19 ヴァル・アクアブラッド

 お昼をすぎたころから、私のバースデーパーティーははじまった。

 パーティーといっても、お披露目会みたいなものだ。

 海の使族は10歳になったらいろんな制約がなくなる。だから「今日から大人の仲間入りをします〜」とあいさつをするために、散らばっている海の使族を集めて、特別盛大に祝うのだ。

 そんなわけで、主役であるはずの私の仕事は、あいさつ回りだ。
 あっちに頭を下げて、こっちに頭を下げてと、大きな会場を信徒のように歩く。

 ほかの人たちは、おしゃべりしたり、食べたり飲んだり、ダンスを踊ったり演奏したり。好きなことをしている。
 海の使族はそんなに多くないし、先祖をたどっていけば血縁関係あるらしいし、ほとんど身内なんだよね。

 笑顔張りつかせ、ヘコヘコあいさつしてると、ヴァルおよび、アクアブラッド家の皆様に鉢合わせる。

「このたびは、遠いところお越しくださり、ありがとうございます」

 私の役目は定型文を繰り返すこと。
 余計なことはいわなくていいとのお達しだ。
 会話は全部お兄さまがしてくれる。
 10歳になってもおんぶに抱っこだ。

 お兄さまがアクアブラッド家当主と雑談している間、手持ち無沙汰になる。
 そろそろ疲れたなぁ。私の誕生日のはずなのにケーキも食べられない。
 娯楽用に並べられた料理と、その料理を美味しそうに頬張りながら雑談しているみんなをながめて、ため息ひとつ。

 はやく終わらないかな……。

 げんなりしながら視線を前に向けると、ヴァルとバチッと目が合った。
 すぐにぐりんと首を曲げたけれど、奴は一歩近づいてきた。
 そして、わざとらしく私を上から下までながめて、鼻で笑う。

「まぁまぁだな」

 着飾っても普通レベルだっていいたいのか。
 たしかにオシャレしても顔の造形は変わらないけど。

「嫌味をいうために話しかけてくるなんて、ご苦労ですこと」

 秘技、嫌味返し。
 ヴァルはピクリと眉を動かして目を細める。

「なら、かわいいっていえばいいか?」
「思ってもないくせに」
「思ってるっていったら、どうする?」
「無理してお世辞をいわなくていいんですのよ」
「ったく。かわいくねぇ」

 本音がこぼれてるぞ。
 心の中で舌を出してると、曲が変わる。地上でも踊られるダンス定番曲だ。
 私もこの曲だけは練習したんだよね。いつどこで誘われるかわからないから、一応の嗜みとして。

