9 未来のキー

 私の記憶にあるアルバトロス・シードは、不憫な男だった。

 強くて明るくて、人に好かれやすく、料理ができて顔もそこそこいいという、パーフェクト! と拍手したくなるような設定モリモリなのに、サクッと死んでしまい、それがきっかけで大切な場所が崩壊するという……。

 しかもさぁ、死んじゃった理由が、『仲間を守るため』という、なんともらしい理由というか。

 たとえ何度繰り返したとしても、アルバトロスは死ぬのだろうという説得力増し増しの死に方だった。
 仲間を見捨てるなんてできない性格だからね。

 アルバトロスの最後のセリフが、「おまえより俺のほうが強いの知ってんだろ? だぁいじょうぶだって、必ず戻る」っていうので、「いやそれ死亡フラグ!」ってなったよね。死んじゃったのを知ってからの回想だったけどね。死んだの知ってたけどね。

 ぼーっと記憶を呼び覚ましていると、ルイスがひょいと私の顔をのぞき込んできた。

「やっぱり、顔色が悪くないか?」
「……いえ、生まれつきなんですの」

 海に住んでるからね。

 それよりも、これからどうしよう。
 ルイスはいた。レネもいた。アルバトロスも。レイヴンもあった。
 記憶の通りの人たちといっても、過言ではない気がする。

 この記憶は未来なの?
 となると、あのマンガは予言書?
 いや、ここがマンガの世界、とか。そんなバカな。

 全部妄想だって結論づけて、目をそらすことは簡単だ。
 でも、それで本当に後悔しないのだろうか。

 もしも、この記憶の通りに未来が起こるのだとしたら。私は悪役だし、ルイスたちは破滅だ。

 それで、本当にいいの?

 いいはずがない。

 でも、じゃあなにができるというのだろうか。
 こんなことが起こるって、助言する?
 でも、「あなたたち、これから破滅しますよ」なんていったら、それこそインチキ占い師まっしぐらじゃないか。信じてもらえるとも思えない。
 偶然拾った、たった数日一緒にいるだけの子どもだし。

 そもそも、私は海の使族だ。
 ルイスたちの敵。

 正体がバレたら、なにをいっても信じてもらえないと思う。

 心の中でため息をつきながら、ちらりとアルバトロスを盗み見る。バチンッと、視線があった。
 うわっ、見られていた。
 さっと人好きしそうな笑みを浮かべたアルバトロスは、私を見て感心したようにうなずく。

「ルイスが連れてきたお姫様、マジであの人形にそっくりだな」
「アル、わたしの」
「ちげーって。あんま迷惑かけんなよー?」

 アルバトロスにたしなめるようにくしゃりと頭をなでられて、レネはむぅっと口を尖らせたまま黙り込んだ。ほんのり頰が染まっている。
 おっと?
 アルバトロスはあらためて私を見て、にかりと笑う。

「俺はアルバトロス・シード。ここの料理を担当してる。気軽にアルって呼んでくれていいぜ」
「私はリィルです。お世話になります」

 頭をさげると、真っ白のお皿に飾りつけられた、ふわふわクリームのいちごケーキが差し出された。

「はい。お近づきの印にケーキはいかが? さっき仕上げたばかりの特別品だぜ?」

 軽くウィンクされた。
 おお、これはチャラい。チャラくてモテそうだ。嫌味がないチャラ男だ。さすが別名、人たらし。

「ありがとうございます」

 うわぁ、美味しそうっ!
 クリームがつやっつや輝いて見える。
 甘いものは大好物だ。魔法のかかった、癒しの食べものだからね。

 受け取ろうとしたら、横からさっとお皿を盗られた。

「こーら、レネちゃーん」
「わたし、あげる」

 レネがちょっといびつにケーキをフォークで切って、私の口もとに持ってくる。まだ雛鳥ごっこは続いてたのか……。そして、うすうす気づいていたけど、レネさんちょっと不器用ですね?
 ぱかりと口をあけると、ケーキがやってくる。

「ふふふ、かわいい」

 ご満悦そうでよかったです。

 ほいほいと口に放り込まれ、完食。
 空のお皿に向かって一礼する。
 とっても美味しかった。スポンジはふわっふわだし、クリームは軽くて食べやすい。甘すぎず、ぺろっといけてしまうちょっとした危険さもある。
 ああ、もっと欲しい……。
 まずいまずい。すでに中毒症状が。

