」

 どうしよう。
 もしかして、微妙に怪しまれてる?
 適当な家を示して、ここが私の家ですっていって帰ってもらうか。

 うーん、と考えこんでいると、突然、真横の家の扉が開き、怒鳴り声が聞こえた。

「何度来ても無駄だ! 帰れっ!」
「うわっ」

 突き飛ばされた青年が、こちらに倒れこんできて……って、潰れるっ。
 頭をガードしようと、両手で頭を抱えた。
 目を閉じて衝撃に備えていると、だれかの腕がするりと脇の下に巻きついて、引き寄せられる。

「わ、わっ」

 おそるおそる目をあける。ルイスのドアップがあった。
 なんと、ルイスはあの急なアクシデントにばっちり対応していたらしい。私をかばうように回りこみ、さらに反対の手で突き飛ばされた青年も支えていた。

「大丈夫か?」

 心配そうに顔をのぞきこまれ、トキメキメーターがぶち上がった。

「だ、大丈夫です。ありがとうございます……」

 心の中では荘厳そうごんな歌が響き渡る。
 イケメンに捧げる賛美歌だ。

「あんたも大丈夫か」

 心の中で悶えている間に、ルイスは突き飛ばされた青年にも声をかけていた。

「は、はい。大丈夫です。ありがとうございました」
「子どもがいるんだ。気をつけてくれ」
「わ、悪かった。お嬢ちゃんびっくりさせてごめんな」
「いえ。怪我もないですもの」

 ルイスに護られるという貴重な経験ができたので、バッチグーです。ありがとうございます。

「それより、どうしたんですの? 揉めていたようですけれど……」

 問いかけてから、面倒ごとに首を突っこんだかもとハッとする。
 なかったことにしようとする前に、青年が「聞いてくださいよっ!」と、すがりついてきた。子どもにすがりつく青年。絵面がよくない。

「う、なんですの?」

 話だけでも聞くか。9歳の子どもでも愚痴を聞くくらいならできる。
 でも、ルイスを付き合わせるのは申し訳ない。帰ってもらおう。

「あの、ルイス。もう大丈夫ですので……」
「うん?」

 私の話をさえぎって、 ルイスは笑顔で威圧した。
 一緒にお話を聞きましょうか。
 私は青年に向き直った。

「実は……」

 そうして、青年は語り出した。

 絶対に大ヒットする商品を発明したのに、まともに取り合ってもらえないと。
 そう。
 海の使族にっ!

 ドッキーンッと心臓が飛び出し、冷や汗が吹き出た。なぜ。なぜ今、海の使族の名前が出るっ?

「さっきの方は?」

 私は心の中で冷や汗を流しながら、チラリと家を見る。

「街の役人です。海の向こうで商売をしたいといっても、海の使族の許可がなければダメだと跳ね除けられてしまって……」

 それは、そう。
 そういう決まりだからね。そうやって人を縛り付けることで頂点に立ってるのが、海の使族だからね。

「許可をとったらいいのでは?」
「簡単にいわないでくださいよ……。許可を取ろうにも、彼らは忙しいからこんなものに時間をかける暇はないって、一蹴されるんですから」

 海の使族に届く前に止められてるってことか?

「じゃあ、諦めてこの街だけで商売するとか……」

 商売すること自体は自由だ。
 海を渡るのが、許可がいるだけで。

 青年は思いっきり不満そうに口を曲げた。

「たしかに。この街にも材料はあります。だけど、海の向こう側だぞっ? 材料の宝庫に決まってる!」

 興奮しているのか、敬語が吹き飛んでいる。瞳をギラギラと燃やし、拳を握って気合の入ったポーズをとっている。とんでもない熱意だ。

「新たな材料がほしいから海を渡りたい、ってことですの?」
「もちろんっ! 研究者なら、誰もが夢を見るんです! 新たな植物、鉱石、生きもの。ああ、成分を分解して分解して分解して、この世のすべてを溶かしてしまいたいっ」

 欲望に顔をとろけさせ、男は幻のよだれをたらす。
 思考がマッドサイエンティストぽい。危険だ。
 ドン引きしてると、男はごほんと咳払いした。

「まあ、そういうわけなんですよ。僕は新たな材料がほしい。そのために、海の向こう側に行きたい」

 たしかに、一理ある。
 未開拓の土地もいっぱいあるしね。
 それにこの世界は不思議いっぱいの宝庫だ。人食い花とか、笑うパイナポーとか、人を眠らせる草とか。ほかにもいーーっぱい。

 考えていると、青年は悔しそうに歯切りした。情熱で燃えたぎっていた瞳に、憎しみが宿る。

「くそっくそっ。あんな法律さえなければ、今ごろ!」

 げげっ。これはまさに、憎悪が海の使族に向かう瞬間! そうか。こうやって恨まれていくのかっ!

