6 渡り鳥

「リィル、上見れるか?」

 ルイスに声をかけられて、海から空に視線を移す。
 そこには、星が瞬く空に浮かぶ巨大な乗りものが。

 帆船のような形をした船体から左右に伸びる大きな翼。真ん中には風を受ける巨大な帆もある。
 後部には人の住む小さなお城がくっついているデザインで、迫力満点。ロマンチック度も満点!

「うわぁ、すごいっ」

 これが、飛空船ひくうせん
 渡り鳥たちが、海がダメなら空で、とばかりにつくりだした空飛ぶ乗りもの。
 船底につけられた浮遊石が、空飛ぶ要だ。

「渡り鳥って知ってるか?」
「えっと、うわさでは……」

 もちろん、知っている。
 不思議な記憶で。

 自由に海を渡れない世界で、海の向こう側を夢見た者たち。それが、集団をつくり、その総称として『渡り鳥』と呼ばれている。

 だから渡り鳥にも、いろいろ派閥があるんだよね。

 ルイスたちは穏便派。
 困っている人の頼みをきいて報酬をもらったり、旅で手に入れた珍しいものを売ったり。
 派手な争いはあまりしない。

 マンガの特性なのか、主人公側には優秀な人が集まりやすいからね。
 ルイスたちの仲間も優秀な人が多くて、食べるのには困ってなさそうな感じだった。本当にその通りかは、まだわからないけども。

 ただ、ルイスたちが穏便派なだけで、人や街を襲う過激派や、表には出せないような危険なものを密輸する暗躍派なんかもいる。
 まあ、そんな人は渡り鳥でなくてもいるし、犯罪者として捕まるんだけどね。

 渡り鳥は、それぞれ渡り鳥『ほにゃらら』と名乗り、同じ思想の人たちが集まる。

 ルイスたちは、渡り鳥『レイヴン』だ。

「異端者、革命家、反逆者。いろいろいわれることはあるけど、生活自体は普通だよ」
「そうなんですのね」

 海の中に住んでる私のほうが、普通ではない気がする。
 普通って、なんだ?

「ただ……」
「ただ?」

 ルイスが顔を曇らせる。

「変わり者というか。礼儀を知らない奴が多い。俺も含めて。気分を害したらいってくれ」
「そんなこと、気になさらなくていいのに。助けてくれた恩人ですもの」

 心配性だな。
 そんな予防線張らなくても、突然叫んで海に飛び降りたりしないから安心しておくれ。

「なにもないけど、歓迎するよ」
「お世話になります」

 私は不思議な記憶があるから、ルイスたちが主人公側ってわかるけど、一般の人たちからしたら、命の危険をおかしてまで世界を渡る、変な人になるんだろう。

 海の使族の加護からも外れるしね。
 なにかあったとしても、守ってもらえる保証がない。

 それに、海を渡ってはならないという法も、空だから無効派と、空でもダメ派にわかれてるとか。
 海の使族は今のところ、静観しているみたいだけれど、どういう考えなんだろう。
 今度お父上さまに聞いてみようかな。

 ルイスに抱えられたまま、巨大飛空船の甲板に降り立つ。

 その場にいたちょっとむさい男三人が、あんぐりと口をあけた。
 右から、ちょび髭、マッチョ、ロン毛。個性が強い。

「ルイス?! なんだそのガキ」

 マッチョが床に降りた私を指差した。

「おい。ガキっていうな」

 ルイスがじろりと睨みをきかせる。
 別に気にしないけどね。

「えっ。じゃあ、なんだ? お子様? ガキンチョ? ちびっこ?」
「ちんちくりんとか?」
「ばっか、それ悪口だろ」
「おまえだって変わんねーよ」

 マッチョたちがコントをはじめた。
 この個性豊かな三人、見たことある気はするんだけど、名前が思い出せない。なんだったか。そもそも、名前出てきた?

 うーんと考えていると、マッチョ男が巨体を折り曲げてしゃがみこんだ。

「お嬢ちゃん、お名前は?」

 それを見てたちょび髭が、ぽんっと手のひらを打つ。

「あ、それでいいじゃん」
「え。どれ?」
「お嬢ちゃん」
「おお。たしかに」

 なんか納得されてるけど、とりあえずあいさつしよう。

「えっと、リィル・く……です」

 まずい。変なコントに流されてうっかり家名を名乗りそうになった。
 なんて危険な。

「リィルク? 変わった名前だな」
「リィルです」

 しっかり訂正する。

「俺たちは、右からモブ・ボブ・コブ。三人合わせて『ブ』ラザーズだ!」

 なんてこった。
 私は静かに涙をぬぐった。

 マンガだ。マンガらしいネーミングだ。
 そういえば、あのマンガはネーミングセンスがないと、ひっそりささやかれていた。

 ちょび髭がモブ。もうこの名前が悲しい……。
 マッチョがボブ。そうだろうな。
 左のロン毛コブ。これはもう適当に名づけられたのでは?

