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 男のあとを追いながら街の中を歩いていたリリアは、やけに街の人たちに見られることに気がついた。

「あの、シーカーさん」
「なんすか」
「私、何か変ですか? すごく、見られている気がするんですが……」
「ああ、その目じゃないですかね」
「……目?」

 リリアは自分の指先をまぶたの下に当てた。
 シーカーが目線だけで後ろを歩いていたリリアを振り返る。

「こっちのほうじゃ、あまり見かけない色ですからね」

 そうだったのかと、リリアは自分のスミレ色の瞳を思い浮かべた。リリアの国でも珍しい色だったが、異国ともなるとその数倍は珍しいらしい。
 チラチラと向けられる視線を気にしないようにしながら、リリアは街の中を歩いていく。

 やがて、シーカーが大きな広場にある、ひとつの建物の前で足を止めた。リリアも足を止めて、首を伸ばして建物を見上げる。

 リリアの国のお城と似て非なるものだが、優美さを感じさせる巨大な建物。左右から階段が真ん中に向かって伸びている。
 地上の入口はアーチ型に三つあって、奥に入れるようになっている。外付けの階段を上った先にある二階の入口は、空に突き抜けるように伸びている時計塔に繋がっているようだった。

「この街、色もカラフルでしたし、すごく綺麗ですね」

 リリアは素直にそう思った。ここに来るまでに見た街並みは、緑、黄、赤、青、白の建物が綺麗に並んでいた。

「綺麗ですけど、ちゃんと街の周りには城壁もあるんで、要塞としても安心ですよ」

 そう言って、ニヤリと、シーカーが笑う。

「要塞……?」
「自治都市なんですよ、ここは。ボスがこだわって作った街なんで、いろいろと細かいんすよねぇ」
「自治都市って、何ですか?」
「あー、まァ、商人の街みたいなもんですよ。ウチは商業ギルドなんで。表向きは」

 最後にやや不穏な言葉が聞こえた気がした。
 尋ねてもいいものかと悩むリリアに向かって、シーカーが顎で目の前の立派な建物を示す。

「まあ、ボスに会えばわかりますよ。あんたもココに住むんですから」
「……私、ここに住むんですか?」

 リリアは目を丸くした。
 売られたわりには扱いがまともな気がしていたが、まさか住む権利を与えられるとは。

「説明面倒なんで、とりあえず行きましょうか」

 そう言って、地上のアーチ型の入口を通っていったシーカーの背中を、リリアは慌てて追いかけた。

 中の造りもとにかく細かくて、リリアは物珍しさに視線をさまよわせた。お城に初めて入ったときと、同じ気持ちだ。

 入り組んだ中をどう進んだのか、リリアたちはひとつの精緻な扉の前にいた。シーカーがドアノッカーを三度叩く。そして、返事がある前に扉を開いた。

「ボスー、戻りました」
「……帰ったか、シーカー」

 皮の椅子に腰かけていた男が、顔を上げた。
 ボス、なんて言っていたから渋い老人を想像していたが、『ボス』は、そんなリリアの期待を裏切るような若い男だった。

 漆黒のクセのない髪が短く切りそろえられていて、耳に付けられた赤い血のようなピアスが目に付いた。
 キリリと威厳を感じさせる瞳には青の宝石が埋め込まれている。その透き通るような青の瞳が、ゆっくりとシーカーの後ろにいたリリアを見た。

