8 忘れていた未来

 再び外にやってくると、先ほどとは打って変わって、とてもさわがしくなっていた。立食パーティーのように、長いテーブルに料理が並べられている。
 真ん中では楽器を持った人が演奏し、その周りを囲うようにめちゃくちゃなダンスを踊っている。
 人も増えてる。

「今日はなにか、お祝いごとでもあるんですの?」
「いや? 定期的にこんな感じだよ。みんなヒマなんだ。今日はそうだな……」

 ルイスは顎に指を添え、考えるように視線を上を向けた。

「今朝巨大な鳥を討ち取ったから、ってとこか」

 適当ばんざい。
 毎日を祝うのに大きな理由なんて必要ない。そう、楽しければいいのだ。理由はあとからつくればいい。

「そういえば、腹減ってるよな? 気が利かなくて悪かった」
「あ、えっと……」

 善意という武器を突きつけられて動揺する。

 なにも口にしないのは、変だよね。

 だけど、地上のものは口にしてはいけないと、お父上さまにいわれている。なんでだめなのかは聞いてないけれど。
 食べたら体に合わなくて爆発するとか?

 でも地上の人が食べるものも出てきたりするし……。なんでだろう。

 そもそも、海の使族はそんな食べなくても平気なんだよね。味覚はあるから、娯楽のために食べたりするけれど……。

 ちらり、と、テーブルに並べられている料理を見る。大皿に盛りつけられた料理を、男たちが競うように取り合っている。
 美味しそう……。

 あつあつの湯気が、なんだか輝いている。
 あれはピザか? あっちは鳥の丸焼き! あっちには焼き鳥!
 くっ。食べたことないものもある。

「なにか取ってくるよ。ピザがいいか? それとも鳥の丸焼き? 焼き鳥?」

 見事に私が見てたものばかりだ。

「違ったか? 目をキラキラさせてたから、それが食べたいんだと思ったが」

 いいえ、あってます。その通りです。

「えっと、あの、じゃあ……少しだけ」

 私は食という欲に溺れた。

「そこで待ってて」

 ルイスはそれだけいって、戦の中に入っていった。

 ぼんやり見届けて、ハッとする。
 私も行ったほうがよかったんじゃ……。
 なんにもしない女だと思われたかも。
 それどころか、人を顎で使う、まさに悪役!

 食争奪戦に私も行こうかおろおろしてると、ふいに、目の前に人があらわれた。

「うわあっ」

 びっくりした。心臓に悪い。気配をまったく感じなかった。暗殺者か?

 そこにいたのは、私と同じくらいの年齢の女の子だった。
 紺色の髪に、眠たげな半開きの緑の瞳。頭には人形がつけるような、ヘッドドレス。まっすぐな長い髪が、風でさらさらとゆれていた。

 あれ、この子、見たことあるような……。

 小さな両手が伸びてくる。
 ぺたりと、私の頰にふれた。

「いきてる?」
「へ、え……はい……」

 まさか、死んでると思われてた?
 顔色悪いとか? たしかにあまり陽に当たらない生活だったたし、普通の人から見ると青白いのかも……。死人と見間違うくらい。
 さっきの船医は透明感といってくれたけど、死んでるかと思うくらい青白いとは口にできず、うまく誤魔化していたのかもしれない。

 ルイス、よく私のこと助けてくれたな。普通おばけと間違える。

「いきてる……」

 少し舌ったらずな声がそう繰り返す。

「わたし、レネ。あなたのご主人様」
「は……はい?」

 どうしよう。
 話してる意味がわからない。ご主人さまとは、いったい。

 戸惑っていると、女の子、レネが私の体をペタペタ触りだした。
 顔に触れ、手に触れ、爪を確認しては、髪の傷み具合を見る。

「名前は?」
「え」
「あなたの、名前」
「り、リィル、です」
「リィル。リィル……リィ」

 にへらぁと、女の子が笑う。緑の瞳がきゅっと細められる。
 うわっ、かわいい。
 美少女が笑うと、一面に花ひらく幻覚が見える。
 デレデレしていると、『ブ』ラザーズのひとり、マッチョと目があった。

「げっ、ルイス! リィルちゃんがレネ嬢に捕まってるぞ!」

 状況を説明してくれと、目に力を込めてマッチョを見る。
 さっと視線をそらされた。薄情だ……。

 と、そこに、本物の救世主があらわれる。

「おい、レネ。なにやってるんだ」

 ルイスー!
 やっぱり救いの神はルイスしかいない。
 私はマッチョに毛根根絶やしの呪いをかけた。

「ルイス。これ、わたしの」
「おまえのじゃない。というか、寝てたんじゃないのか」
「おきた」
「とりあえず離してやれ。驚いてるだろ」
「おどろく?」

 コテリと、レネが私を見たまま首をかしげる。
 生気のない瞳に吸い込まれそう。不思議な威圧感に硬直した。

「レネ。この子は人形じゃない」
「うそ。ルイス、買ってくれた?」
「だから違う。生きてる人間だ」
「でも顔いっしょ」
「それは、まあ。一緒だが……」

 ルイスが困りきった顔で私を見る。
 なんとなく、話が見えてきたぞ。
 私、この子にお人形だと思われてる?

