15 海の住人たち

 ルイスと別れ、港とは真逆に歩き、人のいない場所を探して街を少し外れた場所へとやってくる。
 切り立った崖を囲むように落下防止用の柵が建てられているそこには、たくさんの墓石。

 そう、まさかの、人のいない場所が墓地しかなかったのだ。

 よかった、今が夜じゃなくて。
 真夜中にこんな場所へ来てたら、不気味なうめき声とか聞いてしまってたかもしれない。
 力を使って早く着くようにしてくれたルイスに感謝だ。

 私は素早く、かつ、自然に柵へ近づく。
 サッと周囲に視線を走らせた。
 よし、だれもいない。

 もらったメモに海の加護を授ける。
 これで、このメモは水からの影響を受けなくなる。
 そして、もう一度人がいないことを確認して、木製の塀をよじのぼり、海にダイブした。

「アマサーク・エデッセ」

 ざぶんっと波が揺らめき、水が伸びてくる。
 抱きしめるように包まれ、そのまま海の中に引きこまれた。

 ぐんぐん泳いで、我が家を目指す。
 まだ明るい時間だから、太陽花も輝いていた。
 それにしても、久しぶりの海の水が気持ちいい。
 生き返るーっ。

 深く深く潜っていくと、やがて、水がなくなり、キラリと光を反射する大きな膜があらわれた。

 街全体を覆う、二層のドーム型の膜。
 海の使族の力で割られた海が、膜にあたる前に、天蓋のようにさらさらと四方へ流れていく。
 時おりこぼれ落ちた雫が、ぱあんっと弾けてキラキラを振りまく。

 海の楽園といわれるこの街こそ、我がクラッド家の住む街、アクアドリーム。

 海の中なのに、水がなく。頭の上に海が広がってる、海底水族館。

 この街には、海の使族ではない人も多くいる。
 海の使族が、地上から連れてきた人たち。
 まぁ、人といっても、普通の人ではないのだけれど。

 手が長いとか、首が長いとか、体が大きいとか、尻尾があるとか。
 なにかしらが原因で、地上で爪弾きにあってしまった人たち。
 そういう人が、ひっそりと暮らしている。

 彼らはお父上さまたちが授けた加護で、海の中でも生活できる。
 でも、食べるものとか、生活様式の違いもあるし、土があったほうが安心するだろうってことで、こうして海の中に地上のような街をつくっているのだ。

 海の使族の手が入ってるこの街は、とにかく幻想的でメルヘンチック。
 童話の中の海の世界そのもの。
 今はすっかり見慣れてしまったけれど、オーロラ貝を材料に造られた建物は、淡く光っててとってもきれい。

 まさに、乙女の夢!

 海底に足をつけ、膜を突き抜ける。ぼわんっと、体にまとわりついていた水が弾かれた。
 そして、もうひとつの膜を突き抜ける。
 またぼわんっと抵抗があって、すぐに空気が変わる。

 街の中に入ったときには、その場に人が溢れ返っていた。

「リィル様?」
「リィル様だ、リィル様がっ! オルキ様にご連絡をっ」

 混乱している街の人たちが押し寄せてくる。

「えっと……。た、ただいま」

 膝をついて、ボロボロと泣きはじめた人たちもいた。
 神に祈りを捧げるように手を組んでいる人もいる。
 インチキ占い師の次は、教祖に格上げか?

 話を聞くと、どうやら私は死んだのではとウワサされていたらしい。

 夜になっても私が帰らず、クラッド家は大混乱になったのだとか。
 そこに、パウロが取り乱して戻ってきて、ことのあらましを聞いたお父上さまが向かったけれど、そこにはなにもなかったと。

 お父上さま迎えに来てくれてたの?
 じゃあ、動かず待ってれば帰れた?
 頭を抱えていると、ざっと人の波が割れる。

「なーんだ、あなた、生きてたの?」

 げげっ。なんでこいつがここに。

 真っ赤なウェーブした長い髪と、口もとのホクロが印象的な、ツリ目がちな少女。
 私の一個上、グリタ・シーリア。

 私と同じ、海の使族だ。
 ただし、仲はとっても悪い。とっても。

「死んだと思ってたのに、残念」

 長い髪を指先に巻きつけながら、グリタはそういった。もちろん、いわれっぱなしではいられない。

「私だって、あなたの顔なんて二度と見たくないと思ってたのに、残念」
「なんですって?!」
「なによ」

 バチバチと睨みあう。

「今日という今日こそ、決着をつけてあげるわ。決闘よ!」
「のぞむところ……」

 いいかけて、ハッとする。
 まずい。海の使族の証、なくしたんだった!

