54 失敗しても、間違えても、生きるということ

 螺旋階段を駆け下りて、エルクの先導に付き従って城の中を進む。真ん中に私、殿がマルクだ。
 向かってくる魔物は全て薙ぎ払った。

 そして、王族たちの寝室がある一角にやって来る。
 魔物の数が尋常ではないくらいで、間違いなくココが魔物の出現場所であると確信する。

 それにしても、どうしてクリード王子はこんなことに?

 ゲームでは、アメリアが死んだとなったから気が触れていたけど。私は、生きているし。そもそも、なぜ私?

 クリード王子に好かれる理由が、考えても考えてもひとつも見当たらない。

 
 とりあえず、目当てのクリード王子の寝室を開け放つ。
 部屋がびっしりと魔物で埋まっていた。
 人が足を踏み入れる隙間もない。黒い狼のような魔物が、ゆらりとした炎のような毛を逆立てて、吠えている。

 何よこれ、禍々しい雰囲気というか、なんか、ヤバすぎっ!

 エルクが魔物を切り裂くけど、次から次に湧くから先に進めない。

 
「なによこれっ!」
 

 叫んだ瞬間。奥で何かがぴくりと動いた。ゆらりと立ち上がったその人は、目が虚ろで焦点があっていなかったけれど、間違いなく、クリード王子だった。

 
「アメリア……?」
 

 ゾッとする声だった。なんかもう、死んでいるみたいな。
 エルクが厳しい顔をして私を片腕に引き寄せる。

 
「アメリア、アレはもう手遅れだ」

「手遅れって?」

「闇に堕ちてる」

「エルク様ぁ、アレは、まさか」
 

 マルクも苦い顔をした。

 
「お嬢、魔物の話をしたでしょう」

「え? ああ、負の感情から産まれるってやつ?」

「俺らの住む地も、昔はそこまで魔物はいなかったらしいです。ですが、魔物を生み出す根源が生まれ、今のような大地なったと言われています」

「うむ、その時、大地に人はほとんど居なくなったそうだ。だが、その危機的状況で、人はスキルを発見した」

「つ、つまり?」

「アレを見てください。あいつは、魔物に襲われていません」
 

 ハッとしてクリード王子を見た。
 たしかに、こんなに魔物がいるのに、クリード王子は無傷だ。無限に湧き出る魔物の中心にいる。

 あれじゃあ、まるで。

 
「魔王みたいね」
 

 魔物を統べる、王。

 
「なんと、魔王を知っていたのか」

「え?」

「北の魔とは魔王のことだ」

「えええっ、聞いてませんけどっ!?」

「知っていたのではないのか」

 
 それは、悪と言ったら魔王、みたいな典型的な前世の知識で……っ!
 て説明する訳にもいかないから、もどかいしいっ!

 そういえば、私がやたらレベルを上げてきたとき、たしかにエルクは竜がどうとか、魔がどうとか言っていた。
 この世界、魔王もいるってことっ!?

 じゃあ、まさか。
 この大地も、死の大地になりそうってこと!? 魔物の巣窟の!?

 
「どうしたらいいのっ?」

「アレを倒すしかない」

「そうですね。まだ生まれたばかりでしょう。今ならまだ倒せるかもしれません」

「魔王ってそんなに強いの!?」

「魔物の親だ、弱いわけがない」

 
 嘘でしょーーっ!?

 というか、クリード王子どうしちゃったのよっ!?

 
「アメ、リア……」

「……なんか私のこと呼んでるけど」

「無視でよい」

「話通じない?」

「無理だろう」
 

 クリード王子、確かに関わりなかったけれど、ふわふわしてて可愛かったのよね。
 ちっちゃい頃なんて、アメリア様、アメリア様ってぴょんぴょん跳ねて……。

 えぇーい、考えても仕方がないっ!

 剣を握ってそのまま地面を蹴った。
 次々湧く魔物を捨て身で切り裂きながら進む。

 
「クリード王子!」

「アメリア……」

「クリード王子、何をして……」

「ボクの、アメリア……」

 
 その顔を見て、悟った。

 あ、これ、ダメなやつだ。と。

 
 目がもう人間ではなかった。
 血走って、窪んだような目をしていた。

 ふわふわして可愛かったあの王子の姿は、どこにもない。

 
 もしも。もしもクリード王子がこうなってしまった原因が、ほんのわずかにでも私にあるのなら。

 私の手で終わらせよう。

 せめてものはなむけとして。

 
 近くにいる魔物を一気に剣で切り裂き、そのままの体を捻ってクリード王子の心臓に剣を突き立てた。

 けど、クリード王子の手が私の首に伸びてきて、死んでない!? とぎょっとした所で、スパッとクリード王子だった物の首が飛んだ。

 ひぇ!?

