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09 称号、破滅へと進みし者

「……北の、大地……」
 

 私は絶望に打ちひちがれながらそう呟いた。

 
「そうだ。よいところだぞ。主もきっと気に入る」
 

 死の大地と呼ばれているところを、気に入る!?
 そんなこと、あるわけがない。それに、私は破滅の道だけは進みたくないの。

 
「申し訳ございません。私、あなたと共には行けません」
 

 そう言いながら腰を折る。

 
「なぜだ?」
 

 えっ、そこなぜって聞く?
 私は引きつりそうになるのを必死に抑え、公爵家令嬢の顔で微笑む。

 
「あいにくと、私には家族がおりますので」
 

 家を出て来たばかりだけれど、今回ばかりは利用させてもらう。
 何が何でも、北の大地行きだけは避けたい!

 
「ふむ。家はどこだ?」

「…………はい?」
 

 家はどこ? なぜ? なぜそんなことを知る必要があるの!?

 
「家の者に直接交渉しよう。安心しろ、必ずうなずく」

「…………あの、もしや、それはスキルを……?」

「そうだ」
 

 なぁにが「そうだ」よ!
 人を操って許可もらうって、人として最低よ。いくら顔がよくたって、絶対こんな奴と一緒に行かない。行った未来が絶望しかないのは目に見えてるもの。
 ここは嘘でもなんでも吐いて、適当に言いくるめて諦めてもらおう。

 ニッコリと完璧な笑みを作る。

 
「……私は、公爵家の者ですので。婚約者もおります」

「……公爵家?」

「はい、ですので、そう簡単には……」

「もしや、これは主のことか?」

「……え?」
 

 美男子エルクが、ペラリと紙を前に突き出した。
 そこには、『婚約破棄成立!』という見出しと共に、バカ王子の姿が。

 
「名は、アメリア・ド・ファーレストだったな?」

「………………」

「号外が出ていた。災難だったな。だが、これもきっと天命だ。私と来い」
 

 少しだけ、ぐっと胸が詰まった。
 災難だったなんて、そんなこと言ってくれる人、いなかった。

 この号外だって、酷い書かれようだ。
 全部私が悪いと、そう書いてある。フィルをいじめ、権力を盾にしてやりたい放題。王子のことなんて、微塵も敬っていなかった。むしろ暗殺でもして乗っ取りを考えていたのではないか。
 そんな、ありえないことまで面白おかしく書かれている。仮にも、公爵家だというのに。
 人は誰かを引きずり落とすのが、本当に好きだ。
 お父様は、これを見てどう思うのだろうか。家も出たし、迷惑はかけずにすむだろうけれど。

 震える手で号外を受け取って、うつむく。

 
「これを、読んだのですか」

「そうだ」

「……これを読んだのに、なお、私のことを誘うのですか」

「……? 私は紙に書かれた主を誘っているのではない。今、目の前にいる主を誘っているのだ」

「…………っ」
 

 何よそれ。
 大バカじゃないの?
 あのバカ王子以上の大バカよ。

 そして私は、そんな大バカに弱いのよ――。

 
「アメリア」

「……エルク様」

「名を呼んでくれるのだな。少しは気を許してくれたか?」

「…………なぜ、なぜ私が必要なのですか」

「北の大地はこの辺りとはやや違っている。私の国は結界で守られているのだ」
 

 ……結界。
 北の大地が死の大地と呼ばれる理由、それは――魔物が多く生息しているからだ。
 この乙女ゲームには魔物と呼ばれる存在がいる。戦闘システムがあるのもそのせいだ。
 だけれども、実際生活に大きく被害があるような数ではない。

 それが、北の大地と呼ばれる海を渡った先にある大陸。
 そこには、おびただしい数の魔物がいるという。
 だから、北の大地の調査は行われていないし、そこに国があるなんてことも知られてはいない。

 ある意味、この瞬間は世紀の大発見である。
 まあ、今さらこれをどこかに報告しようなんて気もないけれど。

 
「結界で守られているのなら、私は必要ないのでは?」

「代替わりだ」

「代替わり?」

「今の結界持ちは、もう、長くない」

「…………」

「結界がなくなれば、さすがに民全てが無傷というわけにはいかないだろう」

「だから、こんなところまで探しに来たのですか? ご自分の足で?」
 

 王族なのだから、誰かに探して来いと言えばいいのに。

 
「知らぬ土地に来てくれと頼むのだ。自ら出向くのが礼儀だろう」
 

 キョトンとした、純粋な汚れのないビー玉のような瞳で、エルクはそう言った。

 たった一言命令をすればそれで済むのに。
 何より、人を操るスキルを持っているのだから。
 人を動かすなんて容易いはず。
 

 本当に、大バカの大バカなのね。

 
「…………少し、考えさせてください」

「よい。私も急かしすぎたようだ。考えたいことも、泣きたいこともあるだろう」

「…………」

「私はあの宿にいる。何かあれば訪ねて来るといい」
 

 そう言って、エルクはくるりと私に背を向けた。
 その後を、マルクが追う。不安げな表情で、エルクと私を見比べていた。

 
「エルク様、いいのですか?」

「うむ。アメリアはきっと来る。そういう天命だ」

 そんな声が、風に乗って聞こえた。

 
「天命、ね……」
 

 自ら家を出ることを望んだというのにこうなるんだ。
 スキルが結界だった時点で、もう結果は決まっていたのだろうか。

 死の大地……。
 戦闘システムのある乙女ゲーム。
 死ぬこともあるのかもしれない。

 だって、私はまだレベル2だ。

 それでも――

 
「民を守りたい、ね」
 

 私も、王子と結婚したらそうなるのだろうと思っていた。
 国民が幸せに暮らせればいいと、そのために日々勉強をした。

 立派な王太子妃になるために。

 婚約破棄のせいでこれまで生きてきた意味なんてなくなって、さらには不幸なアメリアを思い出して。
 破滅なんて絶対に嫌だと思っていたけれど……。

 あんなバカ王子、見捨てられないじゃない。

 
 私は軽やかに足を一歩踏み出した。

  
「さぁて、語られなかった破滅のその先、見てみますか!」

【称号、破滅へと進みし者 を獲得いたしました】

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