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49 これって死亡フラグですか?

『誰か、誰かっ、助けてッ!』

 ハッと目が覚めた。
 呼吸が荒い。冷や汗が、額から滑り落ちるようにして耳のほうへと流れていった。

 今の……。

 今の、フィルの声だったような……。

 でも、どうして、フィルの声が?

 
「……アメリア? 起きたのか」
 

 暗がりの中、声がした。穏やかな声。あれ、こんなに大人びた声をしてたかな、と思いながら、目玉を動かして声の主を探す。

 
「エルク……?」

「ん……?」
 

 真っ暗な部屋の中に、月明かりだけが差し込んでいた。
 暗い、けれど。目が慣れてしまえば月の明かりは十分すぎるくらい部屋の中を照らす。

 エルクが、私の寝ているベッドの近くに歩いてきているのが見えた。

 
「……どうしたの?」
 

 なんだか少し、違って見えた。
 気のせい?

 月の光が、エルクの顔を映し出す。
 紫の瞳に、作り物のような美しい顔。だけど、なんだか……。

 
「……誰?」
 

 そう問いかけると、エルクの姿をした何者かはピタリと足を止めた。

 
「なんのことだ?」

「しらばっくれてもムダよ。エルクは、そんな大人びた顔はしない」

「心外だな、アメリア」
 

 目を細めたエルクが、ベッドに片手をついた。
 そのまま顔を寄せられて、目を見開く。
 片手を上げて、頬を叩こうとしたら、その手をつかまれた。

 
「あなた、魔人ね」

「何を言う、アメリア」

「あなたが操りのスキルを持っていることは知っているのよ」
 

 睨みつけながらそう言うと、ザァッと風が吹いてカーテンが揺れた。
 月明かりに照らされて、影が浮かび上がる。

 
「へぇ、おまえ、僕のスキル知ってるんだ?」
 

 ゾクッとする冷たい声に、身がすくみそうになる。

 落ち着け落ち着け、私だってレベルアップしたじゃない。

【魔人トネール・フォン・ディークラントが現れました】

 
「僕のスキル、誰にも伝えてないはずだけどなぁ。あのアルジュにも」
 

 ゴクリと、唾を飲む。
 エルクが私の手を押す力が強まった気がして、私も力を強めギリギリと押し合う。
 これじゃあ、力負けするのも時間の問題。

 私は魔人トネールを見た。

 
「私は、見えるのよ。世界に愛されたのかもしれないわね?」
 

 コレは、ゲームの設定だけど。
 ウサギから力をもらった主人公は、世界から愛されてる〜みたいな感じだった。たしか……。

 
「おまえ、ヘーゼルに会ったのか」
 

 ヘーゼル?
 わからないけど適当にそれっぽいこと言っておこう。

 
「さあね、あなたに教える義理はないもの」

「……」
 

 それよりもまずい。そろそろ押し負けそう。

 
「エルクを戻して」

「……おまえが操りを解いたから、そいつは代わりだ」
 

 私が操りを解いた?
 私が、いつ? だって、私は寝ていて――。

 
「もしかして、夢……あなたが?」
 
「……、言っておくけど。そいつは別に、僕が指示してるわけじゃない。僕はほんの少し、欲を解放しろと、そう囁いただけ。だからそれは、そいつの意思だ」
 

 私はそっと、エルクを見た。
 エルクの意思? なら、もしかして――。

 
「エルク、エルク聞こえる? 言っておくけど、このままキスしたらビンタじゃすまさないわ。無理矢理する人って、嫌いなのよね。ああ、別に、嫌われてもいいって言うなら、かまわないけど?」
 

 唇を釣り上げて、優雅に笑う。
 エルクがビクリと体をふるわせた。

 なるほど、そういうこと。

 同じスキルでも使い方次第――この魔人は、欲を増幅させるのが好きってことね。
 素直にさせるって言ったら、聞こえはいいけれど。
 大方、夢の中で囁いて、惑わすってとこかしら。