「おお、曲が変わったな」

 ふと、アクアブラッド家当主が顔をあげる。
 そして、にこりと笑みを浮かべながら私を見た。嫌な予感。

「リィル嬢は踊れるのかね?」
「はい。嗜み程度には」
「そうか。ちょうどいい。ヴァル、踊ってきなさい」

 えっ。それはまさか、ヴァルに私と踊れといってるのか?
 やだっ。やだよっ。足踏んだら末代まで祟られるかもっ。

 私の気持ちなんて露知らず、ため息をついたヴァルが私に手を差し出してくる。

「……踊るの?」

 私は小声で話しかけた。

「父さんが踊れっていってるんだから、しかたねぇだろ」

 たまには父に反抗してみたらどうだね?
 今まで得られなかった未知なる快感を手に入れられるかもしれないぞ。

 もたもたしてる私に舌打ちして、ヴァルは無理やり私の手をとってホールの中心に向かう。

「踊りたくない」
「俺だって」
「足踏んだら祟るでしょう?」
「なんだそれ」
「だって根に持ちそうだもの」
「勝手なイメージで話すな」

 まぁ、そうだけど。

「踏んでも気にしねえよ。たいして重くねぇし」
「私、最近太ったんですの」
「いちいちいうな」

 おっしゃる通り。

 腰に手がまわってきて、リードされる。
 そのまま踊っている人たちの中に混ざった。音楽に合わせてくるくるとまわる。
 足は踏んだけど、怒られなかった。

 ただ、あまりにも踏みすぎてわざとだと思われたのか、最後は睨まれたけど。わざとじゃないんです。本当です。

 曲が終わって、輪の中からはずれる。

「おまえ、どこが嗜み程度だよ。下手くそじゃねぇか」
「だから踊りたくないっていったんですの」

 私が好きなのは、海の中で踊る曲だ。
 男女ペアで踊るんじゃなくて、ひとりでのびのび踊れるから、気持ちいいんだよね。

「ああ、そうだ。おまえの髪飾り」

 いきなり禁忌な話題が飛び出し、ギョッとする。
 こんなところでなにをいう気だ?
 私の弱味暴露をさりげなくやってのけ、私の屍を踏みつけようって魂胆か?

「声が大きいっ」
「悪い」

 ヴァルは声をひそめ、顔を近づけてくると、私の耳もとでささやくように話す。

「探したけど見つからなかった。海でなくしたのか?」
「へ……探してくれたんですの?」
「ないと困るだろ。魚たちにも探させたが見つからなかった。どこでなくした?」

 びっくりして声が行方不明になる。

「おい。聞いてんのか」
「ご、ごめんなさい。びっくりして。探してくださって、ありがとうございます」
「ああ。で、心当たりはねぇのか」
「えっと、タコに襲われたときに、たぶん」

 そのくらいしか、心当たりないんだよね。
 ルイスと会ったときにはもうなかったみたいだし。
 うっすらある記憶では、ぽいっと捨てたような気もするし。

「やっぱ、渡り鳥に渡したんじゃねぇだろうな?」
「そんなことしないもの」
「じゃあ盗られた」
「それはもっとない」
「本当かよ」

 もちろん。ルイスは後光が差すほどの善人だぞ? 悪の海の使族とは格が違う。

 私はヴァルを小さく睨んだ。

「よく知りもしないくせに、悪くいわなでくださいな」

 ヴァルはぐぐっと押し黙って、やがて小さく舌打ちした。

「地上にいる奴らの肩なんか持ってどうする」
「地上にだって、いい人はいますもの」
「はっ、どうだか」

 ヴァルは不機嫌そうに眉を寄せ、小さな声で呟いた。

「その幻想が、崩れないことを願うんだな」

 失礼な。
 ルイスたちが悪い人なはずない。

「裏切られて、傷つくのはおまえだぞ」

 鋭い瞳に射抜かれて、反論したかったけど、言葉を飲みこむ。

 ヴァルのいいたいこともわかる。今の私は、ルイスたちに海の使族だって隠してるわけだし。
 仲良くなったと思っていたら、正体バレた瞬間に敵認定されるといいたいんだろう。渡り鳥と海の使族は相容れない関係だもんね。

 でも、海の使族だとバレたら嫌われるのは、折り込みずみだ。
 嫌われても、裏切られたとは思わない。
 まぁ、少し悲しくなるとは思うけれど。

 悪役とヒーロー側だからね、しかたない。

「心配してくださって、ありがとうございます」
「だれが……」

 ヴァルは鬱陶しそうに私を見て、口を閉ざした。

「でも、いいんですの。もとから、好かれるとは思っていませんもの」
「なら、どうして庇う。どうして地上に行こうとする」
「一方的な、憧れですの」

 正体がバレて嫌われる前に、ルイスたちの破滅の危機がなくなればいいけど。どうなるかなぁ。

「おまえ、風使いが好きなんじゃねぇのか」

 ルイスが好きだと明言していないはずなのに、勝手に駆けぬけるウワサが怖い。
 まぁ、好きは好きだけどね。でもそれは、憧れというか。

 それに……

「ルイスには、好きな方がいますもの」

 ヴァルはわずかに目を開いて、黙りこんでしまった。口もとに手を添えて、難しい顔をしている。
 なんなんだ、いったい。恋バナでもしたかったのか?

