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 特に意味もなくメニューを眺め続けていると、コツコツ、とメニューの裏側からノックされて、リリアはそっと、目だけメニューからのぞかせる。

「何が好きだ?」
「え……な、何って、何がでしょう?」
「メシに決まってんだろ」
「え、えぇと、学校では、よくグラタンを食べたました。少し寒いところにあったので……」
「学校、ねェ」

 リリアは女学院生活を思い出して小さく笑う。

 学院とは名ばかりで、ほとんど家と変わりない。実際、リリアは聖女に選ばれる16歳までそこで過ごした。

「私の国は、みんな学校に行っていたんです。誰が聖女に選ばれるのか分からないので、平等に学んでました。ずっと、寮生活だったんですけど……」
「ほぉ?」
「女の子は特別らしくて、生まれた瞬間から、国の保護下に入るんです。だから、本当の家族の顔を知らない人も多くて……。私も、自分の家族が誰なのか、よく知らないんです。聖女だったときに、自分の家族だけひいきしないようにだと聞きました」

 グレイが黙ってリリアを見る。

 リリアは家族というものをあまり知らなかったし、それに不満を持ったこともなかった。

 周りもみんなそうだったし、そういうものなのだと思っていたからだ。

 けれども、リリアはこの街に来て、初めて。
 小さな女の子が親に挟まれて、仲睦まじく手を繋いでいるのを見た。

 それが当たり前のように街中に溢れているのを見ると、不思議と、胸の奥が切なくなる。冬空の下に一人立っているような、寂寥感に包まれた。

 自分の両親は、どんな人なのだろうかと。

「……なるほどな」
「何がですか?」
「通りでおまえから家族の話しがでねェわけだ。おまえみてェなお人好しなら、真っ先にてめぇの家族を心配するだろ」

 リリアはゆっくりと口を閉ざした。なんと答えたらいいのか分からなくて、眉を下げたまま力なく笑う。

「まァ、いい。グラタンでいいか?」
「は、はい」

 メニューを手渡して、リリアは注文をしているグレイの顔を眺めた。

 話しすぎてしまったような気がする。
 特に興味深そうに聞いているわけではないのに、妙に心地が良くて、口からするりと言葉が飛び出る。

 そして、リリアは自分のことはたくさん話したのに、目の前の男のことは何も知らないことに気づいた。

 何も、話してくれていないのだ。

 リリアは、少しだけ迷って、グレイが注文を終えたタイミングで、そっと口を開く。

「あの」
「ん?」
「ボスは。ボスは、どうやって、そのピアスを手に入れたんですか?」

 グレイは自分の耳たぶを指で挟むと、リリアに見せるように軽く引っ張った。

「ガキんときに目の前に現れた。それからはずっと付いてる」
「目の前に……? 突然、ですか?」
「あァ、突然だな。どういう仕組みになってんのか、いまだにわからねェ。まァ、便利だから気にしたことはねえな」

 よくわからない怪しいものが付いていても気にしないものなのかと、リリアはいろんな意味で感心した。

「じゃあ、ウィングって、なんですか?」
「身体強化できるってのは言ったろ? そういう特殊な奴らをウィングと呼んでる。羽が生えたみたいに体が軽くなるから、そっからじゃねェか?」
「それって、えぇと、自分じゃない別の人にもできるですか? 私にかけたりとか……」

