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45 アルジュと調香持ち

 再びマルクとの稽古に向かったエルクを見送り、これからのことを考える。

 クリード王子とあの魔人がどういう関係なのかわからないけれど、最悪また戦うこともありえる。

 レベルが、レベルが足りない。

 もっと強力な結界を作れるようにならないと。

 私も、修行を――。

 
「ねぇアルジュ……って、アルジュ!?」
 

 いつの間にかアルジュが消えていた。移動を使ったわね。
 ベッドから起き上がり、私も外に出る。
 澄んだ空気に混じって、甘い香りがした。
 森の中の一空間を切り取ったように、ここだけぽっかりと木がない。

 なんだか外の景色に既視感を覚えて、家の周りを歩いてみる。
 エルクとマルクが剣を交えている横を通り過ぎて、家の裏手にやってくる。
 畑があった。周りをこれまた不器用な木の柵に囲われている、数種類の野菜を植えたらいっぱいになってしまうような小さな畑。
 そして、その中心に、アルジュがいた。

 
「何してるの?」

「なんでも」
 

 その隣に腰を下ろして、感じていた既視感の正体に気づく。

 
「ここ……私が土を掘っていたとこだ」

「はぁ?」

 
 怪訝そうな顔でアルジュが私を見たのに気づいたけれど、私は視線を向けずにじっと目の前の土を見つめた。

 間違いない。
 そうよ、私はここの土を掘っていた。あの夜。アルジュの声が聞こえたあの日。

 
「……、あの時……?」
 

 アルジュが呟いた。

 
「ねぇ、ちょっと土掘ってみてよ」

「えっ? いいけど……土掘るの好きだし」

「土掘るの好きって、貴族でしょ」

 
 まあ、前世は庶民ですから。
 とは言わずに、近くにあったスコップでザクザクと土を掘り返す。

 
「全然。全然、似てないね……」
 

 ふいに、肩に重さを感じた。

 黒いサラサラの髪が、頬をくすぐる。

 
「ちょ、えっ、アルジュ!?」

「アメルはもっと丁寧に土を掘った」

「ガサツですみませんね」

「ふ、あんたとアメルは別人なんだ、当然だよ」
 

 アルジュが寂しそうに目を細めたのを見て、無理矢理どかそうとするのはやめた。

 肩に頭だけもたれているアルジュをそのままに、とりあえず土を掘った。
 なんとなく、そうして欲しいのかなと思ったから。

 しばらくの沈黙のあと、アルジュが口を開いた。

 
「アメルと出逢ったのは、ここ」
 

 ぽつりぽつりと、言葉をこぼす。

「彼女は、調香持ちという理由で虐げられてた」

「そう」

「全然、似てないけど――逞しいのは、似てるかな」
 

 なんと答えたらいいのかわからなくて、とりあえず黙って土を埋めては掘るのを繰り返す。

 
「虐げられて、こんな森の中に追いやられたのに、彼女は笑ってた。自然が綺麗で、野菜が取れる、自分の調合した香も、高く売れるんだって」

「……」

「今にも崩れそうな家で、魔物がたくさんいる森で、自分で生み出した魔物が苦手な香をばらまいて、笑ってた」

「……この甘い匂い」
 

 スンと鼻を動かして匂いを嗅ぐ。

 
「彼女がいなくなっても、この香りは消えない」
 

 じゃあ、これが魔物が苦手な香り?

 もしかして、この森に魔物がいないのって、この香りがあるから?

 
「あんたが死にかけた時に出したのも、この香り」

「私が?」

「自分を傷つけて誰かを助けるなんて、そんなとこ、似なくていいのに――」
 

 アルジュが覇気のない声で小さく囁く。

 
「……もう少し」

「……」

「もう少しだけ、こうさせて」
 

 なんだか猫みたいだ。
 失った飼い主を待つ、迷い猫。

 
「いいけど……後ろからの圧が、すごい……」
 

 耐えきれなくなって、そう呟くと、アルジュがチラリと後ろを見た。
 そして今度は思いっきり後ろからのしかかってくる。

 
「うわぁ、アルジュ」

「王子、余裕ない男は嫌われるよ」
 

 私もおそるおそる視線を向ける。

 むっとした顔をしているエルクがいて、予想していたよりひどい顔ではなくてホッと息をつく。

 
「余裕がないわけではない。少し、嫉妬しただけだ」
 

 それ、堂々と言うのね。
 さすが、変なところで素直。

 そして、それが余裕がないと言うのでは? というのは心の中に秘めた。

 隣にやってきたエルクはストンと腰を落としてしゃがみ込み、土を見つめる。
 掘りたいのかなと思って、手に持っていたスコップを手渡すと、エルクはザクザクと土を掘り始めた。

 
「過去に、何があったのかは知らぬ。だけど、アルジュ、主の今の居場所は私が作る。私は死なない。そして、アメリアも――死なせはしない」
 

 そう言って、ピタリと手を止めると、エルクは王者の顔をして、紫の瞳で私の後ろにいるアルジュを見た。

 
「もう、主は一人ではない。私の国の民だ」

「……そうだね。俺は、もうこの世界なんてどうでもいいと思ってたけど。王子に出会って、もう少し、生きてみたいと、そう思うようになったよ」
 

 なんというか、壮大な愛の告白みたいだ。
 いいけどね? でも私、ここにいていいのかなって疑問に思うけどね?

 とりあえずなるべく息を殺していると、アルジュが笑った。
 スッキリとしたような顔で。真っ直ぐに未来を見る。
 

「だから、ケリをつけるよ。あいつは、あんな風になってしまったけれど、俺の、双子の弟なんだ」
 

 双子だったんだ。確かに、似ていたような気はする。
 目は、なんか逝っちゃってたけど。

 
「まあ、気づいたら一緒にいただけで、本当はわからないけど。あいつはまだ過去に囚われたまま。解放してあげないと」

「うむ、私も行こう」

「じゃあ、とりあえずさ。死なないように、レベル上げてくれない?」
 

 アルジュがそう言って笑った。

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