6/3 中編新作公開しました

33 エルクは私が、好きなのですか

 じっと私をのぞきこんでくる、猫のように大きな紫の瞳。

 ち、近い!
 反射的にグッとエルクの体を押しのけた。その瞬間、エルクはショックを受けたような顔をして一歩後退る。

 
「あ……ごめん」

「……よい」
 

 よいって顔じゃないけど……。
 と思いつつも面倒だから口にすることはせず、心の中だけで突っ込む。

 次にエルクは私の隣に立っているアルジュを見て、嬉しそうに表情を緩める。

 
「アルジュもご苦労だった」

「ただいま、王子」
 

 なんかほわほわした空気が飛んでいるけれど、離れてたの一日くらいだけどね?

 空気壊しそうだから言わないけどね?

 
「して、レベルはいくつになった?」
 

 エルクがそう問いかけてくる。

 
「え、あ……58」

「なんと。もう私と同じか」

「そう言えばそうかも?」

 
 そう考えると、レベル上げるのって案外簡単なのね。
 

「アメリア……」

「ん?」
 

 なんかエルクすごい顔してるけどなに? 驚愕というか、慄いているというか、心配というか。
 いろんな感情が混ざっていて、もうなんだかよくわからない。

 
「主はどこまで行って来たのだ」

「はい?」

「西のドラゴンを倒したか? 北の魔を打ち払ったか? まさか、国を滅ぼしたかっ?」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってっ!?」

 
 ドラゴン!? 魔!? この人はどこの世界の話をしているのっ!?
 しかも国を滅ぼすってなに!?

 困惑しながらアルジュを見ると、アルジュは肩を揺らしながら静かに笑っていた。
 そして私を目が合うと、ニヤリと笑って自分の唇に人差し指を押し付ける。

 ちょぉぉと、どういうことなのよーーー!?

 
「一夜でそんなにレベルが上がるとは……想像以上だ」

「へ……」
 

 まさか、あの場所って、本当に知られてないのっ?
 エルクも知らないってこと?

 まずい、なんて誤魔化したらいいの!?

 
「え、え、えっと」
 

 エルクが期待に満ちたキラキラした瞳で見つめてくる。

 
「さ、殺戮さつりくして来たかな……」
 

 芋虫を。

 アルジュが小さく吹き出した。

 
「なんと、殺戮? 魔物をか?」

「そ、そう」

 
 ピカピカ光る芋虫型の。

 
「主は本当に強いのだな」

「え、と。うん……はは」
 

 う、良心が痛む。
 本当は攻撃もしてこない小さな芋虫を、一方的に倒していっただけなんだけど。まさに血も涙もない殺戮者だ。

 そっとエルクの純真な瞳から視線をそらした。

 すると、静かに笑っていたアルジュがエルクに声をかける。

 
「王子、悪いけど俺は席外すよ」

「うむ、わかった」

 
 アルジュを見ると、アルジュが目配せする。そうか、エルクを絞り倒せってことね。任せなさい。
 私は強くうなずいた。
 アルジュがそのまま部屋を出て行くのを見送って、パタンと扉が閉まったところでエルクを見る。

 
「エルク、話があります」

「アメリア……?」
 

 不思議そうに首を倒すエルクは、私に腰かけるように促した。
 部屋のソファーに深く腰を下ろし、向かい側に座るエルクを真っ直ぐ見据える。

 
「聞きたいことがあります」

「うむ、聞こう」

「ずばりお伺いしますが、エルクは結界持ちが自分の伴侶になることをご存知だったのですか」

「うむ、知っている」
 

 エルクはあっさりうなずいた。

 
「……では、私を伴侶にしてもいいと?」

「そうだ」

「…………」
 

 なぁにが「そうだ」よ!
 こっちは聞いてないっ!

