5 渡り鳥ルイス

 固まったまま動けないでいると、ルイスが首をかしげた。風で金色の髪がふわふわ揺れている。

「大丈夫か?」

 声も顔も、あの映像のまんまだ。
 夢じゃない。
 目の前に、ルイスがいるっ!

「あ、えっと。だ、大丈夫、です」

 緊張で声がひっくり返りそう。
 有名人に出会った気分だ。
 私のミーハー精神が、喜びのダンスを踊るどころか萎縮してしまっている。完全に壁の花だ。

「どうしてこんなとこに?」
「ええっと、船、船から落ちちゃって。きっとだれも気づいていないから、どうしようと思っていたところですの」

 聞かれてないことまで、口が勝手におしゃべりをはじめる。

 この状況。どう見ても、私が怪しすぎるっ!

 薄闇の中、海に浮かぶ少女。こわっ。私だったら絶対近づかない。幽霊かもしれないもの。
 ルイスは勇敢だな。

「商船か?」

 ウンウンと必死にうなずく。

 海の使族だってバレたら、敵視されるんだろうなぁ。汚物を見るような目で見られるかも。
 それはいやだな。傷つく。
 でも、海の使族と渡り鳥は、相いれない関係だからね。しかたがない。空と海で敵同士だ。

 ルイス、はやくどこかに行ってくれないかな。
 私のボロが出てしまう前に。

「遭難したのか。家は?」
「うえっ?」
「家はどこにある?」
「え、えっと、あ、アクアバース……」

 もちろんウソだ。
 アクアバースは、海の使族の住む街から一番近い街の名前。
 まあ、そこまで行けば自力で帰れるから、完全なウソでもない。

「アクアバースか。俺たちも、ちょうど行くところだったんだ」
「え」

 そんな偶然ある!?

「そ、そうなんですの」

 ためらいがちに微笑んでいると、すっと手が差し出された。

「遭難したんだろ? 送っていくよ」
「……え?」
「おいで。悪いようにはしない。ま、こんな怪しいヤツについて行くなんて、したくないだろうけど。海で溺れ死ぬのを待つよりは、マシなはずだ」
「あ、怪しいなんて、そんなっ」

 ルイスを怪しいと思ったこと、このかた一度もない。

「そ、そちらこそ、怪しいとか、厄介ごととか、思わないんですの?」

 そんなホイホイ連れこもうとしていいのか。
 実際、私は海の使族で厄介ごとの塊だぞ。
 いつ爆発するかわからない時限爆弾だ。

「も、もしかしたら、とんでもない悪党かも!」
「悪党ねぇ」

 ルイスは私をジロジロながめて、クスリと笑う。
 あ、いまバカにしたな?

「……こんな子どもがって、思ったでしょう?」
「うん? まあ」

 小さく苦笑するルイス。

「悪党にしろ、正義のヒーローにしろ、子どもがひとりで不安そうにしてたんだ。助けるのにそれ以上の理由がいるか?」

 う、かっこいい。キラッキラしてる。
 邪悪な私の目は焼かれそうだ。

「あちこち見て、泣きそうになってただろ?」
「み、見てたんですの?」
「一応、怪しくないかは見てたよ」

 はかられてた!

「いやじゃないなら、おいで。ちゃんと送り届けるから」

 なんだそれ。ずるい。
 いやだなんて、思うはずがない。

 だって、私は、ずっと、憧れていた。

 かっこよくて、強くて優しい姿に。

 不思議な記憶を思い出してから、何度も何度も繰り返し思い浮かべた。

 記憶と同じ人なのだろうか。
 本当にいるのか。
 姿だけ同じで性格は別人かもしれないとか。

 いろんな可能性を思い浮かべて、結局、どんなに思い浮かべたとしても敵同士。
 出逢うことはないと蓋をした。

 それなのに……。

「おいで」

 うんと優しい声が響く。

 どうしよう。私、本当は大ダコに食べられちゃって、死んじゃったのかも。
 そうじゃなきゃ、こんな奇跡起こりっこない。

 海に月の光が反射して、輝いてる。
 あまりにも綺麗で、幻想的で、幻の中にいるみたい。

 私は甘い夢に誘われるように、ルイスに手を伸ばしていた。

 小さく笑ったルイスは、そのまま私の手をとって、引きあげてくれる。
 ルイスの左腕にお尻をのせ、おそるおそる肩に両手を置く。水滴が頬を伝っていったのを感じてハッとする。

「あ!」
「うん? どうした?」
「服、お洋服が、濡れちゃう」

 本当は、一瞬で体の水を引かせることができるんだけれど、そんなことしたら海の使族だとバレてしまう。
 かといって、ルイスがびしょ濡れになるのは、あまりにも私が疫病神すぎる。

「ご、ごめんなさい」
「いいよ。そんなことくらい」

 ルイスはしかたのない子を見るように目尻を下げて笑う。
 申し訳ない。こんな子どもを拾ってしまったせいで。

 そして、ルイスは私を抱えたまま、海面をながめはじめた。
 どうしたんだろう。
 なにか探してる?