「ルイス」

 レネは舌っ足らずにルイスを呼んで、不満をぶつけるように、ルイスの服をぐいぐい引っ張っている。
 かわいい。
 美男美女。いいや、美男と美少女?
 ふたり並ぶと絵になるなぁ。

 というより、この光景、なんだか見たことがあるような……。

 見たことあるってことは、あの不思議な記憶だよね。
 レイヴンにいる女の子、レネ、レネ……。
 じっくりと記憶を探っていく。そして、ピカッと頭の中が光った。

 あっ。この子、ルイスとのカップリングをうわさされていた、くれないのレネじゃないか?!

 間違いない。
 レネだ。

 レネ・カーミア。

 この船、渡り鳥レイヴンの紅一点。
 無表情で敵を殺戮さつりくすることから、紅の異名をつけられた。ほとんど表情が変わらない、それこそ人形のような子だ。

 マンガではもう少しボインになって、妖艶な感じになっていたけど、間違いない。

 レイヴンが壊滅したあと、唯一の生き残りレネがルイスのとなりに並んでて、そのままフェードアウトしたから、ふたりは結ばれるのだろうといわれて……って。あれ。

 レイヴンが、壊滅?

 さあっと、全身から血の気が引いた。
 指先まで冷たくなって、ぶるりと震える。

「リィル?」

 ルイスがなにかに気づいた顔で私を見る。

「どうした? 顔色が悪いな。やっぱり風邪か?」

 たぶん顔色が悪いのはもとからだ。

「いえ。なんでもないんですの……」

 あいまいに笑って誤魔化す。
 ふいと、ルイスから視線をそらした。

 どうして忘れていた?

 ルイスの未来。
 ルイスたちの仲間のこと。

 『私』は、あんなに泣いていたのに。

 記憶は連鎖的に思い出すっていうから、そのせいだろうか。たしかに、細かいところまで、すべてを思い出せているわけじゃない。
 だからって、ルイスたちの仲間が、みんな死んでしまうことを、今思い出すなんて。

 これは本当に起こる未来なの?

 勝手な妄想とかじゃなくて?

 記憶があったって、未来に起こると証明できるわけじゃない。
 未来に起こることなんて、だれにもわからない。ただ、どう信じるか。それだけだ。

 これは未来に起こると信じて行動を起こすのか、ただの妄想だと信じてなにもしないか。

 黙ったまま考え込んでいると、突然目の前に焼き鳥が突き出される。

「はい、あーん」

 レネだった。

「あーん」

 逆らえない威圧感に、心臓が縮みあがる。
 起こるかわからない未来より、今は目の前の危機!
 じりじりと迫る焼き鳥を見つめる。

 地上の食べものは海の使族には毒で、口にした瞬間死んだりとか……しない、よね。
 おそるおそる口をあけた。

 ずぼっと鳥が喉に突き刺さる。
 うっ、死ぬ! 遠慮のない突き刺しだ!
 おえっと嘔吐く。苦しい。

「おいレネ! 突っ込みすぎだ」

 鳥が去っていき、げほげほ咳きこむ。
 目の端に涙がにじんだ。

「ごめんね?」

 死ぬかと思った。

「下手くそか。こういうのは少しずつあげるんだ、こうやって」

 ルイスが鳥の丸焼きを差し出してくる。
 かじれと?

 これは「あーん」に入るのだろうか。乙女の憧れの。
 いいや、ノーカンだな。ムードがかけらもない。
 しいていうなら、親鳥一年生を指導する親鳥みたいな。私は手も足も出ない雛鳥だ。

 私は黙って口をあけた。
 少しだけやってきた鳥にかぶりつく。

 じゅわりと肉汁がひろがった。

「美味しい!」

 美味しい。すっごく美味しいっ。焼き加減が絶妙だ。それに、味付けはなんだ? 独特のスパイシーさがあるっ。

 つくったのはだれ?
 我が家のシェフにしたいっ。

「おいしい?」

 レネの言葉にウンウンうなずく。

「それ、わたし、つくった」

 なんだって?
 そんなバカな。こんなにおっとりのんびりしてて、なにもできなそうなのに、特大料理スキル持ち?!
 驚愕にひれ伏そうとしていると、どこからともなく、新たな声がした。

「おーい。こら、レネちゃーん? なーに堂々とウソついてんだよ。それつくったの、俺な? 俺」

 声のしたうしろを向いて、頭にガンッと衝撃を受ける。

 少し長めの赤毛の髪。今はそれを頭の低い位置で縛っている。ひょうきんそうな、いるだけでその場がパッと明るくなる、不思議な人柄。

 アルバトロスだ。
 アルバトロス・シード。

 ルイスの親友で、そして、レイヴン壊滅事件の引き金になる人。

 レイヴンで一番はじめに死ぬ、犠牲者だ。

 
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