 私の欲望オーラに気づいたのか、レネが「もっと、いる?」と魅惑の言葉を放った。私はうなずいた。甘いもの中毒者に聞いてはならない。

「わたし、つくる」

 レネはすくっと立ちあがった。
 そしてキリッとした面持ちで歩きだす。
 そのあとを、ぎょっとした顔でアルバトロスが追いかけた。

「ちょーっと待った。おまえ厨房破壊する気か?!」
「しない」
「するほど下手だっていってんだよ」

 無言で蹴りを入れているレネ。
 私はそっと、ルイスを見た。ずっと黙っているけど、その心境はいかに。
 ルイスは優しい眼差しをして、レネとアルバトロスを見送っていた。

「……」

 私の中に、ある仮説が生まれた。
 レネは、たぶん、アルバトロスに好意がある。
 そして、ルイスは……。

「うん? どうした?」

 見てたことに気づかれた。

「なんでもないんですの、ほほほ」

 ルイスはきっと、レネが好きだ。

 つまり、これは三角関係というやつなのでは?!

 そして、私の不思議な記憶……もしも、もしもあれが、起こる未来だとしたら。

 レイヴンが壊滅したからこそ、ルイスとレネは結ばれるのでは?

 アルバトロスが死んで、レネの想い人が死んで、ルイスはたくさんのものをなくすけど、恋は実る。

 えええええっ。
 そんな悲しいことってある?

 もしも、あれが未来なのだとしたら。
 私は、変えたいと思った。
 でも、未来を変えることは、本当にいいことなのだろうか。

 なにかを救える分、あったはずの幸せを壊してしまう。

「どうした? 難しい顔して」
「なんでもないんですの。なんでも……」

 未来を変える方法なんて、わからない。

 それに、私とルイスたちは、アクアバースに着くまでのほんのわずかな時間、一緒にいるだけだ。
 本来は悪役と主人公側。
 絶対に、交わることのない平行線。

 そんな私に、なにができる?
 非力でちっぽけな、9歳の私に。

 なにもできるはずがない。
 そう、目をそらしたいのに……。

 ルイスが傷つく顔は、あまり、見たくない……。

 じっと床と睨めっこしながら考えていると、さらりと髪を耳にかけられる。
 びっくりした。ルイスか。

「大丈夫か?」
「え?」
「疲れただろ、レネの相手をするのは。あまりいわれるままにしないほうがいい」

 口の端についてたらしいクリームをぬぐわれた。
 かっと顔が熱くなる。
 それは、もしや、「こぉら、ついてたゾ。おっちょこちょいだなっ」て、カップルがよくやる、クリームぺろっと舐めるやつ?
 トキメキいっぱい、乙女の夢?

 ドキドキと、期待たっぷりに、クリームのついたルイスの指先を見つめる。
 ルイスは冷静に、床におかれていた布巾で指先をぬぐった。

「……」

 乙女の夢は、しょせん夢。
 この世は無情である。

 奈落の底に落ちた私の魂をかき集めなぐさめる。

「レネは人形集めが趣味なんだ」
「……人形集め?」

 ルイスが苦笑した。

「そう。気をつけないと、収集されるぞ。かわいいからな」

 え。えっ!
 サラッとかわいいっていわれた。いわれたっ。
 たぶん。

「い、今。かわいいって」
「ああ。リィルに似てる人形の話しただろ? レネはそれをずっと欲しがってたんだ。プレミアものだから、そう簡単に手に入らなくてさ」

 そういう意味でしたか。レネが好きそうなかわいさってことね。なるほど。ルイスがかわいいと思ったわけではないと。

 すぐにトキメク心が憎い。
 ルイスがかっこいいのが憎い。

 心の底で歯ぎしりする。

 ルイスはレネのこと、ひっそり思い続けるつもりなのかなぁ。
 私の妄想通りの未来になるなら、ルイスは結ばれるけど、代償があまりにも大きすぎる。
 そんなの、ルイスは絶対願わないだろうな。

 だって、ルイスの一番大切な人は──

「ああ、そうだ。責任者のところに行きたいんだったよな。今はうるさい奴らもいないし、案内するよ」

 ルイスが立ちあがって手を差し出してくる。
 その手につかまって、よっこいしょと立ちあがった。

 
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