7 なくした髪飾り

 ルイスは私を抱えたまま、船内に入っていく。

「こっちが居住区。個人の部屋とか、食堂とかがある。下は倉庫だ。けっこう広いから迷子にならないようにな」

 胸に刻みます。
 迷子の前科があるもので。

「それにしても、ここは綺麗ですのねぇ。お城みたい」

 居住区……つまりお城みたいな造りになっていたところは、とっても綺麗な場所だった。

 床は石床だろうか?
 白いタイルが綺麗に敷き詰められていて、歩くのをためらう。壁も白く塗装されているし、柱になっているとこには金の装飾まで。これで真っ赤な絨毯があったら完璧だ。完璧なお城。

「ああ。城に住みたいって、うるさいやつがいてさ」

 おかげで金がかかって大変だと、ルイスは遠い目をしながら愚痴をこぼす。

 いったいいくら使ったんだ?

 空飛ぶ船はつくるだけでも莫大なお金がかかるはずだが……。
 そもそも、空飛ぶ船に必須の浮遊石がレアすぎて、滅多にお目にかかれない。市場で見かけたとしても、目玉が飛び出るような金額のはず。

「この船は、どうやって浮いているんですの?」

 とりあえず無知のフリして聞いてみる。

「ああ。浮遊石だよ。船底に取りつけられているんだ。それを甲板にある大きな宝玉で制御してる」
「え! そうだったんですのっ?」
「えっ、ああ、うんまあ」

 おおおお。それは知らなかった。ちゃんと制御アイテムがあったのか。たしかに着陸はどうしているのか不思議だったんだよね。
 ずっとふよふよ浮いているわけでもなかったし、高度の調整とか。

「普通は浮遊石なんて知らないよな」

 ルイスは小さく笑う。

「ええ。まあ、そうですね。普通は」

 普通はね。普通は。
 私は普通じゃないから知ってたけどね。

「浮遊石って、制御できるものなんですの?」
「うーん。それは俺もよく知らないんだけど、力が発動しているまま割ると、浮遊石は連動するらしい。片方を宝玉に埋め込むことで操作できるんだとか」
「へええー! そうなんですのね。すごい!」
「浮遊石に興味があるのか?」

 まずい。あまりにも聞きすぎて変に思われたか?
 つい好奇心がむくむくと。

「えっと。特別浮遊石に興味があるわけではないんですけど、どうなっているのかなって」
「商船の子だから、そういうのが気になるのか?」

 そういえばそんなウソもついてたな。

「そ、そうかも?」

 うふふ、と誤魔化して笑い、口をつぐんだ。
 あんまり話すと、うっかり変なことをしゃべってしまうかもしれない。要注意だ。

 そうこうしているうちに、浴室についたらしい。

 扉をあけて、びっくりした。すっごく広い! 五人は丸ごと入れそう。
 空の上でこんなゆったりできるなんて。
 空飛ぶホテルじゃないか。

「鍵あるから、俺が出たらかけて。着替えは……どうするか」

 本当は一瞬で乾かせるんだけどね……。
 悩むルイスに申し訳なくなってくる。特殊技術のアイテムですぐに乾かせるとウソをつこうか……。

「すぐ乾かせるけど、洗ったほうがいいよな? 海水に浸かってたし」
「そんな、気を使っていただかなくて、大丈夫です」

 むしろ年中海水に浸かっているよ。
 海水とお友だちだよ。

「服は用意しておくから、あがったら声かけてくれ」

 ルイスはそういって、パタンと扉を閉めた。
 厄介者の時限爆弾にこんなに良くしてくれるなんて、本当にお人好しだな。ルイスは。

 せめて、恩を仇で返すことにならないよう、気をつけよう。

 いそいそと服を脱いで、愛用の髪飾りを取ろうとして、ピタリと止まる。

 ……ない。
 ない?! 髪飾りがない!?

