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14

 パーティー会場に行くまでは問題なかった。
 祭りだという港町をそれなりに楽しんで、たくさんの人の思いが詰まったドレスや装飾を身につけ、リリアはパーティー会場に向かった。

 いつもよりもカッチリとした服を着たグレイの手に引かれるままに、パーティーが行われるという、とある洋館の中にあるホールへと足を踏み入れた。

 何か変だなとリリアが思ったのは、そのときだった。

 視線が、無数のトゲのように突き刺さる。
 上から下まで、じっくりと舐めるように見られている気がした。

「ぼ、ボス……」
「あァ、忘れてたがここではグレイと呼べ。そのほうがいい」
「ぐ、グレイ……さん?」

 敬称をどう付けたらいいのか迷い、リリアは小首を傾げた。そんなリリアを見下ろして、グレイは口端を上げる。

「悪かねェな」

 パーティーは立食形式だった。シーカーが何かとってくると言って、リリアたちのそばを離れた。そうして次に、グレイが品の良さそうな老人に話しかけられた。
 リリアはその横で微笑みを浮かべながら黙っていたが、老人の視線がリリアに向いて話しかけられる。
 リリアはなるべく穏便に対応した。そうこうしているうちに、今度は別の人にグレイが声をかけられていた。

 ついて行こうと思うのだが、品の良さそうな老紳士に「あっちにあるのが美味しかった。食べたかい?」なんて聞かれると、「いえ、まだです。美味しそうですねぇ」なんて世間話をしてしまう。

 気づけば、グレイとの間にかなり距離ができてしまっていた。けれども、熱心に話しかけてくる人を無下にもできない。
 リリアは顔に微笑みを浮かべながら、内心は動揺していた。

 話の切り上げ方が、分からない。

 祈る気持ちでチラチラとグレイに視線を向ける。その思いが通じたのか、グレイが後ろを振り返って、引きつった顔をして辺りを見回した。

 リリアは「ボス、こっちです」と叫びたい気持ちで瞳に熱を込めた。
 けれども、いつの間にやらリリアの周りには人が溢れ、気がつけば、リリアはたくさんの女の集団に襲われていた。

 周りをぐるりと囲われ、逃げ道を塞がれる。
 たくさんの少女や貴婦人たちは、オロオロしているリリアに、名前や年齢、グレイとの関係などを根掘り葉掘り尋ねてくる。

 リリアは事前に言われていた通りに口にした。

「ぼ……グレイ、さん、とは……えぇと、お、お付き合いを、して、います……」

 リリアは生まれて初めて嘘をついた。
 こんなにも心苦しいものなのかと、罪悪感に押し潰されそうになりながら、最後は消えいきそうな声でささやいた。

「お付き合い……? お付き合いと言ったんですの?」
「こんな綺麗な方、見たことないわ。どこの家の者です?」
「え、えぇと、その……」

 リリアは顔を引きつらせて、グレイとシーカーの姿を探す。女の壁は分厚く、よく見えないが、二人ともリリアが忽然と姿を消したことに気づいているはずだ。

 リリアが視線をさまよわせていると、一人の女の人が呟いた。

「このドレス、素敵ねぇ」

 リリアはその言葉にパッと反応する。

「ほ、本当ですかっ?」
「え、えぇ。色味が鮮やかでとても綺麗なのに、あなたのその不思議な瞳の色を引き立たているのねぇ。あら、こっちの装飾も素敵」

 その言葉を皮切りに、リリアの身につけている物に話題は移っていく。

「グレイ様のところの新作かしら?」
「この腕輪、とっても細工が美しいわぁ」

 リリアは自分が褒められるよりも何倍も嬉しくなった。終始顔は緩みっぱなしで、教えられた知識を元にひとつひとつ丁寧に説明していく。

「ここの模様がすごく細かくて、よく見るとリリスの花になっているんですよ。可愛いですよねぇ」

 ちょっと興奮してまくし立てていると、じーっと生ぬるい視線を感じてリリアはハッとする。食い気味だった自分が恥ずかしくなって、うっすら頬を染めてうつむいた。

「ご、ごめんなさい。このドレスや装飾を素敵だって言っていただけて、嬉しくて……。えっと……ご興味があったら、いつでも話しかけてくださいね」

 小さく笑って、リリアは頭を下げるとそそくさとその場をあとにした。

 後ろできゃいきゃいと女たちの声が聞こえる。
 大丈夫だっただろうか、何か失敗していないかと自信をなくしながら、リリアはグレイとシーカーの姿を探す。

 あんなに隣を離れるなと言われていたのに、すっかりと迷子になってしまった。

「どうされました?」
「えっ」
「どなたか探しておられるのですか?」

 品の良さそうな紳士に声をかけられて、リリアは足を止める。茶色の髪を綺麗に整えて、黒のタキシードに身を包んでいる。

「あ、えっと、グレイ……グレイ・ベアードという人を知っていますか?」
「あぁ、存じ上げておりますよ」
「グレイ、さんを探していまして……」
「ならばご一緒にお探ししましょう、レディ。お名前を伺っても?」
「あ、す、すみません。リリア・エスカーナです」

