16 根回しとファンクラブ会員

 我が家にたどり着くと、干からびた父上が貝殻ベッドの上で倒れていた。

「お父上さまっ?」

 なんてことだ! 体から水という水がしぼり尽くされている。しぼりたて雑巾みたいだ!
 ベッドに寝ている父上をゆさぶる。

「お父上さま、しっかりしてくださいな」
「リィル、リィル……リィルっ?」

 カッと目を開き、父上が復活した。
 私の顔を見て、悟りを開いた仙人のような顔でほほ笑む。

「リィル、父上はもう死んだのかい? ああ、迎えに来てくれたんだね。父上のかわいいリィル」

 勝手に殺すな。

「お父上さま、私は生きておりますの。このとおり、怪我ひとつしてませんもの」
「リィル、父上はいい夢を見ているようだ……」

 遠くを見つめて妄想に浸っている父上から手を離し、放置する。代わりにお兄さまが父上に近づいた。

「父上、本当ですよ。リィルは帰ってきたんです。ほら、いいかげん起きて」

 お兄さまはバシンっと、父上のおなかをたたいた。たたかれた父上は、電流でも浴びたかのように震え、止まる。
 そして、私を見た。

「リィル、リィル! 生きてたのかいっ? 父上はてっきり、リィルは死んだんだと」

 父上がおいおいと獣のように泣きながら追いすがってくる。

「いったい、どこにいたんだい?!」

 きたっ! その言葉を待ってたっ。
 
 父上のその言葉に、さりげなく私に視線が集まってくる。お兄さまやヴァルたちのだ。
 きっと、お兄さまたちは、私がどこにいたのかある程度の予想ができている。
 だからこそ、勝手なことができないように、今、ここで、はっきりと釘を刺しておく必要がある。

 私は目を閉じて精神統一し、集中する。そして悲しいことを思い浮かべつつ目を開き、瞳に力を入れて涙の準備をする。

「お父上さま……」

 眉を下げて父上を見ると、父上はぎょっとした顔をした。

「ど、どうしたんだい? 悲しいことがあったのかい?」
「私、死んじゃうところだったんですの」

 ハラハラと涙を流せたら大女優だったけど、しょせん私は大根役者。
 涙は流れ落ちなかったので儚げにうつむいて誤魔化した。

 あっぱれな大根演技でも、私大好きファンクラブ会員一号の父上は盲目に信仰した。

「リィル……っ! 怖い思いをしたんだね。大丈夫かい? 怪我はっ、怪我はないのかい?」
「大丈夫です。親切な方が、私を助けてくれたんですの」

 純粋無垢に見えるよう、にこりと微笑む。

 圧倒的に不利な状況で、私がルイスたちのためにできることは少ない。
 災厄を跳ねのける小さな防波堤をつくることくらいだ。

「私の、命の大恩人です。お父上さま」
「そ、そうかっ。リィルの恩人なら、父上の恩人だ。いったい誰だい? サメかシャチか……ああ、リィルが仲良くしている海馬かいばかい?」

 残念だが全部はずれだ。

「本当に、恩人だと思ってくれますか?」
「もちろんだ!」
「本当に本当に本当に?」
「リィル……? どうしてそんなに確認をするんだい?」

 おっと、必死になりすぎて怪しまれた。

「お父上さまにウソをつかれたら、悲しいからです。お父上さまを嫌いになりたくないんです……」
「き、嫌っ!? 父上がっ、リィルにウソをつくはずがないだろうっ?」

 ファンクラブ会員一号は身の潔白を訴える。

「だれに助けられたんだい? 名前は?」

 ニヤリと笑いそうになるのを堪える。

「渡り鳥、レイヴン」

 父上が息を飲んだ。

「渡り鳥レイヴン──風使いがいるところか」
「まあっ、お父上さまもご存知ですの?」

 なんてこった。
 ルイスのこと、バッチリ覚えていたのか。
 まさか、レイヴン壊滅事件に海の使族が関わってたりしないよね?

「あ、ああ。まあ、彼は少し特別だからね」

 特別?

「でも、そうか。リィルが……そうか」

 ブツブツと呟くお父上さまに、最後の畳みかけをする。

「彼らになにかあったら、私は……」
「だ、大丈夫。父上に任せなさい。かわいいリィルの恩人だ」

 盛大な勝利のゴングが鳴り響いた。
 よしっ。クラッド家トップを味方につけた。なによりも強力な後ろ盾だ。父上は親バカだけど権力はたっぷり持っている。お兄さまやヴァルたちよりも。

「あ、彼らは私が海の使族だって知らないので、勝手なことはしないでくださいな。なにかするならまず私に報告を」

 最後の釘を刺し、私はファイトを終えた。
 じぃっと突き刺す視線を背後から感じる。
 お兄さまたちだ。

「どこにいたか、わからないんじゃなかったのかよ」
「今思い出したんですの」

 お兄さまは私を抱きあげながら、苦笑する。

「まいったな。一本取られたよ」

 そして、そこからは、父上の嘆きによって集まってくれていた人たち一人一人に、頭を下げてまわった。ご迷惑をおかけしました、と。

 あいさつ回りの中で、海の御三家が集まっていたことにギョッとした。

 まさかこんなに大事になっていたとは。

 しかも、私の誕生日パーティーが、葬式になるところだったというんだから、縁起でもない。

 ひととおりのあいさつを終えたあとは、聞き取りという名の尋問がはじまった。

 各家のトップが集まり、なにがあったのか、なにが起きたのか、どこにいたのかなどを追及される。

 渡り鳥にいた、という話をしたときは、ざわついた。渡り鳥の扱いは、海の使族のなかでも意見がわかれていたらしい。
 まあ、あらかじめ父上を味方につけていたから、渡り鳥レイヴンは私の命の恩人として丁重に扱われることになった。

 ちょっと気になったのは、『風使い』にみんなが反応したこと。風使いになにかあるのか?
 不思議な記憶にはとくになかったけど……。
 要調査だ。ルイスに関わるからね。

 中でも一番問題になったのは、大ダコに襲われたという話だ。
 海の使族が襲われるなんて、前代未聞だもんね。
 私はそのときの話を、できるかぎり細かく話した。

「ふむ。なるほど、わかった。リィル嬢には、しばらくの間、監……護衛をつけよう」

 今、監視といいそうになったな?