「んで、そっちのが例の女か」

 青の目に射抜かれて、リリアはハッとして腰を九十度に折り曲げた。

「り、リリア・エスカーナですっ」

 リリアは声を上擦らせてそう答えた。

 革の椅子に座っている男は、リリアの国の王太子にも負けず劣らずの、美丈夫だった。ただ、こちらのほうが、勇ましさを感じる。

 ピリピリと痺れるような大物の気配だ。全身の毛がぶわっと逆だっているみたいな感覚が、リリアを襲った。

 まるで、空気だけで威圧されているかのよう。
 リリアの足が細かく震え出す。

「そう脅えんじゃねぇよ。取って食いやしないさ。俺はグレイ・ベアード。まァ、ボスでいい。他の奴らもそう呼ぶ」

 リリアはただコクコクとうなずいた。

「ちょっとボスー、脅えてんじゃないですか」
「なんもしてねェよ」
「あんた、居るだけで威圧するんですから。もっと笑ってくださいよ」
「……無茶言うなっての」

 大げさにため息をついた男、グレイは、チラリと立ち尽くしているリリアを見た。

「あー……、そこの、女……じゃなくて、リリア」
「は、はいっ」

 リリアは体を震わせながら顔を上げた。グレイが人差し指をクイクイと曲げて、近づくように促す。

「こっち来い」

 リリアは自分が食用動物になった気分だった。このまま腸を抉り取られて売られるのではないかと、そんな恐ろしい想像をした。
 目の前の男は、それを顔色ひとつ変えずにやってしまいそうな怖さがあった。

 おそるおそる近づくと、グレイが面倒くさそうに自分の髪をかき撫ぜる。

「なんもしねェよ」
「す、すみませんっ。だって、何だか猛獣みたいな雰囲気がするので……」
「……怯えてるくせに正直だな、おい」
「すみません……」

 リリアは小さな体をより一層小さくして頭を下げた。

「まァ、なんでもいい。それよりリリア」
「は、はいっ」
「何ができる?」
「は……い?」

 何を聞かれたのかとリリアが首をかしげると、グレイは手に持っていた紙の束をトントンと軽く机に打ち付けてリリアを見た。

「だから、何ができるって聞いてる。シーカーから聞かなかったのか? この街に住むって」
「あ……、き、聞きました」
「ならさっさと答えろ。何ができる」

 ジロリと睨まれる怖さに萎縮しながらも、リリアはグッと拳を握ってグレイを見た。

「あの、その前に、ひとつだけいいですか?」
「あァ? まあ、いい。言ってみろ」
「わ、私は、売られたんですか?」

 グレイは青の瞳を細めて不敵に口端を上げた。

「だったらどうする」
「ど、どうもしません。何も、できませんので……。ただ、売られたのに、街に住んでいいというのが、不思議だったんです」

 リリアは力なく笑った。
 もっと酷い扱いを受けると思っていた。けれども、そんな様子はない。リリアの名前を聞いてくれるし、リリアのできることを聞いてくれる。まるで、新し住民を迎えているかのようだ。

「わ、私は、罪人として売られたんですよね? なら、どうして……」
「深い意味なんざねェよ」

 リリアの言葉を遮って、グレイが挑戦的に笑みを深める。

「おまえがどういう経緯でここに来ることになったかなんざ、どうだっていい。ただ、俺たちは、例え灰にまみれたドブネズミだって、才能さえありゃあすくい上げる。貧民街の生まれだろうが、罪人だろうが、ソイツが心から生きたいと望むなら、手を伸ばしてやる。そうやって出来てんだよ、この街は」

 リリアは口をつぐんだ。

「おまえにはキッチリ働いてもらうがな。それでチャラだ。人手不足なんだよ。オラ、何ができる?」
「え、あ……えぇと……」

 リリアは迷った。これと言ってできることが思い浮かばなかったからだ。
 女学院でしていたことは読み書きや国の歴史。そのまま聖女に選ばれたから、リリアは社会に出たことがなかった。

「えぇと、お、お針子、とか……?」
「あー、なるほどなァ、そっち系か。シーカー、服飾関係どうなってた?」
「いやー、たぶん人足りてると思いますよ。この間ボスが良い仕立て屋がいたとか言って、何人か引っ張って来たじゃないですか」

 グレイは苦い顔をした。

「あ、あのっ、できることなら、なんでもやりますっ! ココに置いていただけるのならっ」

 リリアは机に両手をついて、身を乗り出す勢いでそう言った。

「なんでも、ねぇ……」
「なら、あそこはどうですか? ボスが新しく作った酒場。看板娘が欲しいって言ってたすよ」
「酒場ねぇ……」

 グレイは顎を撫で付けながら、上から下までリリアを眺めた。

「や、やりますっ、酒場でも墓場でも、なんでもっ」
「墓場ってあんた、死にに行く訳じゃないんだから」

 シーカーがおかしそうに笑ったのを見て、リリアは少しだけ恥ずかしくなって上げていた手をそっと下ろした。

「まァ、やらせてみるか……」

 グレイのその一言で、リリアの判決が下される。

 聖女から一変、罪人になり、そして酒場の看板娘になることが決まった。


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