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43 私の生まれた国

 ふと、甘い匂いが鼻について、意識が浮上していく。

 甘い甘い、だけどどこか凛とした、記憶に焼きつくような匂い。

 ハッ、と目を開けて、そのまま飛び起きる。

 
「あ、目覚めた?」
 

 すぐ隣からアルジュの声がした。
 横を向くと、アルジュが木の椅子に腰掛けて横目に私を見ていた。

 
「まったく。キスくらいで失神するとか聞いたことないんだけど」

「え、……ここ、は?」
 

 木で作られた家。床から壁、天井に至るまで、全てが木だ。しかも、ところどころ隙間空いてるし、相当不器用な人が作ったに違いない。
 天井、木の大きさ、あってない。
 細めの丸太を適当に組み合わせたような屋根に、なんとも言えない気持ちになる。

 でも、なんか、見たことがあるような……。
 

「ここは、さっきと同じ森の中」

「あ、もしかして、アルジュはここに来るために、この森に?」

「……。そう。ここには、昔、ひとりの調香持ちが住んでた――」

 
 アルジュの赤い瞳が、真っ直ぐに私を射抜いた。
 昔の、調香持ちの家?

 もしかして。その人が、アルジュの……。

 黙ってアルジュの目を見つめ返していると、外から金属がぶつかる音が響く。

 
「なんの音?」

「王子とマルクが稽古してる音」

「……何で急にまた」

「あんたにレベル追いつかれたのが、悔しいんだろうね」
 

 それを聞いて呆れる。
 レベル100にしてこいと追い払った本人が、まったくなにを……。

 
「それと、あんたを守れなかったことも」

「……」
 

 アルジュを見上げる。
 椅子から立ち上がったアルジュは、私に背を向けて狭い家の中にあるテーブルに向かう。
 テーブルの上には、透明なガラスでできた水差しのような物が置かれていた。その中には、水と、青いビー玉のような石。

 アルジュがコップに水を注いでいるのを見て、ぐるりと家の中を見回す。

 空気を吸い込むと、やっぱりかすかに甘い匂いがした。

 
「はい」
 

 水が差し出されて、お礼を言いながら受け取って、半分くらい飲んで一息つく。

 
「あの魔人は、どうしたの」

「見失った」

「……、そう」

「まぁ、ある程度見当はついてる」
 

 私は再び、水を口にする。
 そして、全部飲み干して、コップを口から離してゆっくり手を下ろす。

 
「私も、ある程度見当がついてるわ」

 
 もしも、本当にバッドエンドの通りに進んでいるのだとしたら。
 このあと起きるのは、母国の滅亡。

 そして、バカ王子とクリード王子の死。

 二人を殺すのが、きっとあの魔人だろうと思っている。

 つまり、あの魔人はあの国にやってくる。必ず。
 

 
「アルジュ、私も行くわ」

「……連れて行く気ないから」

「なら勝手に行く。あの国は――」
 

 私の決意を示すために、そらすことなくアルジュを見た。

 
「私の、生まれた国だもの」

 
 
 たとえ、どんな汚名を着せられても。

 どんな仕打ちをされたとしても。

 
 私がそこで過ごして、培ったたくさんの想い出は、消えない。

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