 コホンっと咳払いして、上品に見えるようゆるく微笑む。

「決闘だなんて、野蛮ですのね。私はあなたの相手をしているヒマなんてないんですの」
「なっ! いつもしてるでしょっ? なにを今さら……」

 顔を真っ赤にしてるグリタに向かって、ふふんと笑う。

 海の使族の証をなくしたなんて、死んでもいえない。笑いものの上にボコボコだ。
 どう切り抜けようか考えていると、奥からバタバタと人が走ってきた。

 私よりも濃い栗色のやわらかな髪。私と同じ、アイスブルーの瞳。温厚そうな顔立ちのイケメン。

「お兄さまっ!」

 なぜお兄さまがここに?

「リィル! 本物かっ?」

 私の前に膝をついたお兄さまが、ぐにぐにと私の顔を引っ張る。痛いです、お兄さま。

「痛いか?」
「痛いです」
「夢じゃない……」

 お兄さま、どうして私の顔で確認したんですの?

 胡乱な目をしていると、苦しいくらい抱きしめられる。

「この大バカっ。困ったときは動くなと教えただろうっ?」

 それは、すみません。

「父上からリィルがいなくなったと連絡が来て、肝を冷やしたよ」
「それで帰ってきたんですの?」
「そうだよ。まったく、お転婆もほどほどにしないか。怪我はないのか」

 じっと、お兄さまが私の顔をのぞきこむ。
 じぃっと目を見て口の中を見て手を見て足を見て……って、医者か!

「お兄さま、そんなに見なくても大丈夫です。怪我ひとつありませんもの」
「本当に?」

 本当です。
 感動の再会もそこそこ、私は気になっていたことを尋ねる。てっきり街の周りにいるのかと思っていたけど、いなかったからね。

「お兄さま、パウロはどちらにおりますの?」
「ああ、それなら、もういないよ」

 ……はい?
 なんか、よくない言葉が聞こえたような……。

 そろっと、お兄さまを見る。お兄さまは目が合うとニコリと笑った。

「パウロは死んだよ」
「えっ」
「海の使族を見捨てて逃げてきたんだ。当然だろう?」

 浴びせられた言葉に血の気が引く。
 胃の奥がヒヤッとした。

「逃げたなんてっ。私が、私がパウロを逃がして……っ」

 必死になってお兄さまに食らいつくと、お兄さまはぷるぷる震え、吹き出した。

「あっはっはっ! 冗談だよ。ずっと泣いているから、リィルの部屋に水槽を用意させた。そこにいるよ」

 ドッと冷や汗が吹き出た。
 なんてタチの悪い冗談をいうんだ。長旅から帰った妹をもっと労わってくれ。

「こんなときに、笑えない冗談やめてくださいな」
「ごめんごめん。リィルがあまり反省してないようだったから、ちょっと意地悪したくなったんだ。反省したかい?」

 お兄さまがひょいと私を抱きあげる。

「そう膨れないで」
「お兄さまのこと嫌いになりました」
「リィルは僕たちがどれだけ海を探し回ったか、知らないだろう? 父上なんて、泣きすぎて体の水分が残ってないんじゃないかい?」
「それは……」

 反論しかけて、ああそうかと口を閉じる。
 ぎゅうっと、お兄さまの首にしがみついた。

「ごめんなさい、心配かけて。探してくださって、ありがとうございます」
「うん。無事でよかった」

 よしよしと頭をなでられて、ぐりぐりとお兄さまの肩に顔を押しつけた。

「みんなも、もう大丈夫だからいつも通りの生活に戻ってくれ。グリタも家に戻ろう」

 睨むように私を見てたグリタが、ニコニコとお兄さまについていく。

「お兄さま、どうしてグリタがいるんですの?」
「リィルがいなくなったと、招集がかかったんだ。あちこちで手分けして捜してくれてたんだよ」

 なんてこった。そうだったのか。
 まさか呑気に空を旅していたとはいえない。

「まぁ、もうすぐリィルの誕生日だったから、みんなこっちにくる準備はしてたみたいだけど」

 その言葉に、嫌な予感が広がる。

 あの不思議な記憶を思い出したとき、私はある要件のために父上の部屋に行った。
 正真正銘、私のハッピーな誕生日のために必要なことだった。のにっ。
 ルイスに気を取られて、交渉するのを忘れた気がするっ!

