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36 たとえこの身が滅んでも

 ……人殺しの、アルジュ?

 私は目で追った。アルジュの姿を。

 アルジュは何も言わなかったけれど、ただ目を細めた。そこに、どんな感情が乗っているのか、推し量ることはできない。

 
「僕のこと探ってたの、おまえだろ?」

 
 魔人トネールは続ける。アルジュを見据えたまま。

 
「人のこと探るとかさぁ、やめてくんない? 気持ち悪いから」

 
 その物言いにイラっとしていると、アルジュがさりげなく前に出た。
 まるで隠されているみたいな……。

 
「俺が。俺がどれだけ探してたか、わかる?」

「さぁ? まさか復讐とか? やめてよ? それはこっちのセリフ。なんでおまえが生きてるんだよ、アルジュ」
 

 大きな雷鳴が聞こえた。思わず身をすくませる。
 ちょっとちょっとちょぉぉと! なに、なにこの人間離れした空気。こわ! 魔人こわっ。
 ぎゅうっとエルクにしがみつく。エルクも硬い表情をしていた。それでも、安心させるように私の体を抱きしめる。

 ピリピリとした空気に、息を吸うのも気を使う。
 何か、ちょっとしたきっかけで、この空気が弾けてしまいそうだからだ。

 必死に気を使ったけれど、すっと、魔人トネールの目が私に向いた。

 ひっ? なになになに!? なんで見たの!? どうしてっ!?

 
「調香持ちが、いるはずだけど――」

 
 間違いなく、私の顔はこわばったと思う。
 待って待って。調香持ちって、私!? 私しかいないよねっ? どうして私!?
 

「もしかして、おまえ?」
 

 いつのまにか。本当に、瞬きもしていないのに。目の前に、魔人トネールがいた。
 うそ。だって、結界も。なんで。

 ぎょろりとした目が私を見る。綺麗な顔、だけど。目がぎょろぎょろしていて、なにか、怖い。

 目を見開いて固まっていると、隠すようにエルクに包まれる。
 次の瞬間、魔人トネールが吹き飛ぶ。アルジュが巨大な鎌を手にしていた。

 魔人トネールは少しだけ首をかしげる。

 
「……あんまり、似てないね」

「何の、話よ」

「クリードの想い人も、おまえ?」

「……クリード殿下を知っているの?」

 
 魔人トネールは、何も答えず笑った。嫌な笑い方。というか怖いっ!
 どういうことっ? もう何にも理解できない。

「僕の操りを解いたけど、もしかして、おまえ、結界持ち?」

「……」

 
 操りを、解いた? え、いつ操られてたの? 何それ怖い。

 私は何も、答えてないのに、魔人トネールはパァっと顔を綻ばせた。

 
「へぇっ、珍しいな、おまえ。まあ、なんでもいいけど、一緒に来てくれるよね?」

「はぁ?」

 
 思わず声が出てしまった。
 どうして私が。意味がわからない。

 
「おい、彼女に近づくな」

 
 アルジュが鎌を構えたまま前に立つ。その隣にマルクが並んだ。

 
「アルジュ、おまえはまだ僕の邪魔をするのか」

 
 また雷鳴が轟く。もしかしてこの雷鳴、この魔人が? そういえば、なんかスキルが、ヤバそうなのが、あったような。

 
「クリードがその女を呼んでるんだよ、渡せ」

「渡さない」

「へぇ? 渡さないなら、全員、死んでもらうけど」

【トネール・フォン・ディークラントはスキル、雷神を使用しました】

【自身の近くにいる敵に雷撃を与えます】

 目の前が、弾けた。
 閃光に目が焼かれる。

【応用スキル、多重結界を使用しました】

【指定した対象三名をあらゆる衝撃から緩和します】

 バチン! と、何かが弾けた。

 その瞬間、急速に、何かが蘇ってくるのを感じた。

 
 王子ルートのバッドエンド。

 主人公は、欲に塗れた第三王子の誘いに乗って、共にアメリアを貶める。
 最初に、愛らしい無害そうな第三王子に「兄上との仲、協力してあげようか?」と持ちかけられ、「はい」を選択すると、あとはもう何を選んでもバッドエンド直行だ。

 それは、ノーマルエンドの比ではないくらい楽なルート。何をしても上手くいく。人が、面白いくらい自分を肯定する。信じる。まるで――何かに操られているかのように。

 そして、アメリアは王子から婚約破棄を言い渡され、国外追放される。
 一見、主人公と王子は結ばれたかのように思えた、が。

 国から消えたアメリアを、第三王子が自分の婚約者に迎えようとしたその直前に、アメリアが自害したことで歯車が狂っていく。

 第三王子は気が触れたようにおかしくなり、国が荒れだす。

 そして人の負の感情から現れるという設定……だったはず、の魔物が次から次へと湧き、国は魔物の軍勢に襲われる。
 王子は必死に軍隊を指揮して戦ったが、魔物が減ることはなく。

 美しかったはずの国が、魔物の国となり始めた頃、王子と第三王子が共に死体となって発見される。

 そして、国は滅亡したのだった――。

 という、世にもおぞましい最後を迎える。

 私、てっきりノーマルエンドだと思っていたけれど、まさか。まさか。

 これって、王子ルートバッドエンドのシナリオ!?

 えっ。アメリア自害!? 本当に!? 私死ぬの!? いやでもこの魔人は!? 
 まさか、アメリアは自害ではなく……殺されたっ?

 王子と第三王子を殺した者は出てこなかった。

 まさかまさか、この魔人ーーーーっ!?

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