 ルイスも見てるし、気まずすぎる。
 どうしよう。このままではさらに海の使族の悪評が広まってしまう。上手くこの場をおさめなければっ。

「どんな商品を発明したんですの?」
「え?」
「とってもいいものなんでしょう? 見せてくださいな」

 青年はパアッと瞳を輝かせ、意気揚々とプレゼンをはじめた。

「僕が開発したのは、どんな相手もメロメロにする、メロシャンプー!」

 どんな相手もっ、メロメロにするっ?!
 私の心は激しく揺さぶられた。
 隣にいたルイスが、「それは無理だろう」と、呆れた顔をした。

「どんな香りですの?」
「……リィル?」

 ルイスは無視して、青年に食らいつく。

「おおっ。気になります? 嬢ちゃん見る目あるねぇ! サンプルあるよ。ほら」

 指ほどの大きさの小瓶に入った液体が差し出された。
 受け取ってあけて、匂いを嗅ぐ。
 うわっ、すっっごく、いい匂い。
 ふんわりと優しい、甘い香りだ。

「どんな香りだ?」
「甘い香りですの」

 ルイスにも匂いを嗅がせる。
 くんくんと鼻を動かしたルイスも、驚いた顔をした。

「たしかにいい香りだな。でも、そこまで甘くはなかったような」
「そうなんですの? 私は甘いスイーツのような香りがしました」
「俺は、石鹸のような……まぁ、少し甘さもあるか……」

 首をかしげてもう一度嗅いでみる。
 ん?
 匂いが変わった?
 というか、どこかで嗅いだことある匂いのような。爽やかで、少し甘くてクセになる香り。

 って、これ、ルイスの匂いじゃないか?

「ふっふっふ。これは、嗅いだ者によって、匂いが変わる、特別製なのです」
「匂いが変わる?」
「嗅いだ者の好みの香りに変わるんですよ。正確には、望んだ香りになるんです。森にあるヘラの花の習性を利用し、改良した特別品です!」

 なんとっ!
 この青年、ちょっとくたびれた見た目によらず、本当に発明する天才だったのかっ。

「ヘラの花って、毒性がなかったか?」

 げげっ、そうなのか。嗅いじゃったけど。安全なのか?

「その問題はもちろん解決済みです。毒性を抜き、習性だけを上手く抽出しました。どうです? すごいでしょうっ?」

 たしかにすごい。
 なにより……。
 あの、ルイスが、さっきから何度も匂いを嗅いでいる。私は横目にギンっとルイスを見た。

「これが売り出されれば、絶対大ヒット間違いないのに。くそぉっ」

 悔しそうに歯噛みしている青年に、神の手を伸ばす。

「私がなんとかしましょう」
「……へ」
「お名前と住所を教えてくださいな。また改めて連絡します」
「えっ、えっ」
「ちなみにこれは、ポプリのようなものもつくれますか?」
「えっ。それは、つくれると思いますが……」

 ほほぅ。なるほど。
 ポプリとして持ち歩けば、ルイスの匂いがいつでもそこに。そして、『好きな人の香りを、いつもあなたのそばに』というキャッチコピーで売り出せば、間違いなく、売れるっ!

「私が橋渡しをします。私はこれでも、そこそこの力をもっているのです」

 海の使族ですから。
 青年はポカンと口をあけたあと、ハッとした顔をして私を見た。

「あなたが……?」
「この子は商家の子だ」

 ルイスが私のウソを広める。

 青年は雷に打たれた顔をして、その場にひざまずいた。

「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 名刺がないというので、その場で書き殴られたメモを受け取り、青年に別れを告げる。あとでこのメモに保護をかけないと。

 メモ片手に、くるりとルイスを振り返る。

「やることができましたので、ここで大丈夫です。送ってくださって、ありがとうございました」

 ルイスは迷うような顔をして、やがて息を吐きながら苦笑いした。

「わかった。気をつけて」
「はい。いつか必ず、この恩返しはしますので。それじゃあ……」

 少し名残惜しいけれど、ルイスに頭を下げて歩き出す。
 曲がり角を曲がる前に、振り返る。
 ルイスはまだそこにいたから、大きく手を振った。

 さてと、帰りますか。
 海の中へ。

 
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