 そして同時に、後ろから強く引っ張られる。

 
「アメリア!」

「エルクっ?」
 

 まさか、これはエルクが?
 と思っていると、クリード王子の背後に、人がいた。だらりと下ろした右手に剣を持っている。
 憂いたようにうつむき、その場に落ちたクリード王子の首を見ていた。

 黒い髪に、尖った長い耳。そして、金の瞳。

 
「トレーネ?」
 

 アルジュの、双子の弟だった。

 
「魔王は、首を落とさないと死なない」

「え、え、……え?」
 

 意味がわからず、エルクの腕にしがみついたまま混乱していると、トレーネがそっと膝をついた。
 そして、飛んだクリード王子の首を拾い、ふわふわの髪をそっと整える。

 
「ゴメンね、クリード。僕がおまえを煽ったから……」
 

 何が起きたのか、誰か説明して?

 呆然とその光景を見る。
 なぜアルジュの弟が? クリード王子の仲間じゃないの!? ええっ?

 
「あの、なにが……、え?」
 

 目を白黒させていると。
 トレーネの隣に人が現れる。黒髪に、赤い瞳。

 アルジュだった。

 アルジュがせっつくようにトレーネの背中を押すと、トレーネがポツポツと話し出す。

 
「クリードはおまえが好きだったのさ。だけど、おまえは第一王子の婚約者になった。クリードもそれで納得していたはずだった。第一王子が、他の女にうつつを抜かさなければ」

「……」

「だから僕が力を貸した。人間を焚き付け、煽った。全てが完璧に揃ったとき、おまえは……そこの王子の物になっていた」
 

 トレーネがエルクを見た。
 ええ。そんなエルクが悪いみたいに言われても。そんなこと知らないし、むしろ私、追い出されたけど?

 
「ちなみに、クリード王子とはどのようなご関係で?」

「…………友だち」

「えっ」
 

 まさか、友だちだったとは。

 てっきり、クリード王子が魔人に操られてるのかと思ってた。なんか、すみません。
 心の中でそっと謝罪した。

 
「僕もクリードも、ひとりぼっちだった。一人の女に恋をしていた。でもその女は、兄のものだった」

「……」

「第一王子が他の女にうつつを抜かしたとき、僕はクリードと自分を重ねた。兄から奪って結ばれる未来を」
 

 それはまあ、なんというか、なんとも言いづらい……。

 アルジュ隣にいるし。

 そもそも、もっと他にやりようはなかったのでしょうか。
 汚名をばらまかれて、それで笑顔で婚約者になれるとでも?
 でも汚名が消えたということは、対になる無実の証拠も持っていたとか?
 ありえる。貴族のやりそうな感じだもの。
 罪をでっち上げ、無実の証拠を持って恩を売る。

 なんというか、不器用すぎるのね、みんな。

 
「何もかもが上手くいくと思っていた物が崩れて、クリードの心は耐えられなかった。クリードはひとりぼっちで、弱かったから」

「……」

「でも、クリードがおまえを手にかける前に止めれて、よかった。好きな女を手にかけるのは――僕だけで十分だ」
 

 ……やっぱり。
 アルジュとは痴情のもつれなのね。

 人殺しのアルジュ、なんて呼んでたけれど、本当は全部自分に投げかけていた言葉なのかもしれないと、なんとなく思った。

 トレーネがクリード王子の首を持ったまま立ち上がる。

 
「どこ行くの?」

「クリードを一人で行かせるわけにはいかない」

 
 私はチラリとアルジュを見た。
 アルジュは何も言わなかった。止めることもしなかった。

 
「いろいろ巻き込んで悪かった。おまえのこと、似てないって言ったけど、やっぱり似てるよ、おまえ。アメルに」
 

 そんなことを言って、クリード王子の首を持ったトレーネは夜の闇に溶けて消えていった。

 
「アルジュよかったの?」

「話はきっちりしたからね。俺は俺の人生を歩むよ」

「……そっか。そうだね」

 みんな自分の人生を選んで生きている。

 それがいいか悪いかなんて、きっとずっと後にならないとわからない。

 クリード王子も、わからなかったのだろう。

 がむしゃらに選んで生きた結果はこうなってしまったけれど、きっと生きている間は一生懸命だった。

 人は、愚かな王子と笑うかもしれない。

 だけど、きっと、笑っていい人生なんてひとつもない。

 失敗しても、間違えても。

 その時間をひたすらに生きたことは、絶対に消えない。

 
 
「あ。でも、好きになってくれてありがとうって、言いそびれちゃった」
 

 そう言って笑うと、アルジュはわずかに目を見開いて、そして悲しそうに目を細めた。

 
「きっと、届いてるよ。アンタの気持ちは」

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