18 女の駆け引き

 私のバースデーパーティー当日。

 朝から香りつきパールエキスを塗りこみ、マッサージで揉みほぐされ、ゴシゴシと磨かれる。
 手足に宝石選抜組を身につけ、髪の毛をハーフアップにしてドレスを着れば、戦闘準備完了だ。

 ドレスアップが終わって早速、私は女の駆け引きのために父上の部屋を訪れた。

「お父上さま」
「おおっ、リィル。もう準備が終わったのかい? ちょっと待っておくれ。父上はこのボタンがしまらなくて……」

 ふんっと、腹を引っ込め、無理やりシャツのボタンを留めた父上。だが、すぐに悪あがきはよせと、ボタンが弾け飛ぶ。

「いたっ!」

 弾けたボタンが私の額にクリーンヒット!
 ペタリとボタンが貼りついた。

「り、リィルっ?! 大丈夫かいっ? 悪かった。父上のおなかが出ているばっかりに」

 本当ですよ、お父上さま。食べすぎです。

 顔を真っ青にさせたお父上さまが、私の額からボタンをとる。跡ついてたらどうしよう……。

 父上は私の額を見て顔色を悪くしたあと、ササッと私の前髪を整えた。
 今日のパーティーは前髪を死守しよう。私は固く決意した。

「お父上さま、私、10歳になったでしょう?」
「そうだね。おめでとう、リィル」
「ありがとうございます。それでね、お父上さま。私、地上に行きたいんですの」

 ピシッと、父上が石になった。

「ち、地上」

 ぐるんぐるんと父上の目が泳ぐ。

「10歳になったら、地上に行けるはずですもの。ね、お父上さま?」

 純真な笑顔を振りまく。
 父上は挙動不審のまま冷や汗を流した。

「ど、どうして、地上に行きたいんだい?」

 お兄さまと違って、父上は理由を聞いてくれるのね。
 私大好きファンクラブ名誉会員の称号を与えよう。

 私はにこりと笑って、お姉さまから授かった魔法の呪文を唱える。

「だーいすきなお父上さまに、プレゼントを買いたいんですの。大好きなお父上さまには、地上にある珍しいものを、私が、選びたいんですの」

 父上が目をまるくした。「きゃっ、いっちゃった!」と両手で顔を隠すオマケもつけた。

 指の隙間からチラッとのぞく。
 父上の頬がひくひくと反応し、やがてダラっとだらしなく崩れた。

「そうかい、そうかい。気をつけて行っておいで」

 お姉さま。あなたの魔法は強力です。
 魅了の魔法にかかっている父上に、心の中で十字を切る。

「明日行きたいんですの」
「わかった。明日行けるように手配しておくよ」
「今! 今してくださいな。お父上さま、早く早くっ」

 ぐいぐい引っ張ると、ボタンの弾けたシャツのまま父上はデレデレした。

 そしておなか丸見えのだらしない格好のまま、父上は海の使族管轄の治安維持部隊に連絡をとった。

「ウチのリィルが明日地上に行くからよろしく頼むよ。場所は……」
「アクアバース!」
「アクアバースだ。それじゃあ」

 ブツンっと通信が途切れる。
 ひゃっほーっ! これで、明日地上に行けるっ。ルイスに会えるかもっ!
 お土産を準備しなきゃっ。お礼の品も。なにがいいだろうか。道すがら買えばいいか。

「父上、リィルの姿が見えないんだけど……って、ここにいたのか」

 げっ。お兄さまだ。

「なにしてるんだ?」
「リィルが地上に行きたいっていいだしてねぇ」

 あっ! 自慢しようと口が軽くなってる!

「地上に? まさか、許したんですか」

 お兄さまにすごまれて、父上は身をのけぞらせて冷や汗を流した。どっちが家長かわかったもんじゃない。

「リィルが、父上のために、プレゼントを買いたいっていうから。大丈夫。護衛もつけるよ」

 いい訳を並べる父上に、お兄さまはあきれたようにうなだれて、片手で額を押えた。
 そして、チラリと横目に私を見る。

「わかりました。僕もいきます」
「えっ」

 お兄さまも来るの?
 それはちょっと。ルイスとの逢い引きができなくなるじゃないか。

「お兄さまは忙しいんじゃ……」
「一日くらい平気だよ」

 ええー。でも。それだと私の計画が。

「僕がいると都合が悪い?」
「そういうわけじゃ……。最近のお兄さま、なんだか意地悪です」

 ぷいと顔を背けると、お兄さまは苦笑いして私を抱きあげる。

「そう拗ねないで」

 ふくれる私をあやしていたお兄さまが、「おや?」という顔をする。前髪を優しく上げられた。

「これは……なんの跡だ?」

 サッと父上を見る。サッと父上は視線をそらした。父上のシャツのボタンは弾け飛んでいる。
 お兄さまはそれだけですべてを悟ったらしい。

「父上、食道楽もほどほどに」

 背中をまるめて小さくなった父上がうなずいた。あれが食に溺れた者の末路か。
 安らかに成仏するよう、私は食い倒れの魔物へと静かに祈りを捧げた。

 
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