 穏やかに微笑んだその人に手を取られる。

 そのまま歩きだそうとしたリリアを、苛立たしげな声が呼び止めた。

「おい、リリア」

 人の話し声が響くパーティー会場でも、よく通る声だと思った。

 リリアは声のしたほうを向いて、ほっと胸を撫で下ろす。

「ぼ……グレイ、さん」
「ったく、離れるなつったろうが」
「ご、ごめんなさい……」

 不機嫌そうに近づいてきたグレイが、ジロリとリリアの手を見た。男に取られているほうの手を。リリアはパッと手を引っ込めて、慌てて紳士に向き直って頭を下げる。

「み、見つかりました。その、ありがとうございます」

 穏やかそうな紳士は肩を竦めて笑った。

「おや、残念。それでは、レディリリア。また」

 ニコリと笑い、グレイに軽く会釈をすると、紳士は優雅な足取りで去っていった。
 ジロリと、リリアはグレイに睨まれる。

「ボケっとしてたのか?」
「えぇっ、違いますよ。その、は、話の終わらせ方が、わからなくて……。ボスは流れるようにどこかに行っちゃうし……」

 最後は拗ねた口ぶりになった。
 グレイが目をまるくしてリリアを見ていることに気づいて、リリアはハッとして口をつぐむ。そして、かぁっと頬を染め上げ、顔を隠すようにうつむいた。

「くっくっ、悪い悪い」

 押し殺したような笑い声が頭上から聞こえて、リリアはますます恥ずかしくなった。

「目を離した俺が悪かった。大丈夫だったか?」
「えぇと、なんだか小さな冒険をした気分です」
「そりゃァ、よかったな」

 グレイは皮肉るように笑って、エスコートするかのごとく、リリアの腰に手を回した。

 一気に距離が近くなる。ふわりと、爽やかな匂いがした気がして、リリアは動揺しながらグレイを見あげた。目が合うと、グレイはニヤリと口角を上げる。

「後ろにいるもんだと思ってりゃ、いつの間にかいねェならな。こうしてりゃ安心だろ?」
「で、でも。ち、近くない、ですか……」
「聞こえねェな」

 グレイは何でもなさそうに鼻で笑っているが、リリアはどうにも落ち着かない。

 それに、何だかものすごく見られている。
 珍獣を見るような好奇の視線が、会場中から放たれている気がする。

「あ、いたいた、ボス。リリアサン」
「シーカーさん!」

 リリアはあからさまにホッとした。胸をなでおろして、パッと明るい雰囲気になったことに笑みを浮かべる。

「何してんですか。会場中の注目浴びてますよ。ま、そのおかげで居場所簡単にわかったんですけど」
「リリアが迷子になったんだよ」

 グレイの言葉にリリアはキュッと身を小さくした。シーカーの瞳がリリアに向く。

「えっ、リリアサン早速ですか。まぁ、予想してましたけど。どうせボスが、一人でホイホイ商談進めようとしたんでしょう」
「……」
「こんな人、目を離したらダメに決まってるじゃないですか。ね、リリアサン」

 なぜか同意を求められて、リリアは曖昧に笑って誤魔化した。

「悪かったな、気が利かなくて」
「まぁボス、腹が立つくらい女の尻追っかけたことないですからね。少しくらい学んだらいいんですよ」
「……おまえ、なんか今日機嫌悪くねェか?」
「気のせいですよ。あ、それよりリリアサン、何か食べました? おすすめだって言われた料理をもらって来たんですけど」

 皿を差し出されて、リリアは大きな瞳を輝かせる。

「わぁ、美味しそう」
「デザートもありましたよ。あとで見に行きます?」
「えっ、行きたいです!」
「じゃあボスが一人で商談してるときにでも行きましょうか」
「やっぱおまえ、今日機嫌悪いだろ」

 シーカーは肩を竦めてから、リリアに料理の乗った皿を手渡す。受け取ったリリアは、小さな楊枝に刺さっているカプレーゼを口に含んだ。

「なーんか、今日嫌な感じするんですよねぇ。ボスだって思ってるでしょう?」
「まァな」

 もぐもぐと咀嚼していたリリアは、そうなのだろうかと首を捻る。そして、チラリとシーカーとグレイの視線が自分に向けられたことに気づいて、ごくんと飲み込んで二人の顔を見つめた。

「リリアサンがいるからですかね」
「え、え?」
「まァ、それなら目立ってるっつうことだ。上出来だろ」

 グレイがリリアが持っている皿に乗っているカプレーゼをひとつ取る。シーカーもそれに倣うようにカプレーゼを取って、口に含んだ。瞬間。二人は口を覆って、カプレーゼを吐き出した。

「ええっ、どうしたんですかっ?」
「どうしたじゃねェっ。おまえ、食ったのか?!」
「へ、え……た、食べました。美味しかった、です?」

 ゴホゴホと咳き込むシーカーが、ふらりとその場を離れる。

「吐き出せ」
「ええっ、な、ボスっ?!」

 グレイが乱暴にリリアの口をつかんで開かせる。指が喉の奥まで入ってきて、リリアは嘔吐いた。

「ぅ、やめっ」
「バカかっ、おまえが食ったのには毒が入ってんだよ!」


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