「ひょおあああああ?!」

 白目を剥きかけた。

「おいどうした!?」

 扉の向こうからルイスの声がした。

「ない。ないんですの!」
「なにがない?」
「髪飾り! 髪飾りが!」

 どこいった?! 私の髪飾り!

 とりあえずタオルを体に巻きつけて、扉をあけた。ルイスがぎょっとした顔をして身を引いた。

「髪、このあたりに、魚のヒレみたいな形の髪飾りなかったですか!?」

 ルイスはツッと視線をそらした。

「いや……見てない。最初からなかったよ」
「そ、そんな。先に、青い宝石がついているんですの」
「うーん。海に呑まれたのかもしれないな」

 海に呑まれた?
 あっ。もしかして、大ダコと戦ったときに落とした!?
 そういえば、パウロを抱きとめたとき、ぽいっと手に持っていたものを捨てたような。

「大事なものなのか?」
「とっても。でもいいんですの。なくした場所に、心当たりがあるから……。大騒ぎしてごめんなさい」

 しょんぼり肩を落として、ズコズコ引き返した。

 あの髪飾りは、海の使族の証なのに。力の源でもあるのに!
 髪飾りについてる青い石は、生まれる前から死ぬまで、ずっと一緒にいる半身のような存在だ。
 海の使族は、海の石を握って生まれてくる。
 というより、石を握って生まれてきた者が、海の使族なのだ。

 海の加護を受け、海を自由に操る力を持つ。

 もしかして、私がしょぼい海流しかつくれなかったの、髪飾りがなかったからでは?

「ううううう。アマサーク・エデッセ」

 呪文を唱えてみるけど、髪飾りはあらわれない。
 大きくなったら自在に呼び出せるけど、それまでは絶対になくさないようにって、お兄さまにいわれていたのに。
 なくしたなんて知られたら、がっかりされる!

 隠し通すしかない。見つけるまで。

 ああ。どんどん隠しごとが増えていく。
 辛い人生だ……。

 そんなどんよりした気分も、湯船に浸かったら消え去った。

「ふんふふふ〜ん」

 ぱしゃぱしゃとお湯を蹴っ飛ばして遊ぶ。

 海の使族は海にいるから、あんまりお風呂に入らないんだよね。必要ないからね。
 でも、やっぱりリラックスする。
 ごくらくだ〜。

 体も綺麗にして、匂いも嗅いで、どこからどう見ても人間であることを確認して、お風呂からあがる。
 そういえば、服、どうするんだろう?

「……ルイス?」

 ためらいがちに呼びかけてみる。

「……あがったか?」

 返答があった。
 鍵をあけると、手だけが入ってきた。服がある。

「ありがとうございます。ルイス……、さん」

 うわっ。さっきルイスとか呼び捨てにしなかった?
 大丈夫? バレてないかな?
 勝手に呼び捨てする礼儀知らずだと思われたかも。

「ルイスでいいよ」
「いえ。命の恩人ですし、そんなわけには……」
「とりあえず着替えたらどうだ?」

 それもそうだ。
 またズコズコと引き返した。

 手渡された服を広げてびっくり。めちゃくちゃ女の子の服だ。ドレスみたいなワンピース。いや、ワンピースみたいなドレスか?
 どっちも一緒か。

 こんなものを一体どこで?
 なにかを忘れているような……。

 不思議に思いつつ、袖を通す。私もよくドレスは着るしね。

 うーん。ちょっと大きいか?
 袖が少し長いし、裾を引きずりそうだけど、許容範囲だろう。備え付けられていた髪乾かし機で乾かすフリをして、さっと体から水を引かせた。

 扉をあけるとルイスが壁に寄りかかって待っていた。
 まさかずっと待たせてた?!

「お、お待たせしてごめんなさい」
「うん? そんな待ってないよ。それより、やっぱり少し大きいな」

 長い裾を見て苦笑していた。

「あの、このお洋服はどなたの……」
「レネっていう奴がいるんだけど、それを借りた」
「そうだったんですの。あとでお礼をしないと」
「いや、やめたほうがいい」
「え」

 ルイスはめちゃくちゃ真顔だった。

「会わないほうがいいよ、きっと」

 なぜ?

