6/3 中編新作公開しました

50 始まりの地

 目が覚めたら隣にエルクがいた。
 混乱した私は、エルクの頬を思いっきり引っぱたいた。

 ベッドから落ちたエルクが、昨日のことを話だして、そう言えばそうだった、と納得したのがついさっき。

 私が忘れていたことで、エルクは婚約の話を不審に思ったようで、私に誓約書を書かせようとしている。

 目の前にグッと紙を突き出され、身を引く。

 
「私と結婚してもよいと、そう言ったな?」

「まあ、おばば様に認められたなら」

「絶対だ、絶対だぞ。母国の王子に求婚されても、断るのだなっ?」

「そもそも、クリード王子とは全然親しくないもの」

「なら、これにサインをするんだ、アメリア」
 

 興奮したようにまくし立てるエルクに苦笑いをして、サラサラっとサインをする。

 
「はい、満足した?」

「うむ」
 

 どうやら機嫌は直ったらしい。

 ホッと一息ついて、昨日のことを思い返す。
 眠かったからたいして考えずに二度寝したけれど、結局、あの魔人は何がしたかったのか。

 攻撃してくる気配もなかったし、うーん。

 
「ねぇエルク。ヘーゼルって知ってる?」

「この世界を創ったとされる神の名前だな」

「……そうなのっ!?」
 

 まさか神様の名前!?
 思い出せないけど、もしかしてゲームのプロローグのあのウサギ、神の化身とかっ?

 
「この国に、木があるのわかるか?」

「このお城からも見える、あの木?」
 

 確かに、やけに大きな木が一本生えている。
 けっこう肌寒いのに、緑の葉を付けているちょっと変な木だ。

 
「この国の民は、スキルカードを持つ。そのスキルカードは、あの木から作られる」

「へえ」
 

 そういえば、前にそんなようなことを言っていたような気もする。
 その時はすごいものがあるのね、くらいにしか思っていなかったけれど、それがこの世界の大元の力になっているのなら納得だ。やっぱり、ゲームの主人公にあの力を渡したウサギが、その世界神だったのだろうか。

 こうして改めて聞くと、ゲームの中だけどひとつの世界なのねと不思議な気分。

 ゲームの裏にこんな物語があったなんて、前世の私は一生知らなかったことだもの。

 
「あの木は、この世界を創ったヘーゼルが植えたと、そう伝えられている」
 

 この世界でそんな話を聞くのは初めてだけれど、北の大地では有名な神話なのだろうか。

 それにしても世界神とは……。
 まあ、だからあんなに世界に愛された主人公、なんて押し売り文句が出ていたのね。
 魔人なんてものがいるくらいだし、案外本当に世界神とかいるのかもしれない。

 まあ、そんなことはあまり興味ないけれど。
 神がいようがいまいが、私は自分が生きられるか生きられないかが大事。

「エルク様ーーーっ! 出陣の準備、整いましたっ!」
 

 突然、マルクが扉を開け放ってそう叫んだ。
 なんだかデジャヴを感じるわ。ここ、一応は私の部屋だし。いいけどね? 私の部屋だけれど。ノックもないけれど。
 でも三度目はないわ。

 目の前のエルクが、表情を引き締めて立ち上がる。

 
「うむ、では参ろう」
  

 
◆◆◆◆
 

 
 冷たい風が、頬をたたく。
 夜に紛れたからか、人は少なく、酒場や宿屋にポツポツと明かりが灯っているくらいだ。

 黒のマントに付いているフードを深くかぶり直し、石畳の道をなるべく静かに歩く。

 私の人生が狂った始まりの土地、ユベール王国。

 私は一生涯この地で生きていくのだと思っていた。
 この国の民のために生きると、幼いころに誓った。

 今となっては、それは意味のないものだけれど。

 
「懐かしいなぁ、お嬢」
 

 マルクがヒソヒソと囁く。

 
「この辺りでお嬢と出会ったんですよね」

「そうね。あの時は、まさかマルクに敬語で話される日が来るとは思ってなかったわ」
 

 どこからどう見ても極悪人の顔をしていた。もちろん、今もだけど。

 
「またまたぁ、俺とお嬢の仲でしょう」
 

 どんな仲よ。
 ツッコミは顔に表すだけにして、とりあえず道を急ぐ。

 二人分の足音が、かすかに夜の音に紛れる。

 
「エルクたちも問題ないかしら」

「アルジュがいるから問題ないでしょう」
 

 戦力的バランスを考えて、私たちは二手に別れて街の状態を探ることにした。

 全体的な戦闘力がすぐれているアルジュと治癒のエルク。
 そして、鎧結界というチートな攻撃が可能な、私とマルク。

 エルクの話だと、魔物の臭いが濃いらしい。
 この国の王都は、街全体が高い壁に囲われている。だから、門さえ突破されなければ、通常は、魔物が街に入ってくることはない。

 だけれども、ゲームのバッドエンドでは門が突破され、壁が破壊され、さらには空からも魔物の軍勢が押し寄せていた。

 一応、街全体に結界を張ったけれど、でも何か、見落としているような。

『アォーン』

 どこからか、犬の遠吠えが聞こえた。

 
「なにっ?」

「お嬢、あまり離れないでくださいっ」
 

 とりあえず、私とマルクに結界を張る。

【応用スキル、身体結界を使用しました】

 ああ、もう、エルクたち近くにいないと、結界が……っ。

 
「お嬢っ! アレをっ!」
 

 マルクの厳しい声に、視線を向ける。

 
「な、うそ……」
 

 ユベール王国王城。
 白い壁と、美しい青い屋根がとにかく輝いていたお城が、今は真っ黒の暗黒に包まれていた。

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