6/3 中編新作公開しました

32 謎に包まれた男

「朝になったら王子のとこ行くから」

 
 アルジュはパチパチと爆ぜる暖炉の火を見つめながら、そう口にした。

 
「今からじゃないの?」

「あんた、今何時だと思ってるの?」

「……」

  
 あ、そういう常識はあるのね。と、真顔になる。
 私の所には時間関係なく、さらには遠慮なく来てたけど。エルクには気を使えるのね。へーぇ、ふーん、そう。

 
「二階に部屋いくつかあるから、適当に使っていいよ」

「……そう。じゃあ適当に使う」

 
 アルジュから渡された厚手の黒い服に袖を通して、床に置かれていた自分の荷物を手に取る。
 そして、暖炉の前にしゃがみこんでいるアルジュを振り返る。

 
「アルジュは寝ないの?」

 
 アルジュは暖炉の火を見つめながらうなずいた。黙ったまま。こちらを見ようともせず。

 
「そう、じゃあおやすみ」

「おやすみ」

「また明日」

「……」

 
 チラリと、一瞬だけアルジュの視線がこちらに向いた。それを無視して階段を上がっていく。
 そして少し螺旋状になっている階段を登りきり、二階の廊下にでて呆気にとられる。
 我が家よりは小さいと思うけれど、それでも広っ。使用人がいる気配もないし、まさかこの広い家にアルジュ一人?

 夜中ということもあって、そろそろと廊下を歩く。
 廊下にいくつか扉がある。けれど、扉と扉の間隔が広い。これ、部屋はどれだけ大きいのかしら。

 そおっと、出来心で手前の部屋をのぞいてみる。一応ノックしたけれど返事はなかった。

 ほんの少しだけ扉を開け、片目でのぞく。うわ、やっぱり広い。人はいないようだけど客室?
 暖炉にテーブルに椅子、ベッドにサイドテーブルに棚。それしかない。棚の中は空だし。

 ちょっと悪いかなと思いつつ、好奇心の方が勝って、結局全ての部屋をのぞく。
 部屋の作りは全部似たような感じだった。

 うーん。アルジュの立場って、なんなのかしら。
 エルクの側にいるし、信頼しているようだった。お城にも出入りできるみたいだし。

 首をひねっていると、足音が聞こえて振り返る。

 
「あれ、あんたまだ起きてたんだ」

「アルジュっ……」
 

 まさか部屋を全部のぞいていましたとは言い難い。

 
「部屋、どこにしようか迷っちゃって」
 

 我ながらナイス言い訳!

 
「そんなの、どこだっていいのに」

「部屋たくさんあるから」

「誰も使ってないよ」
 

 アルジュはそう言いながらスタスタと歩いて行く。

 
「使用人とかもいないの?」

「うん。俺、あんまりこの家いないし」

「そうなの?」

「そうなの。それより早く寝なよ。明日王子のところに行くって言わなかった?」

「ね、寝る。それじゃあ、ここ借りるね」
 

 適当に手前にあった扉を引く。

 
「うん。おやすみ」

「おやすみ……」
 

 部屋の中に入ると、アルジュも適当な部屋に入った。それをそっと見届けて、パタンと扉を閉めた。

 アルジュも、このなんにもない部屋で寝てるんだ。
 というより、あの感じ決まった自分の部屋がなさそうな感じ。

 なんか、家っていうより――

 
「宿みたい」

 
 物はないし、部屋も決まってない。

 アルジュって、ほんと謎。魔人もよくわからないし。つかみどころがないというか……。

 まあ、いいや。

 
「寝よう……」
 

 疲れてるし。夜中に起こされるし、やっぱり災難ばかりだ。
 明日エルクに会ったらとっちめてやらないと。
 冷えた豪華なベッドに潜り込んで目を閉じた。

 次の日。
 心ゆくまで眠って、下の階に行くと、アルジュが両手を組んで不機嫌そうに待ち構えていた。

 
「あんた、寝すぎ。もう昼だけど」

「う、まあまあ」

 
 文句を言いつつ、起こさないでくれたのね。

 
「王子がそわそわしてて鬱陶しい」

「……はは」
 

 呑気なものだ。エルクも。
 これからこってりと絞られるとも知らずに……。

 フッと笑っていると、アルジュが手を差し出してくる。
 え? もう? 待って? 着替えてないけど?

 言おうとした言葉は、アルジュが無理矢理私の腕をつかんだことでかき消された。
 この、自分勝手男ぉおおおお!

 視界が変わったと思った瞬間、何か銀色をした犬のようなものが横切った気がした。

 
「アメリア!」

「う、わっ」

 
 目の前に飛び出して来たのは、他でもないエルクだった。
 

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