 もそもそと動いて、私も海面を見る。

「悪い。寒いよな。一度戻るか」
「なにか探しているんですの?」
「ネックレスだよ。雫型の」

 雫型のネックレス?
 それって、上から落ちてきたあのネックレス?

 私はポケットの中をあさって、青い宝石のついたネックレスを取り出した。

「これ?」
 
 手に持ったネックレスが風でひらりとゆれる。
 ルイスがそれを見て、「おっ」という顔をした。

「落ちてきたから、拾っておいたんですの」
「それを探してたんだ。ありがとう」
「そうだったんですのね。どうぞ」

 ルイスの手の上にネックレスを置く。

「ありがとう。海を巻き上げずにすんだよ」

 ……ルイス、風使いだもんね。
 麗しい見た目に反して、なかなか豪快なことをなさる。

 でも納得だ。これを探していたから、ルイスは海の上を飛んでたのか。
 だって、普通いるはずがない。
 ルイスは空飛ぶ船の上で生活してるし、『力』を使って飛ぶときも、海面の近くまできたりしない。

「それじゃ戻るか。落としはしないけど、つかまってて」

 ふわりと、ルイスの体が浮きあがる。
 おびえさせないようにか、ゆっくりと上昇していく。ルイスの服を少しだけつかんで、下をながめてみた。

「うわぁっ。すごい!」

 海全体が、宝石箱みたい。
 深い色の水面を、月や星の光が照らしている。海の中で光ってる貝の明かりも、キラッキラとゆらめいてた。

 おおっ。あれはムーンロードというやつでは?

 チラッと、ルイスに見られたのを感じて顔をあげる。

「どうしたんですの?」
「いや。こわくないか?」
「ゆっくりあがってくれているから、大丈夫です。それより、海が! 空から見ると、こんなふうに輝いてるんですのねぇ」

 あれが本物の宝石だったら、私のコレクションに追加したのに。あああ、巨大な宝石がほしい。世界中の宝石をくっつけて、海の上にドカンっと飾りたい。

 醜い煩悩に支配されていると、ルイスから声がかかる。

「けっこう長い間遭難してたのか?」
「えっ。えっと、まあ」

 お茶をにごした。
 急になんだろう。こういうときは、はっきり口にしては危険だ。まずは相手の出方をうかがわないと。

「元気そうだし、水飲んだりはしてないみたいだけど、一応診てもらったほうがいいか」

 うっ。そうか。海で長い時間遭難していたなら、体力の限界がきたり、海水を飲んだりしているはずだ。
 なのに、私はピンピンしている。
 呑気に海の宝石箱を堪能していた。

 これはまずい。どう考えてもおかしい。
 私は9歳の子どもだぞ。

 私はわざとらしく見えないよう、さりげなく咳をした。

「大丈夫か?」
「大丈夫です……」

 できるかぎり弱々しく見えるよう、顔をうつむかせ、儚さを演出する。

「寒いか?」
「少しだけ……」

 本当は、海の使族は体温コントロールできるんだよね……。深海にいくほど寒いし、夏場の海面はぬるいし。
 だから寒い暑いという感情とは無縁なのだ。
 もちろん、感じることはあるけれど、そう思った瞬間に体温を調整する。

「悪いな。もうすぐつくから」

 ルイスの右手が背中に回ってきて、ぎゅうっと抱きこまれた。体が石になった。
 抱きしめられてる?!

 いや、これは雪山で遭難したときに人肌で温めるのと同じだ。うっかり頭がお花畑になるとこだった。危ない危ない。

「長い時間遭難なんて、大変だっただろ。頑張ったな」

 頑張ったな、という言葉が、妙に胸に刺さった。
 考えてみれば、命の危機の連続だった。

 頑張った、頑張ったよね? 私。

 あまり顔を見られないようにうつむいたまま、ぼそぼそと話す。

「本当は」
「うん?」
「ひとりぼっちになっちゃって、お家への帰り方もわからなくて、不安だったんですの」
「うん」
「こわいことも、いっぱいあって……」

 小さく震えた身体を、トントンとあやすようにたたいてくれる。

「だから。手を差し伸べてくれて、うれしかった」

 あの手をとってはダメだと、わかっていたのに。

「助けてくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして」

 最悪、ルイスたちが誘拐犯になってしまうかもしれない。
 海の使族だとバレたくないし、なにがなんでも隠し通さねば。

 あらゆる人たちの目を欺くミッションが、そっと追加された。がんばろう……。

 私はいつか、ウソをつきすぎて、舌を引っこ抜かれてしまうかもしれない。

「ああ。そういえば、名乗り忘れてたな。俺はルイス。渡り鳥だ」

 ……そういえば、まだ名前を聞いていなかった。
 よかった。うっかりルイスとか呼んじゃわなくて。

 ……呼んでないよね?

「私は……リィル。リィルです」

 家名は、わざと隠した。
 クラッド家は、『海の御三家』と呼ばれるくらい地位がある。名乗った瞬間、海の使族とバレるかもしれない。

 本当のことをいわないのは心苦しいけど、いまはただのリィルでいたい。
 ルイスは優しくほほ笑んだ。

「よろしく、リィル」

 ああ。私はもう、死んでいるのかも。

 
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