 リリアがそう問いかけた瞬間、グレイが面白がるように口角を上げた。

「いや? コレの効果があるのは自分にだけだ」

 グレイは片手を伸ばして、リリアの首にある七色の石を引っ掻く。

「おまえのコレと、決定的に違うのは、そこかもしれねェな」

 確かにリリアの聖女の力は誰かのために使っていた。私利私欲のために使ってはならないと、そう教えられていたからだ。

 けれども、よく考えてみれば、リリアはその力を国のためというよりも、王族のために使っていたような気がする。

 毎日、王族や宰相、身分の高い者たちを祝福する。それから、実りが良くなるようにと、大地を祝福する。

 たくさんの人と触れ合うようになったのは、この街に来てからだ。

「ボスは……」
「ん?」
「街の人たちと、仲がいいですよね。たくさんの人に、いつも声をかけられています」

 リリアの顔を眺めたグレイは、長い足を組みかえて不敵に笑う。

「戦場で一番怖いことが何か、わかるか?」
「……戦場、ですか? わかりません」

 急になんだろうかと、リリアは首をひねる。
 グレイはニヤリと口角を上げて、目を眇めてリリアを見た。

「味方の裏切りだ」

 店の中のざわめきが遠のいていったように、グレイの声だけが、やけにハッキリとリリアの耳に届いた。

「どんな英雄も、信頼してた奴に背中から刺されりゃ死ぬ」

 リリアには耳の痛い言葉だった。

「戦場だろうと、商売だろうと、社交界だろうと、全部似たようなもんだ」
「じゃあボスは、自分のために街の人たちを大切にしてるってことですか?」
「たりめェだろ。誰が慈善活動なんかするかよ」

 リリアは大きな瞳でグレイを見つめて、コテリと首を横に倒す。

「ボスって、素直じゃないんですね」
「あァ?」
「だって、街の人たちに話しかけられているとき、いつも、優しい顔してます」
「……」
「自分のことだけを考える人は、もっと、こう……悪い顔をしています」

 言いながら、リリアは自国の王太子の顔が浮かんだことに驚いた。
 「今日も頑張っているな」と、そう優しく声をかけてくれていたのに。どうしてか、今は真っ黒に塗りつぶされた作られた笑みに見える。

「ったく、能天気な頭だな」

 悪態をついていても、やっぱりその瞳は優しく緩んでいるように見えた。

 それから、運ばれてきたグラタンを食べ終え、並んで家に帰る。きっちり家に送り届けてくれたことに、リリアは少しの驚きと、やっぱり素直じゃないんだなぁと、そんなことを思った。

 そうして、月日は流れていき、リリアのパーティー用のドレスも仕上がった。
 パーティーはこの街から馬車で数日行った港町で開かれるらしい。
 明日、街を発つ予定だと聞いていたリリアは、最後の確認のためにグレイの執務室を訪れていた。

「ボス? いないんですか……?」

 数回ドアノッカーを鳴らし、そぉっと扉を開く。中には誰もいなかった。
 ならばしばらく待っていようかと、部屋の中へと進んでいく。数日留守にするからと、グレイはいつも以上に忙しそうにしていた。今も、机の上には紙の束が山のように置かれている。

 何か手伝えることはないかと、リリアは机へと近づく。

 机の上に置かれている、使いっぱなしのティーカップがあった。
 今のうちに洗ってしまおうと手を伸ばして、肘が、本の山にぶつかる。バサバサと派手な音を立てて、本や紙が床に散らばった。

「わぁ、やっちゃった……。大切な書類とか大丈夫かな……?」

 間違いなく、怒られる。
 リリアは肩を落としながら床に撒き散らされた本や紙の束を拾っていく。

「あれ、歴史書……? こっちは伝承、伝記……。ボス、昔のこと調べてたのかな?」

 今度のパーティーは歴史を知らないといけないものなのだろうか。
 ひとつの歴史書を手に取って、パラパラと見ていくと、ヒラリと、一枚の紙が床に落ちた。本に挟まっていたらしい。

「ボス、本に紙挟んでおくなんて、忘れちゃわないかな」

 落ちた紙に手を伸ばして、止まる。

「……なに、これ……」

 それは、契約書だった。

 リリア・エスカーナの身柄の保護と、身の安全の保証。

 そう書かれている。

「保護って……私は、売られたんじゃないの……?」

 紙に目を走らせて、リリアは大きなスミレ色の瞳に動揺を走らせる。

「なんで……。どういうこと?」

 契約者──

 シルカ・ロール。

 見覚えのある文字で、確かにそう書かれていた。


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