Sponsor

「リリア・エスカーナ。おまえを聖女の役目から解任する」

 冷たい声音が王太子の執務室に響いた。
 息をするのも気を使う沈黙の中、この国の王太子である男と、聖女、リリア・エスカーナは向かい合っていた。
 一方はきょとんと大きなすみれ色の瞳を瞬かせ、一方は眉間にグッと力を入れ睨み据えるようにして。
 リリアは聞いたこともない聖女解雇通告に、金の波打つ美しい髪をサラリと揺らしながら、かすかに首をかしげた。

「解任、ですか……?」

 いまいち、何を言われたのか飲み込めていなかった。
 女学院で聖女の歴史を学んで来たけれど、聖女解任なんてことは一度も、起きたことがない。
 この国に生きる女たちは、聖女に選ばれたその瞬間から、聖女としての役目を背負うことが決まっている。それこそ、生涯を終えるまで、ずっとだ。

 それが、解任?

「おまえが本物の聖女ではないことがわかった」
「……申し訳ございません、殿下。おっしゃる意味がよくわからず……」
「本物の聖女を見つけた。シルカ・ロール。おまえも知っているだろう?」

 リリアは息を飲んで沈黙した。

 シルカ・ロール。リリアの女学院での学友だ。もっと言うならば、リリアとシルカは親友と呼べる間柄だった。

 何事にも少しのんびりとしているリリアと違い、シルカは活発な少女だった。リリアは、いつも自分を楽しいことに連れ出してくれるシルカが好きだった。
 リリアの知らないこと。見たことのないもの。考えたこともないこと。
 シルカはいつだって、不思議な箱のようにリリアを驚かせてくれた。それなのに、なぜ。

「シルカが、聖女なのですか……?」

 リリアは半信半疑でそう問いかけた。

「そうだ。聖女選定のとき、おまえとシルカは共にいたそうだな」
「はい、一緒にいました」
「そのとき、魔法陣が地面に浮かび上がった。間違いは?」
「ありません」

 リリアは淡々と答える。王太子はふぅーと長い息を吐き出すと、ジロリとリリアを睨んだ。

「本当に選ばれていたのは、シルカだった。それなのにおまえが、自分が聖女だと名乗りあげたそうだな」
「え……」
「聖女の証とされる宝玉も、おまえが無理やり奪ったと聞いた」

 リリアは顔を強ばらせて首を横に振った。

「そんな、あれは確かに私の手元にやってきて……」

 魔法陣からふわりと浮かび上がってきた七色の玉は、確かにリリアの手元に飛び込んできた。リリアはただ、それを手にしただけだ。そうしたら、勝手に首に巻きついて取れなくなった。それだけだ。奪ってなどいない。

「嘘をつくのも大概にしろ! シルカは神の声を聞くことができる」
「そんな……」
「おまえが本当に聖女だと言うのなら、今すぐここで祝福の力を使ってみせよ!」

 大地を引き裂くような怒号が響き、リリアは細い体を震わせた。
 震えながら左手を首に付けられている宝玉に伸ばし、右手を王太子に向ける。
 だけど、何も、起こらない。
 神々しい光も、あたたかな祝福も、何も。
 リリアは愕然と自分の右手を見つめた。何度か握っては開いて、もう一度試してみる。
 けれどもやっぱり、聖女の祝福は起こらない。
 どうして、どうして、どうして。
 そればかりが頭の中を駆け抜けた。焦ってみても、何も変わらない。ふと、王太子と目があった。「やっぱり、そうだっただろう」という目をして、王太子はリリアを見ていた。失望したような、はじめから期待していなかったかのような、そんな目をしていた。

「……殿下」

 リリアはくしゃりと美しい顔を歪めて、か細い声で呟く。
 そんなリリアに向かって、王太子が口を開いた。綺麗なバラが目の前で朽ちていくのが、さも楽しいとも言いたげに。その唇は醜く歪んでいた。

「使えるはずがないだろう。元々、おまえは聖女ではないのだからな。ずいぶんと演技が上手いものだ。すっかりと騙された」

 鼻で笑った王太子は、氷のような瞳でリリアを見据えた。

「人を欺くのは楽しかったか?」
「違います! お待ちくださいっ、殿下! 本当に私は、何も……っ」
「黙れ、この嘘つき女が! 聖女の立場を利用し、国民を欺いた罪は重いぞ! 衛兵! すぐにこの女を追放しろ!」
「殿下……!」
「本当は処刑ものだがな。シルカの温情だ。本物の聖女は考え方から違う。シルカに感謝することだ」

 冷たく吐き捨てられて、リリアの顔が真っ青に染まっていく。自分を憎悪の目で見る王太子が怖かった。いつも、「頑張ってるな、リリア」とそう言って笑っていた王太子はいない。
 どうして、と、リリアは心の中で呟く。
 後ろから衛兵たちに羽交い締めにされた。

「や……!」
「大人しくしろ! 痛い目に合わされたいのか!」

 リリアは大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、小さく首を振った。そして、衛兵たちに引きずられるまま、部屋を出ていく。

 何が起きたのかわからなかった。

 衛兵に引きずられながら城の中を進んでいると、見慣れた薄い水色の髪が見えた。
 肩の辺りで切りそろえられたサラサラの髪。「長いと邪魔なの」と笑って、普通の人とは違うことも堂々とやってしまうシルカを、リリアはカッコイイと思った。

 素直に素敵だと口にするリリアに、シルカは目を丸くして嬉しそうに笑ってくれた。だから仲良くなったのだ。リリアとシルカは。なのに。

 ツンと澄ました顔をして歩いて来たシルカは、リリアのことなんてまるで目に入っていないかのように、リリアの横を通り過ぎようとした。

 リリアはカラカラに乾いた口をなんとか動かして、シルカに声をかける。

「シルカ! ねぇシルカ、どういうこと? シルカが聖女って……」
「あら、あなたまだいたの?」
「シルカ……?」

 冷たい、蔑むような瞳で、かつてのリリアの親友は、リリアを見た。そんな目をしているのを、リリアは一度も見たことがなかった。
 悪魔にでも乗り移られたかのような豹変っぷりだ。

「もうあなたの居場所なんて、ココにはないの。さっさと出て行ったら?」
「シルカ、どうしちゃったの……? 変だよ。だって、私たち、親友でしょう?」

 シルカは笑う。リリアのことを見下すように。真っ赤な唇で、祝福の言葉ではなく、呪詛を吐く。リリアの心を、悪魔の言葉で突き刺すかのごとく。

「あなたのことを親友なんて思ったこと、一度もないわよ」
「……っ、そんなっ」
「どん臭くて、頭も悪くて、お人好しなリリア。私はいつだって、バカなあなたが大嫌いだったの」

 リリアの口がかすかに開き、ハクハクと口から息が漏れた。

「もう顔も見たくない」
「……なんで……っ」
「サヨウナラ、嘘つき聖女のリリア」

 ニッコリと笑ったシルカは、ふいとリリアから視線をそらすと、背を向けて歩き出した。
 心がバラバラになったリリアは、その場に崩れ落ちて、大きな瞳からボロボロと涙を流す。

 聖女歴三日目にして、リリア・エスカーナは国外追放となった。


Sponsor
error: Content is protected !!