「ヴァル。こっちに」

 げ、まさか、監視って、こいつのことっ?
 一応会議にも参加していた、スラッとした黒髪青眼男が前に立った。

「我がアクアブラッド家、次期当主、ヴァル・アクアブラッドだ。愚息ながら、腕はオルキ殿の次くらいとはいえる。歳も近いし、気楽にすごせるだろう」

 いいえ、まったく。
 そんな嫌味男がついてたら、気が休まるどころか、じめじめゴンタ虫になってしまう。

 私はすぐさま異議あり宣言をした。

「護衛でしたら、お兄さまのほうがずーーーーっと、心が休まります。お兄さまを希望します」

 私の意見は味方後方から爆撃される。

「リィル、僕は調査にでなきゃならないんだ。この近海で起こったことだからね」
「そんな……」

 お兄さまじゃなきゃいやだ!

「でしたら、ずっと部屋にいます。護衛は必要ありません」

 キッパリ宣言すると、お兄さまに脇を突っつかれる。

「リィル。アクアブラッド家の顔も立ててあげて」

 ええーっ。やだーっ!

 心の悲鳴は届かず。
 ひくひく口もとが痙攣しているおじさまを見て、私は泣く泣く、「わかりました」と了承した。心はバキバキだ。

 部屋に戻ろうとすると、護衛という名の監視がついてくる。

「ついて来ないでくださいな」
「見張ってろって命令だ」
「ココは私の家ですもの。必要ありません」
「おまえ、いつも家抜け出してるんだろ? 信用されてねぇんだよ」

 正論。正論のタコ殴りだ。私は瀕死だ。

「だって、今まで襲われたことなんて、一度もないですもの」
「わかってる。だから全員焦ってるんだろ」

 おや、意外と責められなかった。

「そのタコ、黒いまだら模様だったっていったな?」
「ええ。それと、力が弾かれるような、不思議な感じが……」

 話しているうちに、私の部屋についた。
 ようやく楽園に到着したか。

「ここまででけっこうです。送ってくださってありがとうございました。それでは」

 認証盤に手をかざす。もくもくシールドが晴れた瞬間、酷い獣のうめき声のようなものが聞こえた。
 なにっ? どうしたっ?! なんの声だっ?

「ひぃっ、なにっ」

 私はとっさに後ろにいたヴァルを盾にした。

「おい」
「変な声が聞こえるんですの! 見てくださいな」
「変な声? ああ。おまえんとこの魚だ。名前は……パウロ?」

 ええっ。この獣のような声、パウロなのっ?
 私は慌てて部屋に入った。
 部屋の真ん中に、大きめの水槽がある。そこに、まるくなったまま、不思議な雄叫びをあげる魚が。

「ぱ、パウロ?」

 パウロ、パウロなのか。この不気味な声は。

「ヴえ、リィルざま?」

 ひどい声だな。でも、たしかにパウロだ。

「パウロ! あなたどうしたんですの。声が怪物みたいに!」
「まぼろじ?」
「いいえ。本物です」

 パウロはこぼれ落ちそうなほど目を見開いた。

「リィルざま!」
「パウロ〜! 無事でよかった」

 パウロはひどい声で泣き続け、やがて眠ってしまった。互いの勇姿を称え合う話はまたにしよう。

 ふぅ、とベッドに腰かけると、「おい」と声がした。
 ヴァルだった。ベッド近くにやってくる。

「なっ、勝手に入って来ないでくださいな」

 しっしと追い払う仕草をするが、ヴァルは無視だ。

「おまえ、髪飾りはどうした?」

 げげっ、なぜそれに気づいた?!
 意外と目ざとい。

「まさか、その渡り鳥に渡したんじゃないだろうな?」
「まさかっ」
「じゃあどうしてつけてない? 奪われたのか?」
「そんなことする人たちじゃありません。今日はたまたま、つけてないだけですもの」

 ヴァルは目を細める。

「なくしたのか?」

 心臓が口から飛び出るかと思った。
 私は口をぎゅっと結び、黙秘した。
 さて、今日はもう寝ましょう。
 布団にもぐりこみ、耳と目を塞ぐ。

「おい。こらてめぇ、無視か」

 ベリっと布団をはがされた。

「レディの寝床を漁るなんて、最低」

 ずかずかと遠慮のないやつだな。お父上さまにチクってやる。

「もうっ、出てってくださいな」
「なくしたんだろ」

 うっ。コイツ、確信してる。
 じりじりと睨み合い、分が悪いと悟った私は観念した。

「グリタには、いわないでくださいな」

 今襲われたらボコボコだ。
 引き分け歴に黒星がついてしまう。

「いわねえよ」
「グリタは、あなたの家の分家なのに?」
「別に、そんな関わりがあるわけじゃねぇ」

 ふぅん?

「明日また来る。勝手に部屋から出るなよ。部屋のまわりに水壁すいへき張っとくから。万が一出たらどうなるか……わかるよな?」

 ヴァルはキッチリ釘を刺して部屋を出ていった。
 まったく、明日から憂鬱だなぁ。

 
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