 ……レネ、レネ。
 そんな人、いたかな。
 ところどころ曖昧な記憶を必死に探る。

「それより、一度医務室で診てもらったほうがいい」
「え。だ、大丈夫です」
「遭難してたし、風邪引いてるかもしれないだろ?」

 いやいやいや。だめだ。
 だって、海の使族と人間の体のつくりが一緒なのか、わからないんだもの。

 必死に抵抗したものの、あっさり連行された。
 抱きあげられたらお手上げだよね……。

 遠い目をして、診察してくれているおじさんに身を預ける。

 海の使族だってバレたら、海に身を投げよう。

 診察していたおじさんは、私を見てにかっと笑った。不気味な笑みだ。正体見破ったり、って?

 ドキドキしながら身構える。

「問題ない。健康そのものだ」

 ガクっ。そいう笑みか。ただ私の心が邪だったから、邪悪な笑みに見えただけか。そうか……。

「ただ」
「ただ?」

 うしろに控えていたルイスがやってくる。

「肌が驚くほど綺麗だ。透明感っていうのかい?」

 その言葉に、自分の手を見た。

「やっぱりそうか? 遠くから見ると光っているように見える。でも、実際光ってるわけじゃないんだよな」

 ルイスがまじまじと私を見下ろした。
 私は冷や汗だらだらだ。

 今までほとんど太陽の下にいったことないのが、仇になった?!

 どんなに人と似ていても、微妙に違うのかもしれない。
 さすがに鱗はないけれど、うっすら、細かいパールを散りばめた感じはある。ルイスがいってる遠くから光って見えるは、この光沢では?
 人が十人並んでいたら、海の使族だけくっきり浮き上がるような、些細な違和感だとは思うけれど。

 ルイスたちが海の使族に詳しかったら、ジ・エンドだ。

 ひやひやしながら黙り込む。
 ここから海までのルートは、ええと。まず扉出て右だっけ? 左だっけ?

 ああ。やっぱりルイスの手を取らないで、朝までじっと待てばよかった。
 欲望に支配された悪魔の運命は磔か?

「あまり日が当たらない生活をしてたのかもしれないな」
「深窓の姫君ってやつか」
「とくに異変もないし、大丈夫だろう。もし熱を出したらまた連れてくるといい」
「わかった」

 勝手にピンチを脱出した?

 目を白黒させている間に、診察は終わった。
 ルイスに引き連れられるまま部屋を出そうになって、ハッとする。あわてて振り返って、頭を下げる。

「あの、診てくださって、ありがとうございました」

 おじさんはにこっと笑って、ひらひら手をふった。

「またね」

 清廉な笑顔に見送られ、医務室を出る。
 ルイスとふたり、廊下に立っていると、ちらりと見下ろされた。

「どうする? もう寝るか?」
「えっ」

 まだ、一番大切な人にあいさつしていないが?

「あの、ここの責任者の方は……」
「一応、俺も責任者だよ」

 そうでした。いや、そうではなく。

「いえ。もっと年上の方はいらっしゃらないのですか?」

 ルイスはわずかに顔をしかめた。

 あっ、もしかして、会わせたくないとか?
 たしかに、海から来た侵入者とか怪しすぎる。
 あの人はルイスにとって、一番大切な人だもんね。

「あ、えっと。無理にとは……」
「いや。うーん。この時間なら大丈夫か?」

 ルイスは難しい顔を解いて、表情をやわらげる。

「外にいるはずだ。他の奴らもいるだろうし、紹介するよ」
「ええっと、じゃあ、よろしくお願いします。ルイスさん」

 ルイスは苦笑いした。

「ルイスでいいって」

 いやいや。さすがにそんな礼儀知らずな。
 心の中ではルイスって呼ぶけれども。

 先を行くルイスのあとにくっついて、甲板に向かった。

 
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