 憎悪が隠れている人ならその感情が現れるし、嫉妬に塗れた人間ならそれがそのまま現れる。好意なら好意が、そのまま。

 エルクの力が弱まったのを感じて、手を振りほどく。
 そのままガシッとエルクの顔を両手でつかんで、唇を合わせた。

 エルクの顔が、みるみるうちに真っ赤に染ったのを見て、ゆっくりと唇を離す。

 
「おはよう。目は、覚めた?」

「――ッ! な、アメリアっ」
 

 唇を押さえて、数歩後退るエルクを見て、ニッコリと笑う。

 
「ふぅん、おまえ、つまらないな」
 

 エルクがカッと目を見開いて背後を見る。
 魔人の存在に気づいたらしい。

 
「なぜ、ここにっ」

「なぜ? 僕は最初からいた。どこにも、逃げてない」
 

 それってまさか、逃げたと思わせて街に潜んでいたってこと? だったら、私たちの行動はとんだ茶番じゃない。

 
「それで、なんの用? 特に攻撃してくるわけでもなさそうだけど」

「別に、お前が生きてるか確かめに来ただけ」
 

 少しだけ、面食らう。

 
「残念だけど、生きてるわ」
 

 エルクが私を庇うようにそばに来たけど、今はあんまり魔人を刺激しないでほしい。
 なんか、思ってたほど敵意が感じられないし。今は。

「あなたは、なんのためにクリード王子を?」

「クリードは、僕と同じだから。僕は間違ってないって証明するため」
 

 月明かりに照らされた横顔が、アルジュと被って見えた。迷子の、猫みたいな。

 
「この世に、欲に飲まれないヤツなんて、いないんだよ」

「それってもしかして、自分のこと?」
 

 まあ、どこからどう考えても、三角関係よね。
 痴情のもつれで殺してしまうとか、前世でもよくニュースになってたし。貴族でも痴情のもつれで暗殺とか、よくあったし。

 アルジュを殺そうとしたのを、アメルって子がかばったとか。うわぁ、ありそう。
 命がけの恋とか、スリルありすぎ。

 
「自分のしたことを、後悔してるの?」

「……ッ! 黙れッ!!」
 

 雷鳴が轟いた。
 雷が一瞬走り、目を眩ませる。エルクに守るように抱きしめられた。

 すぐに光は消え、また月明かりが戻ってくる。

 もうそこに、トレーネの姿はなかった。

 
「……何しに来たのかしら」
 

 まさか、本当に生きてるか確認しに来ただけだと言うの?

 そんな馬鹿な。

 
「アメリア、大丈夫か?」
 

 エルクがそっと体を離して、私の顔をのぞき込む。

 
「大丈夫よ」

「私は、なぜアメリアの部屋に……」

「覚えてない? エルク、私の寝込みを襲おうとしてたのに」
 

 からかうように笑うと、エルクはビシッと固まった。

 心の中でべぇっと舌を出す。
 このくらいの嘘、許されるはず。
 いや、あながち嘘ではない。たとえ操られていたとはいえ、欲を増幅させた結果がそれなのだから。
 大方、私が故郷に行く前に、既成事実をってとこ?
 まったく、なんて短絡的な。

 よく言い聞かせて手綱をしっかり握っておかないと。

 
「な、うそだっ」

「本当よ。じゃなきゃ、どうしてここにいるの? それに、キスしたの、覚えてない?」
 

 エルクが大きく目を見開いて、頭を抱えてうずくまった。

 
「私は、なんてことを。寝込みを襲うなどっ、どうやって詫びればっ」

「そんな深刻にならなくても。どうせ、結婚するんだから」

「……」
 

 エルクがパッと顔を上げた。
 驚きと動揺と困惑と期待と、いろんな感情をその顔に乗せている。

 
「エルク王子、婚約のお話、お引き受けします」

「なんと、真か?」

「レベルもわりと上がったし、それに。私が故郷に帰ってしまうんじゃないかって、心配してるみたいだったから」
 

 図星のようで、エルクが言葉に詰まった。

 
「だから、約束しておけば心配にはならないでしょう?」

「う、うむ」

「なら、そういうことで。おやすみ、エルク」

「……、キスしてもよいか?」

「しません」

「アメリアはケチだ」

「はいはい、隣で寝るくらいならいいわよ。大人しく寝てね。変なことしたら結婚の話は破棄ね、破棄」
 

 垂れ下がっていたエルクの耳がピンと立った気がする。もちろん、そんなものは無いから幻覚なのだけれど。

 エルクが嬉しそうに隣に寝転んだのを見て、ウトウトと目を閉じる。

 これでエルクが血迷って王子たちを殺すことはないと思うけれど……。

 ぐっと、力強い腕に後ろから引き寄せられた。
 背中に感じる人肌が、眠気を誘う。

 
 すべてが片付いたら結婚、ねぇ。
 て、あれ。

 これって、典型的な死亡フラグだったような?

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