「ああ、そうだ。彼も来てるよ」

 ギクリと肩がゆれる。
 嫌な予感をビシビシと感じる。
 私は一縷の望みをかけて、お兄さまに問いかける。

「……だれですの?」
「ヴァル。同じ場所にいたから、一緒に来たんだ」

 ああああっ、やっぱり! そうだと思った!
 私の淡い期待は木っ端微塵に砕けた。

「ああ、ほら。ウワサをすれば」

 お兄さまがクイと示した方には、立ち姿からして偉そうな男がいた。そして、こちらに向かって大股で歩いてくる。
 黒い髪にアイスブルーの瞳。冷たさを感じる風貌そのまま、人を見下すのが好きな嫌味な男。ルイスが14だから、ルイスのひとつ下か。

 ヴァル・アクアブラッド。

 海の御三家、アクアブラッド家の次期当主。
 切れ長の冷たい目がかっこいいと、影でキャーキャーいわれてるらしい。冷たい目がかっこいいとは?
 ゴミを見るような目で見られるのが趣味なら話は別だけど、私には理解できない。

 それに、どう考えても、お兄さまのほうがカッコいい。

「おまえ……生きてたのか」

 お兄さまにくっつき虫をしてる私を見て、嫌味男はそんなことをいった。

「お久しぶりですね」
「はっ、ピンピンしてるじゃねぇか。人騒がせなヤツ」

 嫌味ったらしいいいかた。どうせこの男も、私が死んでたらよかったのにって思ってるんだ。
 私は話をしたくないと、つーんと顔を背けた。

「こら。リィル。そんな態度はないだろう? ヴァルは血眼になって探してくれてたんだから」
「ウソ。お兄さま、こんなやつの肩持つことないのに」
「本当だよ。必死になってて、かわいかった。リィルにも見せてあげたかったな」

 本当に?
 そっとヴァルを見る。

「んなわけねぇだろ」

 違うらしいが?
 お兄さまを見ると肩をすくめる。

「だいたい、生きてたなら連絡くらいしろよ。のんきな顔して帰ってきやがって。こっちはいい迷惑だ」

 ヴァルは眉間にシワを刻みながら舌打ちした。

 やっぱり必死に探してたなんてウソだ。

 べーっと舌を出してお兄さまにしがみつく。
 お兄さまがやれやれとため息をついた。

「で、おまえ、どこにいたんだ?」
「どこって……」
「魚たちにも協力してもらって、ほとんどの海は探したんだよ。でも、いなかった。どこにいた?」

 鋭い瞳が、ウソを見抜くかのごとく私をつらぬく。

 この目、だいぶ怪しんでいるな。
 私が海にいなかったこと、気づいているのでは?

 ルイスたちのこと誤魔化そうと思ってたけれど、これは逆手に取ったほうがいいかも。

 いわなくても、いずれたどり着く可能性がある。そうなったほうが、危険がおよびそうだ。

「おい、リィル」

 私はサッと顔ぶれを見る。ヴァルにお兄さまにグリタ。
 ……だめだな。私に絶対的な忠誠を誓ってくれる、巨大な後ろ盾がいない。

 私はにこやかに笑ってウソをつく。

「迷子になっていたから、どこにいたかはわからないんですの」
「海の中を泳いでたなら、魚たちが見つけたはずだ」
「不思議なこともあるものねぇ、ほほほ」

 そりゃあ、私の心に下心の悪魔が宿ってたからね。私は欲望のままに空にいた。

 ヴァルは眉間にシワを刻んだまま黙りこんだ。

「探してくださってありがとうございます。たくさん迷惑をかけたのも、申し訳なかったと反省してます」

 頭を下げると、ヴァルは当然とばかりに鼻を鳴らした。
 ムカつくけど、一応探してくれていたみたいだし、気にしない気にしない。

「ったく。変に自由を与えるからこうなるんだ。首輪でも付けて檻にぶち込んだほうがいいんじゃないか?」

 なんてこというんだ、この男は。
 頭が狂ってるんじゃないか?

「そうだね。何度も続くようなら検討するよ」
「……お兄さま?」

 我が兄はニコニコと笑いながら小首をかしげた。

 ……忘れかけてたけど、海の使族は悪役だったな。
 そしてこの思考は、典型的な悪役だ。檻に入れて幽閉。いかにもラスボスがやりそうなことだ。

 そんなことをしてたら破滅するぞといっても聞いてもらえないだろうし、先が思いやられる……。

 
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