17 魔法の呪文

 海の中に戻ってからは、誕生日パーティーの準備で忙しくしていた。

 海の使族にとって、10歳は節目だ。
 地上に行ける許可がもらえるようになる。

 あとは正式に加護を授けられるようになったりね。
 公式の場に呼ばれるようにもなる年齢だ。

 ある程度自由が手に入ったら、アクアバースでもらったメモの主を私専属の技術者として迎えるつもりだ。
 私は恋する乙女の味方となるアイテムをたくさんつくる。そして、世界中に売りさばくのだ。

 がっぽがっぽ儲けて、私は宝石の海に身を沈める。みんなうはうは。これぞハッピービジネス!

「キモい笑い方すんな」
「まあっ、キモいだなんて失礼な」

 私の妄想を邪魔する嫌味男を睨む。
 鼻で笑ったヴァルは長い足を組みかえて、パラリと本のページを捲る。

「そもそも、ここは私の部屋だもの。出ていってくださいな」
「監視役だからな」

 せめて護衛といわないか?
 まあ、監視なんだけど。

 バースデーパーティーが間近なのに、万が一いなくなってはたまらないと、半監禁状態だ。
 私の信用は地に落ちたらしい。

「まぁ、この生活も今だけですから。だって、明日の誕生日が終わったら、地上に行けるんですもの!」
「は? おまえ、また地上に行く気か?」

 もちろん。それがなにか?

「許可はとったのか?」
「まだですけど……」

 お兄さまたちが、ホイホイ地上に行ってるの知ってるんだぞ。
 まあ、一応護衛つきみたいだけど。

「止めたほうがいいんじゃねぇの」
「どうして?」
「どうせ、行けないから」

 なぜ。

「私だけ行けないってことですの?」
「そう」
「そんなこと、あるはずないもの」
「あるんだよ」
「私だけダメなんて、差別だと思いますの」
「まぁ、そうかもな」

 のらりくらりとかわされて、話にならない。
 むーっと口をとがらせて、ヴァルの読んでた本を取りあげる。

「なんだよ」
「どういうことですの。説明してくださいな」
「そのまんまの意味だっての。おまえは地上には行けない。絶対に」

 なんだそれ。
 そんなこと、あるはずないだろう。

 その日の夜、私はお兄さまに相談してみた。
 地上に行きたいのだけれど、どうしたらいいのか、と。

「そうだねぇ。リィルにはまだ早いんじゃないか?」
「まだ早いって。10歳になりますもの」
「そうだね」

 そうだねって、それだけ?
 お兄さまは貝殻型の携帯通信機をいじりながら、私の方を見ようともしていない。認証者にしか見えない透明パネルがあるのだとか。

 ずるいっ。私にはまだ早いって、渡してくれないのに。まぁ、持ってたとしても、連絡取るような相手はいないんだけどね。魚しか友だちいないし……。

 私はぐいぐいお兄さまの服を引っ張った。

「お兄さまっ、ちゃんと聞いてくださいなっ」
「聞いてるよ。聞いてる」
「じゃあ私にもその通信機くださいな」
「だめ」

 ちゃんと聞いてたか。

「でも、今回みたいなことがあったらどうするんですの?」
「うーん。家から出なければいいんじゃないか?」

 サラリと監禁宣告するな。

「だいたい、連絡するような相手だっていないだろう?」

 図星。図星だけど人からいわれると心がえぐられる。

「わ、私にだって、連絡する人はいますもの」

 お兄さまがピタリと止まって、横目に私を見る。

「ふぅん。たとえば?」
「えっ、た、たとえば……たとえば〜」

 ぐるぐると目が泳いだ。

「いないじゃないか」
「い、いますもの。そうっ、発明家! 発明家の知り合いができたんですの!」

 そうだそうだ、いるじゃないか! 私にも、連絡先を知ってる知り合いがっ!

「……発明家?」

 不信そうにしているお兄さまに、発明家の知り合いができた経緯を話す。

「なるほど。それはたしかに腕のある発明家だね」
「そうでしょうそうでしょう? それで、その方と頻繁に連絡を取る必要があるんですの。地上にも行かないとっ!」

 私は上手く話を最初の目的に繋げた。

「うーん。なら、連れて来たらいいんじゃないか?」
「え」
「だから、海に連れてくればいいだろう? リィルが地上に行くんじゃなくて」

 それは誘拐じゃないか?
 そんなことするから海の使族は悪役になるんだ。

 私がドン引きしているのにもかかわらず、お兄さまは輝かしい笑顔を向ける。

「とにかく、リィルは地上には行けないよ。なにをいってもムダ」
「お兄さまのケチ! ケチケチケチ!」
「はいはい。ほら、出てった出てった」

 両肩に手を置かれ、部屋の出口に向かって歩かされる。そしてポイッと部屋の外に捨てられた。すぐにスモークシールドが部屋の入口を覆い隠す。

「もうっ、お兄さまなんか大っ嫌い!」

 聞こえない捨て台詞を吐いて、ウロウロと家の中を歩きまわる。
 ヴァルのいうとおりだった。お兄さまは意地でも私を地上に行かせる気はないようだ。

 でも、どうして?