 
「私は、聞いていませんが?」
 

 精一杯笑みを浮かべた。穏便に済ますために。
 エルクはキョトンとした顔をしてうなずいた。

 
「主には言っていないのだから、そうだろう」

「……。そういうのは、先に言っておくべきでは?」

「言って欲しかったのか?」

「はぁ? 当然でしょう!?」
 

 思いっきりテーブルを叩きつけた。エルクが驚いたように身をすくませる。

 
「そ、そうか。それはすまなかった」

「私はまだ、あなたの伴侶になると決めてませんがっ?」

「知っている」

 
 エルクはさも当たり前のようにうなずいた。
 一度深く息を吐いて冷静になる。なんだか噛み合ってない気がする。一旦落ち着こう。

 エルクは私が息を深く吐いたのを見計らって言葉を続けた。
 

「これは私が一存で決めたことだ。むろん、断ってもかまわぬ」

「……、なぜ、私を?」

「結界持ちを探すときに、直感というスキルを使用したことは話したか?」

「聞きました」

「結界持ちはそう多くない。だが、全くいないわけではない」

「……」

「それでも、選ばれたのは主だった」

「それだけの理由で私を?」

 
 エルクは首を振った。横に。

 
「主を連れ帰ったのは、美しいと思ったからだ」

「はぁ……見た目がでしょうか?」

 
 まあ、確かに見てくれだけはそこそこいいらしい。毎日見てると感覚マヒしてくるけれど。毎日毎日学院やらパーティーやらでひそひそ囁かれては、謙遜するような心は消え去った。
 う、まさか、これが悪女への一歩っ?

 違う意味でドキドキしている私の心なんて知る由もなく、エルクは続ける。
 

「見た目も美しいが、心が……強く、綺麗だと思った」

 
 エルクが、ふと目を伏せる。神秘的な紫の瞳が、長いまつ毛に隠された。
 見た目という面で言うならば、エルクの横に並んだら私なんてミソッカスのような気も……。
 全世界の美女を集めても、この顔に勝てる人なんていないのでは?

 食い入るようにエルクの憂いげな表情を見る。

 
「人に頼ることに不器用で、危なっかしくも思えた。泣きたいのを堪え、気丈に振る舞う姿を見て、そばにいたいと、そう思ったから、だから連れ帰ったのだ」

「……」
 

 私にとって、計算以外で泣くことは、許されないことだった。

 女の武器は涙、なんて言うけれど、いつもメソメソ泣いているような王妃で国民が安心できるだろうか?
 私は、バカ王子の婚約者になったあの瞬間から、泣くことはできない立場になった。

 強くならなければと。
 民を守らねばと。
 それだけを考えて生きてきた。

 だから。

 私は、泣き方があまり、わからない。

 婚約破棄された時だって。お父様に信じてもらえなかった時だって。汚名を着せられた時も。エルクにいらないと、捨てられた時も。

 一人、街を歩いている時だって。

 
 私が泣きそうになっているなんて、そう思う人なんていないはずだ。
 悲しい気持ちを隠すのは得意になった。
 涙に蓋をすることも、得意になった。

 だけども。

 なんだ、エルクには全部、筒抜けなのね。

 
 私は膝の上で拳を握ったまま、顔をうつむかせる。

 
「心配せずとも、すぐにうなずいてもらえると思っていない。ただ、時間が欲しかった。伴侶になる可能性があると伝えたら、主は私をそういう目で見てくれたか?」

「それは……」
 

 恋愛として見て欲しい、って、こと、なのだろうか。王妃という義務ではなくて、一人の人として見て欲しいと。

 私は――

 どうして、エルクの頼みを聞いたんだったっけ。

 どうして付いて行こうと思ったんだろう。

 
「だから黙っていた。私の勝手だ。すまなかった」

 
 エルクは真っ直ぐに頭を下げた。

 そうだ。エルクが、バカみたいに真っ直ぐだったから。だから、ほっとけなくて。
 無謀な頼みも引き受けてしまった。
 

「エルクは、私が、好きなのですか」

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