「で、ルイス。このリィルちゃんは?」

 ルイスはどこから持ってきたのか、真っ白のタオルを私にかぶせた。そして、片膝をついて、丁寧に水滴をとってくれる。

「溺れてた。アクアバースまで乗せていく」
「えっ!」

 三人がぎょっとしたように声を合わせた。
 ルイスが後目に三人を威圧する。

「文句あるか?」
「いや、ねぇけどよぉ。子どもって、こう、やわっちいだろ? 転んだり、吹き飛ばされたり、ドラゴンに食われたりっ! 大丈夫か?」

 空って、一番死ぬ確率が高いから、あまり渡り鳥になる人がいないんだよね……。
 死の恐怖を乗り越えた者だけが渡り鳥になれる。そう、ここにいるのは、あまたの困難を乗り越えた精鋭たち。
 対して私は、海を呑気に放浪するちびっこ。

 ……なにかあったら、ルイスにしがみつこう。空も飛べるし、強いし、一番の安全地帯だ。

「アクアバースに着くまでだし、基本的にめんどうは俺が見るよ」
「そうかぁ? なら、まぁ」

 『ブ』ラザーズは納得したようだ。

「それに、小さいのならウチにもいるだろ。一応」

 ルイスの言葉に、男たちは真顔になった。

「いや、アレはちげえから」
「そうそう。あれは子どもじゃない」

 いったいどんな子どもがいるっていうんだ。怪物か?

 ルイスが私の顔を見て苦笑いする。

「悪いな、騒がしくて」
「いえ……。とっても、にぎやかな人たちなんですのね」

 タオルでふわふわと私の顔の水滴をとって、あらかた満足したのか、ふわりと肩からタオルをかけてくれる。
 ルイスって、世話焼きタイプだなぁ。

「おお。言葉遣いがお上品だ。良いとこの子か? よく見たら服も高そうだなぁ。ドレスか?」

 げげっ。身ぐるみ剥がされる?!
 お礼になりそうなもの持ってたっけ!?

「商船の子だそうだ」

 私のウソが、ルイスによって拡散されていく。

「おおー! 商船か。アルと話し合いそうだな」

 アル?
 聞いたことあるような、ないような。
 だれだったか……。

 考えていると、マッチョが私を上から下までジロジロとながめた。

「つーかさぁ、ルイス。よく見るとその子……。なぁ、連れてきて、本当によかったのか?」
「あ、おまえも思った?」
「おまえも? だよなぁ。だって、まんまじゃん。ヤバくね?」

 マッチョたちが、キャッキャッと内緒話に花を咲かせる。
 えっ、気になるんだけど。なんの話?

 もしかして、海の使族ってバレた!?

 耳を巨大化させ、ひと言も漏らさないよう聞き耳を立てる。

「おい。おまえら」

 ルイスがじろりと睨むと、男たちはそろえたかのような奇跡の動きで、ひぃっと首をすくめた。

「悪い! 乗せるの反対とかじゃねえよ! 死なれても寝覚め悪いしな」
「そうそう。あんまりにもそっくりだから。なー?」
「だよなぁ?」

 だからどうして重要なところをいわない?
 以心伝心仲良し女子みたいな会話をするなっ。外野からはサッパリわからないっ。
 伝わらない会話は仲間はずれの前兆だぞ。

 私はしびれを切らし、マッチョたちに問いかけてみることにした。

「あの、似てるって、なににですの?」

 男たちは顔を見合わせる。そして、ロン毛が口を開いた。

「人形だよ」

 人形?
 って、あの? 幼女が抱っこして遊ぶような?

「そうそう。たしかプレミアものだったか? めちゃくちゃ値が張るレアものでさ」
「かなり精巧に作られてるし、細部のこだわりがすごいんだよな〜。コレクターに売りつけたら……うっひゃっひゃ」

 目玉が金になったちょび髭が妄想でよだれを垂らす。

「今にも動き出しそうってんで、生きたドールって異名まであるんだぜ? 作ったやつは、狂気という熱意をもってたって話だ」

 私に似ている、人形?
 狂気という名の熱意……。

 まさか。

 私大好き父上が人形師に開発させた、あの人形?!
 流通する前に止めたはずなのに、出回っていたのか?!

「で」

 男たちが、神妙な顔をする。
 ロン毛が、ゆっくりと口を開いた。

「あんた、人形じゃないよな?」

 海の使族ですがなにか?

「人形は、話したりしないでしょう?」
「魂が宿ったのかも!」

 そんなバカな話があるか。
 ギャーギャー騒いでは、突然人形オカルト大会をはじめた『ブ』ラザーズ。元気だな。

「悪いな。こういう奴が多いんだ。疲れるだろうけど、慣れてくれたらうれしい」

 ルイスの大事な人たちだもんね。
 私もコント好きだよ。お笑い楽しいよね。

「ところで、あの」
「うん?」

 ルイスがわざわざ私に視線を合わせるようにしゃがんでくれる。

「一番えらい方は、どちらにおりますの? ごあいさつをしたくて」
「うーん。とりあえず風邪引くだろ?」

 ルイスが私の顔に張りついてた濡髪を手に取って、そっと耳にかける。

「たぶん、気を利かせたやつが今湯を沸かしてる。そろそろ沸くかな」

 なんと。いつの間にそんな意思疎通を?
 ルイスが私をタオルでくるみ、そのままひょいと抱きあげた。
 ひぇっ!

「あの、私、自分で歩けます……」
「悪いな。こっちのほうが速いから」

 それはそうだ。足の長さが違いすぎる。
 私はズコズコ引き下がった。

 しかも、さっきまで私がいたところには水たまりができてる。小魚がダンスを踊れそうだ。

「ご、ごめんなさい」

 本当に気が利かなくて申し訳ない。
 なるべく水滴が落ちないよう、髪を束ねて前にもってくる。さりげなく、力を使って髪の水滴を減らした。

 ルイスに気づかれてませんように。

 
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