 お兄さまもお姉さまも、なんなら海の使族みんな、自由に地上へ行っているのに。

 疑問がうずまく中、背後から鈴の音のような軽やかな声が聞こえた。

「あら、リィル」
「お姉さまっ」

 振り返った先には、水色の髪とアイスブルーの瞳をした、我が姉がいた。

「お姉さまっ、聞いてくださいな。お兄さまがひどいんですの!」
「お兄様が? そうねぇ……。とりあえずこっちにいらっしゃい」

 お姉さまに誘導されるままお姉さまの部屋に入って、私はすぐに不満をぶちまける。
 なにが起きたのかを、ひたすらグチグチぶつけた。
 お姉さまは爪のお手入れをしながら、聞いてるんだか聞いてないんだかよくわからないまま、適当に相づちを打っている。

「って、わけなんですの。どうして、私だけ」
「まぁ、あなた、大冒険をしたみたいだものねぇ」

 爪を整えたらしいお姉さまが、ふぅーと指先に息を吹きかける。

「お姉さまも心配してくださっていたんですの?」
「いいえ。まったく」

 ガクッ。そこはウソでも心配で夜も眠れなかったとかいおうよ。妹の立場がない。

「あなたみたいな子がそう簡単に死ぬはずないもの。私は生きてるって信じてたわ」

 謎の絶大な信頼。喜んでいいのか微妙だ。

「地上に行けなくてもいいじゃない」
「お姉さままでそんなこと」

 口をとがらせると、お姉さまはクスリと笑う。爪から視線を離し、私を見て艶やかに小首をかしげる。

「そんな必死になってまで地上に行きたいなんて、リィルあなた、恋でもしたの?」
「ええっ! 恋というか、憧れみたいな……」

 ハッキリいわれると恥ずかしいな。
 もじもじと人差し指の先を合わせてくねらせる。

「どんな人?」
「優しくて誠実で真面目でとっっっても、ステキな人!」
「そう。それは、風使いの君?」

 風使いの君って、ルイスのことだよね。

「えっと、そう、ですけど。お姉さまご存知だったんですの?」
「ウワサは耳に入るものよ」

 なるほど。さすが美貌で男を跪かせる女。侮れない。

「私は、応援するわ」
「えっ。本当ですの?」

 思わぬ援軍に体が前のめりになる。
 お姉さまは一瞬視線を横に流し、私を見て目を細めた。

「もちろん。見てみたいもの。運命のその先」

 運命のその先?
 なんだそれ。

「でも、お兄様たちは反対するでしょうね」
「どうして?」
「お兄様たちは亡霊だもの」

 亡霊?
 お兄さまは生きているが……。
 抽象的すぎてまったく理解できない。はてなを浮かべる私に、お姉さまはクスクスと笑う。

「確証もないことを心配しては、自ら蟻地獄にハマってるだけよ」

 毒舌が業火を吹く。

「ただ、お兄様もあなたを大事にしてるだけ。それはわかってあげなさい」
「……うん」

 うつむきながら、小さくうなずく。

「お姉さまたちは、私になにか隠し事があるんですの?」

 お姉さまが黙ったままほほ笑む。有無をいわせないちょっと威圧的な女王のほほ笑み。
 この顔をするときは、これ以上話さないという意思表示だ。
 つくられた線の前で私は二の足を踏む。

「私は、どうしたらいいんですの?」
「お父様には相談したの?」
「まだ……」

 お兄さまが反対したんだから、父上も反対する可能性は高い。父上に反対されたら、私には手も足も出ない。

「じゃあ、とっておきの呪文を教えてあげるわ」
「呪文?」
「お父様を意のままに操る呪文」

 うふふふふ、と笑うお姉さまの背後に闇を見た。
 お姉さまは、ほほ笑みだけで数多の男を手のひらで転がすとウワサだ。お姉さまの下僕は多い。父上もそのひとりだったか。

「耳を貸して」

 こしょこしょと秘技を伝授される。

「本当に、それで大丈夫ですの?」
「もちろん。ただし、危ないことはしちゃダメよ」

 パチンっと、妖艶なウィンクが飛ぶ。
 私はお姉さまのもとに跪いた。

 ああ、私もあなたの下僕になりたい。

 
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