 首をかしげていると、私たちの横をふわりと青髪がなびいて通りすぎた。かと思えば、振り返って、ふわりと笑う。

「あら、リィルと、ヴァルじゃない」
「お姉さま!」

 ヴァルはピクリと反応して、不自然に固まった。ぎこちなく、お姉さまに頭を下げている。
 おや? なんだその態度は。

「リィル、ダンスがとっても上手に見えたわ。ヴァルのおかげねぇ」

 さりげなく辛辣攻撃。
 真実なので正面から刃を受け止める。

 ヴァルは黙って立ったまま、うっすら頬を染めた。
 はっはーん。わかったぞ。
 こいつ、お姉さまに気があるな?

「リィル、魔法は上手くいったの?」
「バッチリです。お姉さまのおかげです」
「それはよかったわ。それじゃあリィル、またあとでね」

 水に花ひらく妖精のようにほほ笑み、お姉さまは立ち去った。
 ヴァルは緊張が解けたように、細長い息を吐き出す。それをニヤニヤ見つめていると、目が合う。

「なにキモい笑い方してんだよ」
「まぁまぁ、私はすべてお見通しですのよ。憎まれ口で恋い慕う気持ちを隠すなんて、子どもですのねぇ」

 ヴァルはカッと顔を赤らめる。
 おやおや、耳まで赤いぞ。かわいいとこもあるじゃないか。

「っ、気づいたのか?」
「もちろん。だってあなた、わかりやすいんですもの」

 ヴァルは狼狽えたように瞳を揺らし、キュッと唇を引き結んだ。

「……今まで、気づかなかったじゃねえか」
「それは、あまり見たことがなかったから」
「……見たことがなかった?」

 ヴァルは突然、スンッと真顔になった。

「えっ、なんですの」
「てめぇ、やっぱりなにもわかってねえじゃねぇか。はっ倒すぞ」
「はぁっ? なんてこというんですの? 最低っ。お兄さまぁ〜」

 凶悪な鬼から逃れるために、お兄さまのもとへ走った。
 背後から邪悪な炎を振りまく悪魔が、のっしのっしと追いかけてくる。捕まったら殺られる。

 冷や汗をかいたけど、天は私に味方した。
 一人になったヴァルにこれ幸いと、女の子たちがアプローチをかけだした。女の壁に阻まれ、悪魔の追走劇は幕を閉じた。
 安らかに眠れ。悪しき者よ。

 私は会場を歩きまわり、お兄さまを見つけたものの、そこには、アクアブラッド家、クラッド家、シルフィード家が集結していた。

 海の御三家だ。

 北のアクアブラッド、中央のクラッド、南のシルフィード。

 最近は思想の違いが顕著になってきて、微妙に関係が悪化してるとウワサだ。
 とくに、アクアブラッド家とクラッド家。
 表面上穏やかだけど、どうなることやら。
 ヴァルが私の監視をしていたのも、そういう裏側の思惑がいろいろあるのだろう。

 そおっと立ち去ろうとしたけど、目ざとくお兄さまに捕まった。

「おやおや、リィル様、ご機嫌麗しゅう。このたびは誠におめでとうございます」

 穏やかでやわらかなほほ笑みが印象のシルフィード家当主。
 穏やかな雰囲気は好きだけど、なに考えてるからわからない怖さもあるんだよね。海の御三家の中で一番未知数。

「このたびは遠いところお越しくださり、ありがとうございます」

 私は定型文を返した。

「リィル嬢、ヴァルは一緒ではないのですか?」
「お嬢様方とおしゃべりしておりましたので、お兄さまのところに来ました」
「……そうですか」

 やれやれとおじさまがため息をつく。
 と、そこに、タイミング良くヴァルが戻ってくる。

「ヴァル。リィル嬢をひとりにするとは何事か」
「リィルが逃げたんだよ」
「まあ、逃げたなんて」
「逃げただろ」

 責任のなすりつけあいをする。
 呆れた大人たちになだめられ、その場は解散となった。お兄さまに腕を絡ませ、会場を歩く。

「お兄さま、明日は朝から出かけましょうねっ」
「もっと遅いほうがいいんじゃないか?」
「いいえ。ダメです。寝坊したら置いていきますから」

 パーティーのあいさつまわりもひと段落したし、あとはお開きを待つだけ。

 今日ははやく寝て、明日はめいっぱい楽しむぞっ。

 
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